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となりの世界の冒険者  作者: 毒島リコリス
一章:三日目
6/26

5

 門を抜け、水路の上に架かる巨大な橋を渡り、先ほどフライングチキンを狩った農耕地帯を通り過ぎて、二人は地平線が見えるほどに平らな草原に立った。遥か遠くに青く、苔のように森と山脈が見える。

「森に行くんですよね。もう、皆さん着いてるでしょうか……」

「今、十一時半か。先に森から攻めてるグループがいたら、もう着いてるだろうね」

遠巻きに、恐らくプラントラビットを探しているであろう同僚たちの姿が蟻のような小ささで見える。草原は広大だった。

「今から森に行ったら、もう二時近くになってしまいますよね」

「普通に歩いて行けばね」

「普通に?また何か、変なことをするんですか?」

「変なことって。……確かに、これからやることは変なことかもしれないけど」

長い前髪を弄りながら、アスキがぼそりと不穏なことを言った。

「変なことでも、あっくんがやることなら大丈夫って、私覚えました!」

午前中で学んだタマキは、満面の笑みで両手を胸の前で握り締めた。

「それで、何をするんですか、あっくん」

わくわくと、おもちゃを前にした子犬のような顔で自分の顔を見るタマキをじっと見てから、小さな声でぼそりと言った。

「……空を飛ぶ」

「はい?」

「すっごく、反則中の反則なんだけど。内容が内容だし、相手はライトだし。それくらいいいでしょ」

うんうんと勝手に一人で頷くと、アスキは急に真面目な顔をして、タマキの目を見た。

「これからおれが使う魔法のこと、誰にも話さないでね。ライトにも」

その真剣な眼差しに気圧されて、タマキは頷く。

「わかりました……」

「じゃあタマキ、水鏡は使える?姿を消す迷彩魔法」

「はい。大丈夫だと思います」

「おれと、タマキ自身に掛けてくれる?」

「分かりました」

タマキは頷いて両手をアスキに向かってかざすと、ぶつぶつと呪文を唱え始める。

「"水鏡"」

言葉を発した瞬間、翳した手のひらから青い魔法陣が現れアスキを包んだかと思うと、その姿がスーッと足元から消えていく。十秒も経たないうちに、そこに誰かがいた痕跡は消えてしまった。

「ちゃんと、私も消えてますか?」

「うん。やるじゃん、全然失敗しないし、むしろ優秀なくらいなんだけど……。なんで下から三番目?」

「……その、人に魔法をぶつけることができなくて」

魔法の実技は、一対一で試験官に向かって指定された魔法をぶつけるというものだった。魔法は使用者の意思を強く反映するため、本人に相手を傷つける意思がないと、不発に終わったり、すぐに立ち消えるような弱々しいものになってしまう。

「なんとなく分かった」

空中から声だけが聞こえてくる感覚に慣れず、タマキは見えないと分かっていても、ついきょろきょろと辺りを見回してしまう。

「この魔法の弱点は?」

再び聞こえたアスキの問いに、

「ええと、匂いや音は消せないこと、触れられると相手に見えてしまうこと、です」

「うん。逆に言えば、触ってれば見えるってこと。下見て」

「下?」

タマキが言われたとおりに下を見ると、地面の土が、丁度人の手の形に凹んでいた。

「今、跡を付けた場所におれの手がある。掴んでくれる?」

「はい」

しゃがみ込み、跡のついた場所を恐る恐る触ると、土ではない柔らかい感触の後、指先から再びアスキが姿を現した。

「術者くらい全員見えててもいいと思わない?」

アスキはそう不満を零しながら、タマキが思わず引っ込めそうになった手を右手で掴み直すと、左手を地面に着いた。

「じっとしててね」

「はい……」

何が始まるのかとタマキが不安に思う暇もなく、ブン、という音と共に、二人の足元に直径二メートルほどの大きな魔方陣が現れた。

「えっ!?」

「飛ぶよ」

アスキがぼそりと言った言葉に反応するように、魔方陣は二人を乗せ、空に舞い上がった。

「ええええ!?なんですか、これ!?」

「UFOって呼んでた。設定した方向にセミオートで飛んでくれる魔法」

「……あの、ずっと気になってたんですけど、あっくんって、何者なんですか?」

「そうだな、敬語じゃなくなったら教えてあげる」

「えっ!えっと、頑張りま……頑張る。……研修の前にも隣界によく来てたっていうのは分かったけど、ライト先生とも、街の人たちとも随分仲がいいみたいで……だよね?」

つっかえつっかえ、タマキはそう訊ねた。

「……とりあえず、今のうちに貰ったお弁当食べよう」

円盤の上に胡坐を掻いたアスキが言った。

「……そうですね」

はぐらかされたものの、タマキも少しお腹が空いていたところだったので、渋々同意して対面に足を崩して座った。ポケットから包みを取り出し、二人の真ん中に置いた。

手を離すとまた相手の位置を探すのに苦労するので、アスキの右手とタマキの左手は繋いだままだ。

「あっくん、食べにくくないですか?」

玉子とハムのサンドイッチを左手で頬張るアスキを見て、タマキが訊ねた。アスキは一瞬何のことかと首を傾げたが、すぐに利き手が塞がっているのではないかと言っていることに気付き、

「おれ左利き」

左手の指先に魔方陣を浮かべた。魔法はやはり利き手で発動したほうが威力が強い傾向があり、中には訓練して両利きに矯正する魔法使いもいるほどだ。鶏を落とすときも、UFOを発動するときも左手を使っていたことを思い出し、タマキは納得した。

「そういえば、任務を請けるときのサイン、左で書いてましたね」

タマキは自分の左手首に巻かれた時計と同じ形のアナログの文字盤が、繋いだ右手首にあることに気付き、ならば大丈夫かと、サンドイッチに手を伸ばす。一口食べ、

「美味しい!サブリナさんでしたっけ、今度会ったら、お礼を言わないと」

甘みのあるパンに、玉子とハムの味付けが丁度良く、タマキは顔を輝かせた。

「ちゃんと言ってたじゃん。多分モーニングセットの余りだから、気にしなくていいと思うけど……また鶏でも持っていけば喜ぶよ」

「はい!あっくんみたいに、バンバン落とせるようになります」

「それは良いね。農家の人も喜ぶ。……敬語に戻ってるよ」

「あっ」

「……さっきの話だけど……おれは元・冒険者だよ。ライトはその頃のパーティメンバー。街の人たちにも、同じ頃に世話になってた」

口を押さえたタマキに構わず、アスキはぽつりぽつりと話し始めた。

「そうなんですか……。あれ?でも、ライト先生って、五年前から近衛隊に所属してるって」

「それよりも前だよ。……おれが引退したのが五年前の秋で、ライトが近衛隊に入ったのは、その年の冬」

「五年前って、あっくんまだ十歳くらいじゃないですか。冒険者は十五歳以上しかなれないんじゃ……」

「それは、魔王が倒された後の基準だから」

「じゃあ、あっくんは魔王時代の冒険者ってことですか?」

「あの頃は、適性とコネさえあれば誰でも冒険者になれたんだよ」

そう言って、アスキは遠くなった外壁の奥に見える城を見る。

「今は、適性検査の後に筆記試験もあるんだっけ?大変だね」

「倍率も高くて、正直無理かと思いました……。あっくんは、試験を受けてないんですか?」

「うん。……今回の研修、全部で二十二人いるでしょ」

「はい」

「中度半端な募集人数だと思わない?」

「……あっ、まさか!」

何かを察し、タマキが口を押さえた。

「拾の父親、元冒険者で、今は研究所の偉い人なんだ」

「……そういうことでしたか……。じゃあ、拾くんも冒険者ですか?」

「拾は全然興味なかったみたい。知り合ったのは偶然だし、おれが冒険者だったことも、自分の父親と知り合いだってことも知らないと思うよ」

ライトと話していた『言ってないこと』とはその辺りのことかと、タマキは改めて納得した。

「そういえば、あっくんを知ってる皆さんが『縮んだ』って言ってましたけど、どういう意味ですか?」

「ああ、あれは……」

なにやら言いにくそうに、アスキは目を逸らした。

「前は、アバターの外見に決まりが無かったんだよ。おっさんが美少女になっても良かったし、女の人が筋肉ダルマの大男になっても良かった」

「……いたんですか」

「いたね」

やや遠い目をしながら、アスキは呆れ顔で小さく頷いた。

「おれの場合は、さすがに十歳の子供がうろついてたら何かと不都合があるからって、成人男性型のアバターを使ってたんだよ。研究室が面白がって、忙しいくせにわざわざシミュレーションソフト作って、十年後の予想図とか言って」

「へえー!見てみたいです!今からだと五年後ってことですよね!」

「別に、そんなに良いもんじゃないよ。どうにでもできるなら目つきも変えてくれって言ったのに、判別できなくなるとかって理由つけて却下されるし。自分は中身と似ても似つかない金髪美少女だったくせに」

前髪を弄りながら、アスキはぶつぶつと愚痴を言う。目付きの悪さは本人も気にしているようで、恐らく長い前髪はそれを隠しているのだろうと、タマキはひっそりと察した。

「今は一般から公募するようになった分、一人ひとりの希望に合わせてアバターを作ってる場合じゃなくなって、実体をスキャンする決まりになったんだ。……そろそろ着くよ」

見ると、十分ほど前までは遠くにこんもりと茂る植木のようだった森が、広大な木々の群れとなって目前に迫っていた。空になった包みを片付けながら、タマキがふと思い出して言う。

「他の皆さんは、お昼ご飯はどうしてるんでしょうか」

「一応、命界人は何日か食べなくても大丈夫だけど……昨日も一昨日も、昼食が出てたからなあ。お腹空いてるかもね」

見上げれば緑色の巨大な円盤が空を横切る姿が見えただろうが、地上で兎を追うクラスメイトたちは、まさか上空でそんな会話が繰り広げられているとは思いもしない。

 二人を乗せた円盤は森の手前で静かに高度を下げ、主を地上に降ろすと、音もなく霧散した。

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