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大通りの中ほどにある、小さなレストラン。『サブリナ』という名前の看板が掛かる店内に入ると、まだ客はまばらな店の奥から、ドアの開く音に気付いて女性が出てきた。
「おやおや、随分綺麗に仕留めてきたね」
背の高い赤毛の女性は、二人がそれぞれ手に持ったフライングチキンを見て、面白そうに笑う。
鶏を受け取ると、
「はいよ。四羽で二千ビット」
慣れた様子で紙幣を二枚渡してきた。
「はい、ハンコちょうだい」
アスキが出した任務受領書を受け取ると、ちょっと待ってな、と言って一度店の奥に戻って行き、すぐに戻ってくる。
朱印の捺された書類を確認して、アスキが店を出ようとすると、後ろから店主が声を掛けた。
「……アンタ、もしかしてアスキの弟か何か?」
「なんで?」
「鶏の絞め方があんまり綺麗だったからね。奴に習ったのかと思って。喋り方も目つきもよく似てるし」
「本人だって言ったら?」
「あっはっは、本当かい?随分縮んだね。そっちの可愛い子は彼女かな?」
「なっ」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられ若干迷惑そうな顔をしながらも、抵抗せずにされるがままになっているアスキの隣で、急に話題を振られたタマキが顔を赤くした。
「違うよ、クラスメイト」
「なんだ、アンタ学生だったのか。面白そうなことしてるね。時間はあるかい?ちょっと座って待ってな」
豪快な女店主は、そう言うと返事も聞かずに厨房に入って行った。
「あの、また、お知り合いですか?」
「ちょっとね。多分良いものくれるから、待ってよう」
ぐしゃぐしゃにされた髪を整え、アスキはさっさと空いている端の席を陣取った。タマキも訳が分からないまま、同じようにする。
十分ほどして戻ってきた店主は、左手に膨らんだ大きな紙袋、右手には小ぶりな包みを持っていた。
「はい、いつもの。分かるだろ」
「ありがと、サブリナ」
サブリナは膨らんだ紙袋をアスキに渡し、ニヤッと笑ってから、
「お嬢ちゃんにはこれ」
「? なんですか?……わあ!」
タマキが渡された包みの中には、食べやすい大きさに四角くカットされたサンドイッチが入っていた。
「美味しそう!」
「昼ごはんにしな」
「はい!ありがとうございます!」
笑顔で頭を下げるタマキに、思わずサブリナの顔が緩む。
「この男、何考えてるのか分からなくて、大変だろ?頑張んなよ」
「いえ、そんなことは……」
「それじゃ、もう行くね」
会話をぶった切り、立ち上がったアスキが素っ気無くそう言うと、
「相変わらず、忙しないね。今何してんのか、今度聞かせな」
「気が向いたらね」
軽口を叩いて扉を出て行くアスキの後ろから、タマキはもう一度お辞儀をして、外に出た。
「いい人ですね!確かに良いものが貰えましたけど、そっちの袋は何ですか?『いつもの』って?」
「鶏の羽」
「へ?」
「三千ビット稼ぐって言ったでしょ。残りの千ビットだよ」
そう言うと、アスキはレストランの三軒隣にある仕立て屋の前で立ち止まった。市民が着ている簡素な服とは違い、店のショーウインドウにはきらびやかなドレスやタキシードが飾られており、一目で高級さが伺える。
「服屋さん、ですか?」
頷くアスキはまた慣れた様子で扉を開ける。いらっしゃいませ、と涼やかな声がして、金髪をゆるいウェーブにした女性店員が、場にそぐわない格好の二人を見て首を傾げた。
「あら、随分可愛いお客様ね」
艶かしい声がして、タマキが慌てて振り向く。声の主は、紫がかったピンクの髪を長く伸ばして前髪をワンレングスにした、垂れ目の女性だった。
タイトなマーメイドスタイルのロングワンピースがスタイルの良さを際立たせ、品の良い色の分厚い唇と、その下のほくろが妖艶さを一層濃くしている。
一挙一動にふわりと良い香りが立つその立ち振る舞いに思わずタマキが見とれていると、アスキは先ほどの袋を彼女に差し出した。
「これ、いくらになる?」
女性は首を傾げながら受け取り、すぐににっこりと微笑んだ。
「あらあら、フライングチキンの羽毛ね?尾羽まであるじゃない。しかもすっごく綺麗。ちょっと待っててね」
妖艶な微笑を残して一度店の奥に引っ込み、すぐに戻ってきた。
「羽毛と尾羽四組で、千五百ビットでどう?」
羽毛の入っていた袋に代金を入れて戻ってきた。
「高くなったね?前は千ビットだったでしょ?」
「前?そうね、最近あれを狩る人が減っちゃって、仕入れ価格が上がってるの」
女性は頬に手を当てて、はあ、と悩ましいため息を吐いた。
「状態も良いし、少し多めに計算したわ」
「ありがと」
頷いたアスキの目を見て、
「貴方、もしかして……。いえ、こういうのを急に聞くのは良くないわね。また持ってきてくれる?」
静かに微笑んだ。
「気が向いたらね」
アスキはそう返し、ふふ、と笑った女社長に見送られ、店を後にした。
仕立て屋の外に出ると、むせ返る色気に当てられてぼーっとした顔のタマキが、ぽつりと言った。
「綺麗な人でしたねえ……」
「街で一番の美人はってその辺の人に聞いたら、間違いなく『仕立て屋のローズ』って返ってくるほどの美人だからね。……ライトが追っ掛けしてるんだ」
ぼそりと足された情報に急に現実に引き戻され、タマキは驚いてアスキの顔を見た。
「えっ!追っ掛けって……お付き合い、じゃなくて?」
「随分前から言い寄ってるみたいだけど、ずっとフられてる。さっきライトが何も言ってこなかったところを見ると、まだやってんじゃないかな。OK貰ってたら絶対自慢してくるはずだから」
「はあ、いろいろあるんですね……。あっくんも、あんな感じの色っぽい綺麗な人が好きですか?」
急にそう振られ、一瞬固まったアスキは、
「……ローズみたいなタイプはあんまり。なんか、取って食われそうで怖い」
「ふふ、そうなんですね」
前髪を弄りながらそう言い、目を逸らした。それを聞いて何故だか嬉しそうな顔をするタマキに、不思議そうに首を傾げた。
「まあ、それはどうでもいいんだけど。思ったより稼げたな。道具屋に行くよ」
ピン、と五百ビットの硬貨を指で弾いて、アスキは次の店に歩き出した。
「いらっしゃい」
扉を開けると、カランカランとドアのベルが鳴り、低い無愛想な声がした。店内は薄暗く、壁一面にいろいろな雑貨が所狭しと並んでいる。きょろきょろと物珍しげに棚の商品を見ているタマキを置いて、アスキは奥のカウンターにいる髭を蓄えた強面の店主に話しかけた。
「虫かごはある?小さいのと大きいの、一つずつ欲しいんだけど」
「あるよ」
ちらりと皺の刻まれた目を向けると、店主はごそごそと奥の在庫を漁る。その背中に向けて、
「それと、魔法弓を一つ」
「魔法弓?」
店主は意外そうな顔で手を止め、振り向いた。
「ない?」
「いや、あるが……。それを買いに来た奴は久しぶりだな。森に行くのか」
「うん。最近、森に行く奴少ないの?」
どん、どん、と木を組んで作られたかごをカウンターに載せながら、店主は頷く。
「ああ、どいつもこいつも、西で発見された魔王の遺産が目当てでな。お陰で材料が手に入りづらくて仕方ねえ」
「へえ……」
「虫かごは小さいほうが四百ビット、でかいのは六百ビット。弓は一つ三千ビットだが……」
そう言って、ちらりとアスキの目を見る。
「虫かご、二つで五百にまけてくれない?代わりに、森で珍しいものが取れたら持ってくる」
アスキがスッと目を細めた。店主は、その目を見て意味ありげにふん、と笑う。
「随分自信がありそうじゃねえか。いいぞ、ここのところ虫かごも売れてないしな」
「ありがと。じゃあ、全部で三千五百ビットで」
「おう。約束は守れよ」
「うん。……タマキ」
「っはい!」
棚に置いてあった、赤い花を模した精巧な髪飾りを手に取り、窓から洩れる光にかざして眺めていたタマキが、不意に名前を呼ばれてびくっと振り向いた。
「これ、タマキの分」
差し出された弓を受け取り、わあ、と嬉しそうな顔をする。
「ありがとうございます。……綺麗な弓ですねえ」
持ち手に小さな宝石がはめ込まれ、細かい模様の彫られた木製のショートボウを、タマキはしげしげと眺めた。
「お嬢ちゃん、その弓の良さが分かるのかい」
「えっ!はい、すごく手が込んでるなと思って」
「そうかい。使ってみりゃ、もっと良さが分かるぞ」
店主は上機嫌でがははと笑った。
「じゃ、またね、おっちゃん」
「おう」
東門広場に向かって再び大通りを縦断しつつ、渡された魔法弓を珍しそうに眺めながら、タマキは言った。
「きっちり三千五百ビット、使いましたねえ」
「予定通り三千ビットだけだったら、弓だけにしてたんだけどね。念のため念のため」
「これって、どうやって使うんですか?矢は買わなくて良かったんですか?」
持ち手の青い宝石と、彫刻を指で触り、タマキが訊ねる。
「石に魔力を通すと矢が生成されるんだ。詠唱もいらないし、魔力が続く限り弾切れしないから、便利。皆魔法を直接使いたがるから、あんまり人気ないけどね」
「そうなんですか。綺麗なのに」
「古い冒険者が師匠についてる人でもない限り、使ってないんじゃない」
「じゃあ、あっくんは私の師匠ってことですね!」
タマキは嬉しそうに笑い、アスキは前髪を弄りながら目を逸らした。タマキは続ける。
「私、中学からずっと弓道部なんです。これだったら、少しお役に立てるかもしれません」
大事そうに弓を握り締め、タマキは再びふんすと気合を入れた。意外な特技を聞いて、アスキが前髪から指を離して顔を上げる。
「そうなの?道理で、鶏落としも上手かったわけだ」
「でも、動く的はやっぱり難しいですよ。あれは運が良かったんです」
「まあ、コントロールが良いのは助かる。この任務、思ったより上手くいくかもしれない」
「頑張ります」
そんな会話をしながら、門兵に短時間で何度も出入りするのを不思議がられつつ、二人は三度外に出たのだった。