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となりの世界の冒険者  作者: 毒島リコリス
一章:三日目
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2

「アスキ!俺と組もうぜ!」

拾は開口一番そう言って、強引にアスキの肩に腕を乗せた。アスキは体格差でよろけながら、鬱陶しそうにそれを剥がす。

「言われたでしょ、バランス考えろって。おれもおまえも近接じゃん」

アスキは眉を顰めて首を振るが、友人はなおも食い下がる。

「いいじゃん、誰と組んでもいいんだろ」

「他にもいるでしょ、なんでおれなんだよ」

実際、他の生徒がちらちらと拾の方を見ていた。良くも悪くも目立つ男子は、この三日で集団の中心人物のようになっていた。

しかし本人は全く気にも留めず、

「お前こそ、なんで俺は嫌なんだよ」

口を尖らせて抗議した。

「おれと一緒だと、絶対サボろうとするでしょ」

ぎゃあぎゃあと二人が言い合いをしていると、不意に後ろから足音が近づいてきて、声を掛けられた。

「揉めてるみたいじゃない。お友達と仲間割れするくらいなら、そっちの茶髪の人、わたしと組まない?」

「へ?」

二人が振り返ると、例の眼鏡の優等生が、仁王立ちで立っていた。自信満々の視線で直視され、拾は小さくうわ、と言ってたじろぐ。

「貴方、近接の実技で一番だったでしょう」

「そうだけど……。アンタ、さっきめっちゃ手挙げてた人?」

「魔法の実技で一番だったひとだよ。本当、他人に興味ないね」

「だって俺、自分の番以外寝てたからさあ」

そのやり取りに、まさか自分が知られていなかったとは思いもしなかったらしい少女は、大きな目で睨みつけながら名乗った。

「園田よ。園田アユミ。どう?一番同士で組んだら、一番になれると思わない?」

胸を張って提案してきたアユミに、

「一番とか、あんまり興味ないからなあ」

拾の返事は釣れない。

「何よそれ。一番になったら、スカウトも来るかもしれないのに」

「それも興味ないんだよなあ。補習で来ただけだもん、俺」

「ほ、補習!?」

自分とは縁のない言葉に、アユミの声が裏返った。アスキが横から付け加える。

「遅刻と授業中の居眠りが多すぎて、もちろん期末テストも悪くて、単位落としそうなんだよ」

「さすがに留年はしたくないっつったらさあ、夏休みの冒険者研修に参加して修了したら、単位くれるっつーからさあ」

本人も、全く悪びれずに肯定した。仲間に入れてもらおうと遠巻きに話を聞いていた数人も、驚いた顔をしている。アスキが視線に気付いて振り向くと、ばつが悪そうに目を逸らし、そこにいた他のメンバーで話し合いを始めた。

「今日の参加者は、全員高校一年生だって聞いてたけど……。一学期からそんな風で、大丈夫なの?」

「大丈夫、俺世渡り上手だから」

へらへらと笑う茶髪の男子に、アユミはもはや呆れて声も出なかった。代わりに、アスキの方に目を移し、

「貴方も補習?」

と、ジト目で訊ねた。アスキは首を振る。

「いや、おれはこいつの見張り」

「こいつ買収されてんだよ。夏の課題ひとつ免除してやるから、俺の監視役になれって」

「結局類友じゃない」

「読書感想文、嫌いなんだよね。何アレ、感想なんて『面白かった』か『つまんなかった』しかないじゃん」

「わかるー」

アユミは怠惰な同級生二人の言動に、深いため息をついた。

「おれの代わりに、えっと……そのださん?が、おまえの見張りしてくれるなら、楽でいいな」

「随分余裕ね?いくら付き添いでも、任務はこなさないといけないんじゃない?」

「そうだぞ、どっちにしろ二人以上で行動しなきゃいけないんだから、お前も一緒でいいじゃん」

「やだよ、成績上位と一緒なんて、息苦しくてやってらんない」

アスキはそう言うと、きょろきょろと辺りを見回し、一人の女子に目を留めた。

 艶のある黒髪を後頭部でアップにし、地味な色のバレッタで留めた、可愛らしい顔立ちの少女。黒目がちの大きな目は既に涙目になっており、ひとりおろおろとしているが、他人に声を掛けることができずに取り残されているようだった。

 じっとその少女を見ていたアスキは、

「おれ、あの子と組む。じゃ、また後で」

そう言うと、さっさと二人から離れて、少女の方へ向かっていった。

「は?おい、ナンパかよ」

「放っておきましょ。いい加減出遅れるし。他はもう殆ど出発してるから、わたしと組まないと一人よ、貴方」

「マジかよ。んー、まあいいか、アンタで」

「贅沢な妥協ね。ちゃんと仕事してよね」

交渉がようやく成立し、アユミは拾をどつきながら、ライトにグループを申請しに行った。

 一方アスキは、

「ねえ、もしかしてまだ誰とも組んでない?」

バレッタの少女に声を掛けた。少女はびくっと肩を震わせて振り向く。

涙目は今にも溢れそうになっており、少し太めの眉がハの字になっていた。

「は、はい」

アスキの凶悪な目つきを見て睨まれていると勘違いした彼女は、蚊の鳴くような声で恐る恐る頷いた。

「じゃあ、おれと組もうよ。あんた、どうみ見ても近接じゃなさそうだし」

「へ?組むって……。……本当ですか!」

アスキの提案に一瞬ぽかんとした後、言葉の意味を理解するに従い顔が明るくなる。しかし、

「あ、でも、私、たぶん足を引っ張ってしまうので……」

すぐに俯いてしまった。すると、

「いいっていいって、足くらい、三本でも四本でも引っ張ってやりなよ」

突然二人に影が落ち、少女はひっと小さく声を上げて上を向いた。青い目が、にこっと笑った。

「あ、先生……」

背の低い二人を見下ろすライトに、少女は少しほっとした顔をする。

「せんせ、おれ、この子と組むから」

「え!?」

「オッケー。二人でいいかな?」

「うん」

「え、あの、」

「武器とか魔法の制限は特にないんだよね?」

「ないよ。知恵や自分にできることを活用してこそ実習だからね。ええと、シラカワ・カノウ、と」

少女を放置して、さっさと名簿に名前を書き込んでいくライト。タマキはおろおろと再び眉をハの字にしてライトの顔を見たが、楽しそうな表情のライトは気にも留めない。

「おれ白河遊生。そっちは?」

「あ、えっと、叶野珠希です」

「タマキか。よろしく」

釣られて自己紹介したタマキは、はっと気を取り直して訊ねる。

「って、本当に私でいいんですか!?私、実技全然だめで、その……」

酷く狼狽しはじめたタマキをよそに、ライトはにこにこと爽やかな笑顔で言った。

「こんな可愛い子に声掛けるなんて、アスキも大人になったね」

「へ?」

アスキ、と呼び捨てにしたライトの顔を見ると、そこには先ほどまでの優しい微笑を浮かべた大人の男性ではなく、ニヤニヤと下品な笑顔を浮かべる歳相応の青年がいた。その表情を見て、アスキが舌打ちする。

「やっぱり気付いてたか」

「相変わらず凶悪な目付きだよな。ちょっとお前を知ってる奴は、誰でも気付くんじゃない?」

「凶悪じゃないし」

「何そのアバター。超ちんちくりんじゃん。いつものは?」

「誰だよ実体スキャンしてアバター作るなんて言い出した奴。新月に怖い目に遭えばいい」

「マジで?じゃあそのちんちくりんが、命界のお前?」

ぐりぐりと頭を撫で繰り回すライトの手をぞんざいに払い、悪態を吐き始めたアスキを見て、タマキはえ?え?と二人を交互に見た。

「ちんちくりんって言うな。これでもあれから十センチ伸びたんだよ」

「はあ?それじゃ、あの頃なんて豆粒じゃん。ぐふっ」

こんな、と親指と人指し指で大げさに表現したライトは、アスキから横腹に拳を食らった。

「うるっさい。おまえがでかいんだ。早く任務よこせよ」

「相変わらずで安心したよ、はいどうぞ」

手から封筒をむしりとられながら笑うライトと、ふてくされた顔で封筒の中身を確認するアスキの様子は、どう見ても旧知の親しい仲だった。タマキは口をぽかんと開けて、頭上にどんどん疑問符を増やしていく。

「タマキちゃん、君、運がいいよ。こいつに任せておけば、一番も夢じゃないぜ。なんせ――」

「ねえ、ライト」

言いかけたライトの言葉を、アスキが遮った。開いた封筒の中身を見て、眉を顰めている。

「これ、本気?それとも、おれたちの分だけ違う?」

「本気本気。皆同じ内容だよ」

「性格悪いね、相変わらず」

「お前に言われたくないね」

一際嬉しそうな顔をしたライトの様子に、タマキはやっと口を開いた。

「あ、あの、何がなんだか……」

「そうそう。成績は、皆の前では三位までしか発表しなかったから誰も知らないけどね。こいつの連れの近接一位は、魔法と筆記はボロボロ。逆にあのアユミちゃんていう美人は、近接は下から三番目だったんだよね」

「言っていいの、それ」

「独り言だよ?」

アスキの指摘に、ライトはこれ以上ない爽やかな笑顔で笑った。

「まあ、タマキちゃんは筆記こそ二位だったけど、近接は最下位、魔法も下から三番目だったんだけどね……」

「うう」

自分の未熟さに再び涙目になるタマキを、ライトは優しく諭すように肩に手を置いた。

「泣かないでタマキちゃん。大丈夫だよ、この目付きの悪いちんちくりんはね、なんと三種目全部四位なんだぜ」

「えっ!?それって」

「普通は、得意分野っていうのはバラけるものでね。身体能力が極端に高いと魔法が全く使えなかったり、その逆もあるんだけど。それにしても、狙ったように発表されないギリギリの四位なんて、怪しいよね?まるでわざと手を抜いて調整したみたいじゃない?」

「そんな、まさか……」

正反対の表情をした二人に見られ、アスキはふいっと目を逸らした。長い前髪をくるくると指に絡めて弄る。

「いやあ、受講者リストにお前の名前を見て、無理やりこの仕事請けて良かった。死ぬ気で他の仕事終わらせたんだぜ、感謝しろよ」

「そのまま死ねば良かったのに……」

前髪の間から本当に殺しそうな目付きで睨みつけるアスキの視線をかわし、ライトはタマキに向き直る。

「そういうわけで、こいつ、口は悪いけど実力は確かだから。安心していいよ、タマキちゃん」

「は、はあ……」

ふわっと青い目に微笑まれて、タマキが思わず赤面した。

「ライト、守備範囲どこまでなの?」

アスキはジト目でライトに訊ねた。

「女の子は皆可愛いよ?」

ライトは爽やかに微笑んだ。

「ロリコン男爵」

「それ、命界の悪口だろ?モトキに聞いたよ?」

「モトキもグルか……」

再び口喧嘩を始めた二人に、

「あの、二人はどういう関係なんですか……?」

タマキがやっとそれだけ訊ねた。

「ん?親父の代からのマブダチって奴だよ。使い方合ってる?」

「合ってない」

今にも首を絞めてきそうな旧友に、ライトはやれやれと首を振り、タマキの肩に置いていた手を挙げて降参のポーズを取った。

「ま、自信がないなら、こいつに付いていって、指示に従ってれば問題ないよ。顔は怖いけど女の子には優しいから。俺の教育でね」

最後に余計な一言を加えて、ライトは気障にウィンクした。アスキの目が更に剣呑になる。

「アスキだって、あのお調子者の連れを断って、一人になってたタマキちゃんに声掛けたってことは、少しは助けるつもりなんだろう?」

そう言われて、ライトを睨んでいた目を逸らしたアスキに、タマキの目がまた潤む。

「白河くん……」

「別に。最初から実践であいつと組むつもりはなかったよ。……言ってないことが多すぎる」

「大変だねえ。あ、そうそう、サブリナがね、最近鶏が入らないって愚痴を零してたよ」

「へえ、あの人まだ大通りでレストランやってるの?」

「ああ。相変わらず美味しいよ。午前中が空いてるからお勧め」

のんびりと世間話を始めた二人に置いて行かれながら、タマキが訊ねた。

「あの、白河くん、なんで私に声を掛けてくれたんですか?他のグループに入るって手もあったのに」

「口が固そうだったから。あと、三日間見てて友達作れてなさそうだったから」

「うう」

「誉めてから落とすのはよくないよ、アスキ……」

 こうして、アスキ・タマキ組は、他のグループより十分ほど遅れて任務を開始したのだった。

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