表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
となりの世界の冒険者  作者: 毒島リコリス
一章:三日目
4/26

3

 ライトは生徒たちが帰ってくるまで門兵の詰め所で待つとのことで、ガチガチに緊張している門兵に敬礼されながら、外壁に取り付けられた扉の中に入って行った。

「白河くん、よろしくお願いします。精一杯頑張ります」

タマキは出来る限り足を引っ張るまいと、気合を入れた。

「あんまり気張らなくていいよ、適当にやろう、適当に」

それに対しアスキの態度はどこまでも緩く、緊張や気負いというものが感じられない。温度差を感じつつ、タマキは訊ねた。

「そうだ、依頼内容はなんだったんですか?」

「ああ、はい」

渡された白い封筒の中には、A4サイズの三つ折りの紙が一枚入っていた。

「ホント、あいつ性格悪いよ」

ライトが入っていた詰め所の小窓を睨みながら、ぼそりとアスキが呟く。タマキは首を傾げながら、内容を読み上げた。

「ええと……プラントラビットの毛皮一人十枚、マツバカマキリの鎌四本、ショウジョウアゲハ一匹。なるべく素材を傷めないように持って来ること。……ええっ」

「気付いた?」

「これ全部、魔物ですよね……」

写真入りで書かれている三種類の採集物は、いずれも一般的な動物が変異した魔物だった。

「確かにどれも、薬や武器の素材になるからよく見る任務だけど……。三種類、今日の六時までに採って来いって?」

右腕に着けた支給品の腕時計を見て、アスキは眉を顰めた。針は十時十五分を指しており、指定の時間まであと八時間を切っていた。

「タマキ、どう思う?」

「そうですね、プラントラビットは草原に広く分布していると聞いたので、走り回れば集まるかもしれませんが……カマキリとアゲハは、森が生息地でしたよね?」

「うん。三種類それぞれの特徴、分かる?」

「はい。プラントラビットは臆病で攻撃性は低いが逃げ足が速く、捕獲が難しい。体毛が薬草になるが、傷みやすいので採集には注意が必要。マツバカマキリは凶暴で攻撃力が高いため危険、ショウジョウアゲハはそもそもの個体数が少なく、危害を加えようとすると幻覚や混乱を引き起こす音波を出す……です」

すらすらと教科書を読み上げるように答えたタマキに、アスキはへえ、と感心した。

「筆記二位は本当なんだね。……これ、はなから三種類全部採って来させる気はないと思わない?」

「どういうことですか?」

「普通に考えて、あの広い森でショウジョウアゲハ一匹探すだけで一日終わるよ。ライトだって分かってるはずだ。全員が六時までに持ち帰る確率なんて、間違いなくゼロじゃない?」

「言われてみれば」

「乗り物や移動魔法があるならまだしも、ここから森まで徒歩だと一時間半。往復で三時間掛かる。しかも、二十人が一斉に同じ獲物を探してる。残り五時間弱じゃ、プラントラビットとカマキリだけでもやれるかどうか」

「なるほど……。じゃあ、なんで先生はそんな無理難題を?」

「大方、現場を知ることと時間を守ることが大事とか、そんなところじゃない?そんで、採ってきたものはポイント制で成績をつけるための材料」

タマキはアスキの冷静な分析に、素直にははー、と感心した顔で頷いた。

「どうする?満点取らなくても、多分プラントラビットがいければ合格だと思うけど」

するとタマキはしばらく思いつめた顔で押し黙り、

「……できれば、スカウトが来るくらい確実に合格したいです」

と、顔を上げてアスキの目を見据え、力強く言った。組む相手を探すにも涙目になっていた様子から一遍して、その目には決心のようなものが伺える。しかしすぐに顔を赤くして、両手で覆って隠してしまった。

「すみません、生意気ですよね。私の実力じゃ無理だって、分かってるんですけど」

もごもごと言うタマキを静かに見ていたアスキは、

「後で、理由を聞かせて。そしたら協力してあげる」

素っ気無くそう言った。タマキは顔を上げて、ぽかんとアスキの顔を見る。

「あとその、白河くんって言うのやめない?あんまり苗字で呼ばれるの、好きじゃない。……おれだけ一方的に呼び捨てにしてるのも何か偉そうだし」

「わかりました。でも、何て呼んだら……」

「何でもいいよ、同級生だし。呼び捨てでもいい」

「呼び捨てはちょっと……うーん、アスキくん、アス……あっ!『あっくん』!?」

思いついた顔をした彼女の提案に、アスキは吹き出した。げほげほと咽る少年の背を摩りながら、タマキが慌てる。

「すみません、やっぱりまずかったですか?」

「いや、びっくりしただけ。案外踏み込んでくるね」

「や、やっぱり普通にアスキくんって呼びます……」

そんなに不評だったかと、体を縮こまらせたタマキを見て、アスキは片眉を下げて複雑な顔をした。

「いいよ、何でもいいって言ったし。……あんまり人前では呼んで欲しくないけど」

「じゃあ、この任務が終わるまでそう呼びます」

嬉しそうに満面の笑みを浮かべるタマキを見て、アスキは前髪を弄って目を逸らした。

「それで、これから何をするんですか、あっくん」

「……」

早速定着しているあだ名に、一瞬反応が遅れるアスキだった。

「皆さんは多分、プラントラビットを狩りに行ってますよね……」

「……狩場がかち合うと効率が悪い。それに、プラントラビットは夕方から活発になる」

「じゃあ、先に森に?」

「その前に、冒険者協会に行こう」

「はい?」

アスキはくるりと門に背を向け、賑わう大通りに向かってさっさと歩き始めた。

「冒険者協会って、初日に見学した大きな建物ですよね。何をしに行くんですか?」

タマキは慌ててその後を追い、早足で横に並ぶとそう訊ねた。

「任務を受けに行く。午前中で終わる程度の内容で、即金で三千ビットくらい手に入る奴」

「任務?更に受けちゃうんですか?」

「心当たりはある」

そう言いながら、アスキは脇目も振らずに真っ直ぐ大通りを歩いていった。

 ほどなくして、赤いレンガ作りの大きな建物が見えてくる。

入り口に『冒険者協会キュレスカ本部』という看板が掛かっており、重厚な両開きの扉から、ひっきりなしに人が出入りしている。

明らかに新人装備の小さな二人組を、すれ違う屈強な男たちが面白そうな顔で見ながら通り過ぎて行き、タマキは思わずアスキの背中に隠れる。

アスキは彼らの冷やかすような視線には目もくれず、慣れた様子でさっさと扉を開ける。タマキが一拍遅れて恐る恐る中を覗き込んでから、後を追った。

「任務の受け方、習ったよね?覚えてる?」

「はい。壁に貼られた依頼から自分がやりたいものを選んで、受付に持っていくんですよね」

「そう」

受付と書かれたカウンターに座る、銀縁の眼鏡を掛けた神経質そうな顔の女性――耳が長く尖っている――をちらりと見て、タマキは答えた。

アスキは壁一面に貼られた依頼票にざっと目を通し、すぐに一枚の用紙を剥がした。

「何ですか?」

「鶏落とし」

タマキが横から覗いて任務内容を確認すると、それにはこう書かれていた。

「フライングチキンの肉の調達。一羽につき五百ビット……?」

「依頼人は、近所のレストランの店主。昼前に持っていけば喜ばれる」

「へえー。なんで知ってるんですか?」

「……」

アスキは答えない。さっさと依頼票を受付カウンターに持っていってしまった。

「こちらは直接依頼主に届けてもらう形になります。終わりましたら、ここに依頼主から判子を貰って、また持ってきてください。内容に了承したらここにサインを」

「はい」

淡々と事務的に処理をするエルフの女性は、眼鏡をずらし、エメラルドグリーンの目で、協会の扉を出て行くアスキの後姿を見つめた。

「……まさか……」

書類の写しに残る手書きの文字を撫で、ぼそりと呟いた声を聞く者はいなかった。


 ずんぐりとした体型の大きな鳥が、赤い鶏冠をなびかせながら悠々と青空を横切っていった。長い尾を飛行機雲のように引いて、強くなってきた日差しの下を集団で飛び交う。

「あれですか?フライングチキン」

エレーナの壁の外に広がっている農耕地帯の上空を、手で庇を作って眩しそうに見上げながら、タマキが言った。

規則正しく連なる正方形の畑には青い葉物の野菜や、秋に収穫される穀物が植えられているが、空飛ぶ鶏は我が物顔で畑に降り、堂々とそれらをついばむ。

「見ての通り畑の作物を食べる害鳥なんだけど、食べると美味しい」

「へ、へえ……?」

アスキの言葉に弱肉強食を垣間見つつ、

「あれを狩るってことですか?」

「うん」

ついばむ端から慌てて地元民が追い払うが、鶏たちは嘲笑うかのように飛び立ち、また別の場所の作物を荒らす。

「とりあえず、おれがお手本見せるから見てて」

「はい」

そう言うと、アスキはすっと左手を上げた。

「"風縄"」

呟いた言葉と同時に、空気を震わすブン、という低い音がして、左手の指先に小さな緑色の魔方陣が現れた。くるくると指を回すと、魔方陣もくるくると回る。

「フライングチキンは、直線は速いけど旋回するときに速度が落ちるんだ。単に仕留めるだけなら降りてきたときでもいいけど、もし外すと野菜に傷が付くからできれば上空で仕留める」

言いながら、アスキは上空を飛び交う一羽に狙いを定めて、魔方陣をフリスビーのように投げた。鶏は、そこに自ら突っ込んでいくような形で魔方陣に吸い込まれ、ギエー!と甲高い悲鳴を上げた。

「"風船"」

首に魔方陣が巻きつき、力を失って落ちてくる鶏の落下点に新しい魔方陣が浮かび、その上にふわりと着地した。

「地面に落としても良いんだけどね。状態が良い方が色付けてもらえることがあるから、余裕がある時はキャッチする」

首を絞められて絶命した大きな鳥を抱えて戻ってくると、アスキは表情一つ変えずに言った。

「こんな感じ」

「……難しくありませんか」

簡単そうに言う少年にタマキは表情を強張らせるが、アスキは取り合わない。

「まあ、やってみて。風縄、使えるよね?」

「はい、習いました」

「じゃあ大丈夫。コツは、鳥本体に当てようとするんじゃなくて、鳥が飛ぶ方向を予測して投げること」

「……やってみます」

「着地はおれがやるから、落とすことに集中して。とりあえず一羽」

「はい」

タマキは真剣な面持ちで、ぶつぶつと詠唱し始める。そして、

「"風縄"」

掲げた指先に魔方陣を浮かべると、空飛ぶ鶏目掛けて

「えい!」

思い切り投げた。しかし力を入れすぎたのか、魔方陣は狙った鶏の前をひゅん、と通り過ぎ、はるか遠くに消えてしまった。空を飛ぶにはやや不恰好な怪鳥は、嘲笑うようにキエーと鳴く。

「あれえ」

項垂れるタマキに、アスキが声を掛ける。

「最初から上手くいくなんて思ってないよ。狙いは合ってたから、今度は速さを調節して。こんな感じ」

再び、片手間で一羽を仕留めるアスキ。二度目の断末魔が響き渡り、

「わかりました……」

アスキが全てやったほうが間違いなく早いのではと内心で強く思いながらも、自分を鍛えてくれているのだと分かっているので、タマキは再び風縄を展開した。

「飛ぶ方向を意識して、さっきよりゆっくり。……それ!」

声に出して復唱しながら、タマキは再び魔方陣を投げた。すると今度は、

「ああっ」

投げる力が弱すぎ、鶏が通過した後を円盤が通り過ぎて行った。二度目の失敗に、タマキが更にしょげる。アスキは肩を軽く叩いて、

「午前中いっぱい使っても大丈夫だから。落ち着いてやろう」

「はい……」

励まされてもう一度背筋を伸ばし、三度目の正直、と呟いて、タマキは飛ぶ鶏の前方に狙いを定め、風縄を投げた。

「あっ!当たりました!」

耳を劈く音の後、落ちる鶏を緩やかに着地させながら、アスキは言う。

「上手い上手い。ホントに下から三番目?」

「言わないでくださいよお」

またしても上げて落としてくるアスキに、タマキは顔を覆ってしょげた。

「あと一羽、やれる?」

「はい、頑張ります」

ふんすと気合を入れ直したところで、タマキはあることに気付いてアスキに言った。

「なんか、皆さん慣れてますね。あんな大きな声で鳴くのに、誰も気にしてないみたい」

農作業に勤しむ地元民たちは、時々ちらりと初心者装備の二人を見るものの、鶏の断末魔には全く気にも留めない。

「あの鶏、飛び方にパターンがあるから初心者でも仕留めやすくて、魔法の練習によく使われるんだ。……その割に、数が多いけど」

「なるほど、皆さんもう慣れちゃってるんですね」

仲間が次々と落とされて警戒の声を上げる鶏を見て、タマキは納得したように頷いた。

「次、仕留めたら一旦街に戻るよ」

「分かりました」

そして一度外し少ししょげて、次でなんとか仕留めると、アスキは口の端を少しだけ上げた。タマキは気付かなかったが、

「やるじゃん。思ったより早く終わった。戻ろう」

「はい!」

今度はきちんと誉められて、タマキは満面の笑みを浮かべた。農民たちが微笑ましげに見ているのにも、気付いていなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ