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となりの世界の冒険者  作者: 毒島リコリス
一章:三日目
9/26

8

 アスキの言ったとおり、歩き出してすぐに遠くから水音が聞こえてきた。

「川ですね?あっくん、森の地形も知ってるんですね」

「昔は、この辺り一帯初心者の訓練場みたいなものだったからね。森の地形なんて、天変地異か開拓か、それこそ魔王の襲撃でもない限り変わらないし」

「そういえば、あっくんが冒険者をやっていた頃って、まだ魔王が存在してたんですよね?」

「そうだけど……それが?」

アスキは振り向かずに訊いた。

「……魔王がいた頃って、どんな感じだったんですか?」

「この森はこんなに静かじゃなくて、草原にも魔物が溢れてたよ。狩っても狩っても間に合わないくらい。ろくに指導者もいない見習いだけで森に入るなんて、考えられなかった」

「そうなんですか……」

「プラントラビットが昼間に現れることなんかなかったし、オオワシグモの縄張り一帯から虫が消えるなんてこともなかった」

プラントラビットが昼間でも活動するようになったのは、天敵が減ったから。オオワシグモは、網に掛かる餌が減ったから。

生き物の生態系すら変えてしまうほどの脅威。それが、魔王というものの存在の大きさを表していた。

「魔王自身、一箇所に留まってるわけじゃなくて、本当にあっちこっちに出没したからね」

「魔王を見たことがあるんですか?」

「あるよ。……もう、二度と会いたくない」

アスキは声を低くして、絞り出すように言った。あまり感情を出さない少年の悲痛な思いを感じ取って、タマキはそれ以上訊けなくなった。

「……そうだ、魔王時代の冒険者って、皆詠唱せずに魔法が使えるんですか?」

「え?」

突然話題を変えてきたタマキに、アスキは首を傾げて振り向いた。

「あれ?だってあっくん、魔法使うときに詠唱しませんよね」

アスキと組んでから、タマキがずっと感じていた疑問だった。

「誰でもってわけじゃないよ。……魔法って、元々は個人がそれぞれに違うやり方で発動してたんだって」

「へえー!」

「それを、便利な魔法は皆が使えるようにって、形態化したのが詠唱。個人差はあるけど、呪文を覚えて、気をしっかり持てば、全く発動しないってことはないはず」

「精神力が大事なんですね。そういえば、授業でも同じことを言われました……」

魔法の実技で力を発揮できなかったことを思い出し、タマキは肩を落とした。

「じゃあ、あっくんは古い魔法の発動方法を覚えたってことですか?」

「うん。て言うか、おれに魔法を教えてくれた人がちょっと変わり者で……。『バトル中にいちいち長ったらしい呪文なんか唱えてられるか!舌噛むわ!』って言って、詠唱しない魔法を研究してたんだ」

「ふふ、面白い人ですね」

「傍から見れば、ただの戦闘狂だったけどね」

懐かしむような目で、アスキは空を見た。木の葉の隙間から、きらきらと白い光が零れてくる。『教えてくれた』『研究してた』『戦闘狂だった』と全て過去形で話していることに気付いて、タマキははっとする。慌ててアスキの顔を見るが、

「だから、自分に合ったやり方がわかれば、皆詠唱なんていらないんじゃないかな……。何?」

アスキは相変わらず、感情の読めない三白眼でタマキを見た。

「いえ、なんでもないです」

「そう? ……言ってしまえば、魔法弓だって、詠唱しない魔法みたいなものだからね」

「そうですね。私、弓で頑張ります」

タマキは決意を新たに、ぐっと弓を握り締めて言う。するとアスキは、ふ、と小さく息を吐いた。

「ん? 今あっくん笑いました?」

「笑ってないよ」

何となく楽しそうな雰囲気を感じ取り、タマキが顔を覗こうとすると顔を背けられた。


 水音が大きくなり、足元の土質が変わった。いよいよ川が近づいてきたとき、不意にアスキが足を止めた。

「どうかしました?」

「誰かいる。……別のグループかな。かち合いたくない、静かに行こう」

言われてタマキも耳を澄ますと、確かに断続的な水の音に混じって、人の声と、金属音が聞こえる。場所を変えようと、一旦離れようとした二人の耳に、一際大きな声が聞こえた。

「いってえ!こいつ硬すぎるだろ!」

その声を聞いたアスキが、あからさまに嫌そうな顔をした。

「今の声、もしかして」

二人は一度水辺に寄り、そっと木の影から声の聞こえた方を覗く。すると、

「おまえ、ちゃんとサポートしろよ!ろくに動けないんだからさあ!」

「やってるわよ!そっちこそ、ホントに全く魔法が使えないとは思わなかった!」

ぎゃあぎゃあと言い合いながら、拾とアユミが、川原で体長二メートルはあろうかという巨大なカマキリと交戦中だった。

「うわ、マツバと接近戦は、いくらあいつでも分が悪いよ……。あれは一旦引くべきだ」

「だ、大丈夫でしょうか……。お友達、怪我してません?」

白いシャツに着いた血を見て、タマキがおろおろと眉をハの字にする。アスキは冷静に観察して言った。

「左腕と右足やられてる。けどあの二人の性格じゃ、見つけた獲物から逃げるなんて、絶対しないだろうな……。行こう」

「放っておくんですか?」

「大丈夫だよ、命界人は死なない。めちゃくちゃ痛いだろうけどね。こっちの用事が済んでから、また様子を見に来よう」

「分かりました……あっ!?」

後ろ髪を引かれながら、その場を離れようとしたタマキが、悲鳴を上げた。

「どうした?」

「もう一匹来ました!」

「えっ」

振り返ると、拾が相手にしていたカマキリとは別の個体が、アユミの背後の木の上から、その首を狙っていた。

「園田さん、まだ気づいてません!ど、どうしましょう」

「魔法使いがやられたら、ほんとに全滅するな。タマキ、どうしたい?」

「え!?私ですか!?」

「あいつらの自業自得だ、おれは終わるまで助けない。でもタマキがやりたいなら、やりたいようにすればいい」

「……助けます!」

タマキはアユミの背後の巨大カマキリをキッと睨みつけると、弓を構えた。すぐに赤く光る矢が装填される。

「……狙うのは、継ぎ目!」

教えられたことを復唱しながら、タマキはアユミに襲い掛かるカマキリ目掛けて、思い切り弓を引いた。

「きゃあっ!?」

「園田!?」

背後から突然現れた二匹目に動転し、目を瞑り頭を伏せたアユミの上を、赤い矢が駆けた。首元を貫通し、カマキリの頭が胴体から離れて跳んだ。

「は!?」

何が起こったのか分からず、カマキリの攻撃を受ける手が緩んだ拾に、アスキが叫んだ。

「おまえは自分のに集中しろ!単位落すぞ!」

「アスキ!?お、おう、分かった!」

「首か目を狙え!無理なら腹!胸と足は硬いからまともに相手にするな、刃零れする!」

「オッケー!」

アスキの助言を受けて、カマキリの胸を思い切り蹴っ飛ばして距離を取った拾の後ろで、駆け寄ったタマキがアユミを助け起こした。

「大丈夫ですか、園田さん!」

「た、助かった……。叶野さんだったわね、ありがとう」

「いえ、怪我はありませんか?」

「ちょっと擦りむいただけよ、これくらいなら自分で治せる」

美しき友情が育まれている横で、

「ねえ、これ仕留めたのタマキだから、貰っていい?」

頭のないカマキリの背を摘みながら、アスキは暢気に訊いた。

「……ええ、まあ、仕方ないでしょう。囮になったのは悔しいけど、助けて貰った上で、そこまでがめついことは言わないわ」

呆れた顔のアユミが、渋々頷いた。

「案外性格いいね、そのださん。見直した」

アスキは飄々と返す。

「貴方は随分肝が据わってるのね、貴方と組めばよかった」

はは、と力なく座り込んだままのアユミに対し、

「見る目がなかったってことでひとつ」

アスキはしれっとした顔で目を逸らした。

「ほら、相方が苦戦してる。まさか、虫が苦手で怯んでるなんてこと、ないよね?……後衛はサポートだけが仕事じゃないよ」

ぽんと肩を叩いてそう言うと、アスキはそれじゃまたね、と言ってカマキリの死骸を引きずって森に消えた。タマキは残る二人を気にしながら、弓を抱えて後を追う。アユミはぽかんとした顔で見送り、一度足元を見て、静かに立ち上がると茶髪の少年の背中に向かって言った。

「貴方、隙を作りなさい!合図さえくれれば、首でも何でも、跳ばしてあげるわ!」

「ああ!?くそ、わかった!」

迷いがなくなった声を聞いて、アスキはまだ心配そうに振り返るタマキに、行こう、と呼びかけた。タマキははい、と小さく頷いて、二人はそっと川原を離れた。


 「予想外に一匹稼げたな。タマキ、やっぱり運がいい」

カマキリを解体するアスキを隣で見ながら、タマキはあはは、と苦笑する。両手を使うので、一旦餌のトンボはタマキが持っている。

「さっきのを、運で片付けるのはどうかと思いますが……」

「それに、度胸もある。よく一撃で当てたね」

「あれは必死で……あんまり誉めないでください、また調子に乗ります」

耳まで真っ赤になった顔を両手で隠しながら、ぶんぶんと首を振った。

「そうだね、今度こそ本当に足挫くかもしれないもんね」

「い、言わないでくださいよお」

二度やらかした失態を思い出し、がっくりと肩を落した。

「よし、こんなもんかな」

依頼内容の鎌だけでなく、羽や胴体も綺麗に解体して、アスキは満足そうに頷いた。

「他の部分も持って帰るんですか?」

「おっちゃんにお土産」

「クモがいるのに……」

「あれはライトに嫌がらせ」

「もう」

ポケットに仕舞い終わると、アスキは立ち上がった。ぱんぱんと手をはたいて、川原を見る。

「さて、この調子であと一匹。行くよ」

「はい!」

アスキがトンボを受け取り、タマキは弓を携え、二人はもう一度川原に向かった。


 葦の生えた川辺の茂みに身を潜め、トンボの付いた糸をそっと伸ばす。トンボはのんびりと、川に向かって飛び始めた。

「でも、結局あっくんも、拾くんを助けてたじゃないですか」

ふふ、と笑いながら、小声でタマキが言う。

「あれは助けたんじゃないよ、アドバイスしただけ」

「アドバイスって、『助言』って意味ですよ?」

「……」

面白そうにタマキが顔を覗き込むと、アスキは前髪を弄りながら目を逸らした。

「あいつが合格しないと、監視役のおれまで何か言われるからね」

ぼそっと言って、アスキはトンボに目を向けた。これから起こるであろう事態のことなど露ほども知らず、糸の付いたトンボは暢気に飛ぶ。

「いつでも射れるようにしておいて」

「はい」

弓に赤い矢を番えたタマキと、自らもショートソードを構えて息を潜めるアスキ。そのまま、静かに時間が流れた。

 「……来ませんね」

しばらくそうしていたが、とうとう痺れを切らしたタマキが、ぽつりと呟く。

「いや」

アスキが顎で示した先には、

「あっ」

先ほど見た二匹よりも更に大型の、茶色のカマキリが木の上に潜んでいた。

「さっきからずっと機会を伺ってる。餌を捕り慣れてる奴だ」

「そんな……大丈夫でしょうか……」

「大丈夫、なんとかする」

そして、トンボが流木に止まった時だった。

急にカマキリが頭をもたげて、羽を広げた。

「来るよ」

「はい」

瞬間、巨大なカマキリがトンボに飛び掛った。ひゅん、とタマキの矢が走る。しかしその攻撃は、カマキリの首元をわずかに掠って宙に消えた。

「どんどん狙って!」

トンボの糸から手を離し、アスキが茂みから飛び出した。

「はい!」

キィン、と硬い音がして、ショートソードが鎌に阻まれた。蜘蛛にも使った風魔法の猫だましをパンパンと弾かせて距離を取る。

その間にも赤い矢が次々に駆け抜けるが、硬い部分に当たって弾かれたり避けられたりと、なかなか上手くいかない。

「ふっ!」

駆け出したアスキは、敵の懐に潜り込み、逆袈裟に斬り上げた。しかし、

「チッ」

またしても金属音が響き、阻まれる。アスキの目が険しくなる。もう一度距離を取りながら、

「ショートソードじゃ、足りない……」

ぼそりと呟いた。カマキリが威嚇の姿勢を取り、タマキが狙いをつけながら見守る中、アスキは突然、支給品のショートソードを河原に捨てた。

「えっ!?」

次の瞬間両手に金色の魔方陣が現れ、そこから二振りの黒いカットラスが現れた。

タマキが呆気に取られていると、アスキは新しい武器の具合を確かめるようにひゅんひゅん、と空を切ってから、再度カマキリに突っ込んだ。襲ってくる鎌を片方で受け止め、もう一方で弾き飛ばす。一瞬隙が出来た瞬間、胸と鎌の間の間接をスパッと切り飛ばした。

「あと一本」

鎌は宙を舞って川原に刺さり、バランスを崩したカマキリが羽を広げて撤退の構えを見せた。

「逃がすか!」

飛び立つカマキリに向けて、アスキは左手のカットラスを思い切り投げた。腹から真っ二つになったカマキリは、川原にグシャリと音を立て、力なく堕ちた。投げられた剣はくるくると弧を描き、遠くの岩に刺さった。

 一瞬の静寂の後、アスキは息を吐いた。タマキが駆け寄る。

「あっくん、何ですか今の!」

「どれ?」

「その黒い剣ですよ、なんですかそれ!」

「ああ、あのショートソード、かなり古いから使いづらくて。量産型で質も良くないし」

忘れてた、と先ほど投げ捨てたショートソードを拾いに戻り、腰に戻す。二振りの黒いカットラスは、魔法弓から射出された矢のように、さらさらと霧散した。後ろから、タマキがぶつぶつと言った。

「使いづらいから新しい剣を自分で作るって……なんですかそれ、『変なこと』通り越して、もう反則じゃないですか……」

今日一番の呆れた顔を見せたタマキに、アスキは前髪を弄りながら目を逸らし、

「ちょっと、かっこいいことしようと思って」

ぼそりと言った。

「へ?」

「さっき、タマキが頑張ったからね」

さっきとは、アユミを助けるために放った一撃のことだった。

「面倒くさがって手抜くの、かっこ悪いかなと思って」

目を逸らしたまま、もごもごと言う。タマキはしばらくぽかんとしていたが、

「ぷっ!ふふふ!!」

急に吹き出し、笑い出した。

「大丈夫ですよ、あっくん、すごくかっこよかったです!」

ばしばしとタマキに背中を叩かれ、唸るアスキだった。


 解体の仕方を習いながら、今度はタマキが二匹目のカマキリを解体する。最後にアスキが無茶なことをしたため羽は使い物にならなかったが、それでも硬い部分や尖った部分は武器の材料になる。

「よし、それじゃ草原に戻ろう。そろそろプラントラビットが活発になり始める頃だ」

時計を見ると、三時を回っていた。夏の太陽はまだ沈む気配を見せないが、早いに越したことはない。

「あの二人は、大丈夫でしょうか……」

ちらりと川の上流を見て、タマキが心配そうに眉尻を下げた。

「さあ。さすがにそこまで面倒見る義理はないよ」

「分かりました……」

そして三度、空飛ぶ円盤は宙に舞い上がった。

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