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となりの世界の冒険者  作者: 毒島リコリス
一章:三日目
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1

 鮮やかな青色の空を、白い大きな鳥が、悠々と翼を広げて横切っていった。

 立体的な雲が南から吹く風に運ばれ、深緑の草原に時折薄い影を落としながらゆらゆらと形を変える。

 燦々と照りつける日光を受けても尚、雪を被ったままの山脈は、麓に豊かな雪解け水をもたらす。樹海を抜けた川は、平らな草原で二股に分かれ、海に向かって徐々に幅を広げていく。

 二つの川に育まれた広大な草原は、南に行くにつれてやがて人の手が入った農地に変わり、その向こうに、石造りの高い壁が現れる。なだらかなカーブを描き、上から見ると円形をした壁の外側には水路が掘られ、見た目には湖の上に巨大な筒が浮いているように見えた。

 巨大な筒の内側には街があり、東西南北に関門が設けられている。水上に架かる橋が農地と街を繋いでいた。

 中でもとりわけ橋の幅が広く通行が盛んな東の橋を渡り、関門で通行許可を受けて中に入ると、まず広がっているのは石畳の広場だ。近隣で取れた新鮮な野菜や魚を売る露店が並び、観光と思しきガイドブックを広げた人々の姿も見られ、大いに賑わっていた。


 広場の端、外壁と一体になった門兵の詰め所の前で、茶髪を短く刈った少年が大きく伸びをした。

 「んんー!今日でやっと、研修も終わりかー!」

ひょろりとした長身だが体つきは筋肉質で、肌は日に焼けている。

「声が大きいよ、拾。皆おまえと違って真剣なんだから」

隣で黒髪の少年が窘めた。こちらは背が低くかなり細身で、長い前髪から覗く瞳が極端に小さく、常に睨んでいるように見える。

 皆、と言った通り、周囲には二人の他にも、十代半ばと思しき少年少女が二十人程集まっていた。全員が黄色っぽい肌に黒髪か茶髪で、真新しい揃いの革鎧とブーツを身につけ、腰からショートソードを下げている。

 一同はお互いの装備を整え合ったり、珍しそうに腰の剣を眺めてみたりと忙しく、そういった着こなしに慣れていないことが窺えた。

「俺も真剣だよ。案外楽しかったし」

拾と呼ばれた茶髪の少年が、快活に笑った。そして、

「ところで、このポケット持って帰れないかなあ。大きさに関わらず何でも入るって、超便利じゃね?手ぶらで学校行けるし」

自分の腰のベルトから下がった小さな革製の外付けポケットを叩き、にやにやと黒髪の少年に言った。

「持って帰れないよ……どこが真剣なの……」

「ま、何にせよこれで単位が貰えるなら、ちょろいもんだぜ」

ぼそりと低い声で言ったのを唯一聞いていた小柄な少年は、物言いたげに友人の顔をじっと見た。

「そう睨むなよ、アスキ」

「睨んでないよ」

アスキと呼ばれた黒髪の少年は、自分よりかなり背の高い友人を、おどけた様子で大げさに仰け反って見上げた。拾の方も本気でアスキが睨んでいるとは思っていないようで、仰け反った体を軽く小突いて戯れる。そんなことをしていると、

「皆、集まったかな?」

板にクリップで挟んだ書類を手にした背の高い青年が、彼らの前に現れて声を掛けた。歳は二十代半ばほど。精悍な顔立ちで、風になびく金髪を後ろで緩く一つに纏めている。少し垂れ気味の目も相俟って、人懐こい大型犬を思わせる美青年だった。

 青年は人数を数え、全員揃っていることを確かめると、口を開いた。

「さて、今日は冒険者研修の最終日だね。皆、この世界のこと少しは分かったかな?」

青年の表情は柔らかく口調も穏やかだが、カジュアルな白いシャツの上からでも引き締まった身体をしていることが分かる。腰には、柄にこの国の王家の紋章が入った片手剣が提がっていた。

「早速だけど、研修のおさらいをします。まず、今皆がいるこの国の名前は?」

石畳の地面を指差しながら、彼は訊ねた。すぐに手が上がり、

「キュレスカ王国です」

栗毛をきっちりとポニーテールに結い上げ眼鏡を掛けた少女が答えた。

「じゃあ、この街の名前は?」

「王都。王都エレーナです」

「うん、さすがに皆もう覚えたよね」

再度答えた少女に、金髪の青年は満足げに頷いた。

 その様子を、関門を通ってきた商人の男が不思議そうに見て、門兵に訊ねる。

「ありゃ、何をしてるんだい」

門兵はきりりと背筋を伸ばして前を向いたまま答えた。

「命界の冒険者に、こっちのことをレクチャーしてるんですよ」

「へえ、面白いことをしてるな」

「なんでも、今年からあっちの若い学生をこちらに送り込んで、短期講座を開いて冒険者を育てるんだそうです。彼らはその一期生ですよ」

「なるほどなあ。道理で、近衛隊の隊長さんまで来てるわけだ」

少年少女の前に立つ見目麗しい金髪の青年を眩しそうに眺め、商人は納得した様子で頷いた。

「ライト様もお忙しい方のはずなんですが、自ら彼らの教育係に名乗り出たそうで。……我々としては、気が気ではありません」

最後にぼそりと本音を漏らした門兵の緊張した姿に、商人はあっはっはと声を上げて笑った。

「隊長さんも、五年前は冒険者だったって噂で聞いたことがある。現役時代の血が騒ぐのかもしれんな」

こめかみを伝う汗を肩に掛けたタオルで拭うと、商人は門兵に、それじゃがんばれよ、と無慈悲な労いの言葉を掛けて、通り過ぎていった。

 ライトは通り過ぎる商人の荷馬車を横目で見ながら、三日限りの自分の生徒たちに訊ねる。

「君たちの住む『命界』と、僕たちの住む『隣界』の交流が始まって、今年で五十年目になるんだけど、そもそもどうして交流を始めたんだったかな?」

「『魔王』の討伐のためです。命界人は隣界では死なないため、それを利用して、冒険者として活動してくれないかと、隣界から救援を求められたことがきっかけです。

三度、眼鏡の少女が答えた。後れ毛の一本も許さぬその姿は、静かに窓際で読書などしていれば高嶺の花にもなれそうな美人だったが、眼鏡の下の気の強そうな瞳がそれを許さない。周囲には、彼女に任せておけばいいやという怠惰な空気が流れていた。

 ライトはそれを感じ取って苦笑しながら、

「そう。その命界に助けを求めた張本人が、当時のキュレスカの王様だったんだよ」

街の中心に聳える巨大な城の尖った屋根を手で示し、ライトは言った。

「メッセージを受け取ったのは、君たちのお祖父さんの世代になるかな。僕もまだ生まれていない頃の話だね」

「先生、何歳?」

女子生徒が笑いながら訊ねた。

「ん?今年二十五になったよ」

「えー!もっと年上かと思った!」

別の女子が茶々を入れ、ライトは複雑そうな顔で頭を掻いた。

「それは、誉めてくれてるのかな……。まあいいや。命界の皆さんは、魔王討伐を快く引き受けてくれて――と言っても、まず命界人を安定してこちらに送るための設備を整えるのに二十五年。それから、命界人が冒険者として動ける仕組みや制度を整えるのに更に五年。……魔王が倒されたのは、たった五年前の話だ。隣界が助けを求めてから、四十五年が経っていた」

青い目を細めて静かに笑うライトに、生徒たちが静まり返った。

「命界の皆さんには、本当に感謝してるんだ。隣界のために長い年月を掛けて手を尽くしてくれて、この世界を救ってくれた。魔王が倒されなければ、エレーナがこんなに活気づくことはなかったと思う」

整備され、大勢の人々が行き交う白い石造りの街並みを改めて見渡し、ライトはにこっと爽やかに笑った。

「魔物の勢力が弱まったおかげで、急速に復興が進んだんだ。例えば、このエレーナの街。魔王がいた頃には度々襲撃を受けていてね、建物も人もボロボロだった。修復も追いつかなくて、それはもう、悲惨だったよ。今の姿からは考えられないでしょう?」

そう言われ、生徒たちは改めてきょろきょろと辺りを伺った。長方形の石材を規則正しく組んで作られた街並みからは、戦火に晒されていた痕跡は全く見当たらない。

「他にも、今まで人間が立ち入れず魔物の巣になっていた地域にも行けるようになった。そこで発見された資源が活用されるようになったり、開拓して新しい町ができたりもした」

嬉しそうに語るライトに、眼鏡の女子生徒が訊ねた。

「その、魔王を倒した本人は、今どうしてるんですか?命界の冒険者なんですよね?」

すると、

「それが、ある日突然姿を見せなくなってね。研究所に問い合わせても、本人が望んでいないって言われて、何も教えて貰えなかった」

ライトが大袈裟に肩をすくめて首を振る。

「何だそれ、救うだけ救って消えるとか、超かっこいいじゃん」

アスキの隣で、拾が言った。

「僕たちとしては、もう一度戻ってきて欲しいんだけどね。まだきちんとお礼もできていないし」

そう話すライトと、アスキの目が一瞬合った。ライトは目を細め、アスキはすぐに逸らした。誰も気付かなかった。

「さて、話を戻すよ。ありがたいことに、命界の皆さんは魔王討伐後も協力を惜しまないと言ってくれた。君たちが今日ここにいるのは、その一環というわけだ。前置きが長くなったけど、今日の本題はここから」

ライトは勿体つけてから、きりりと真剣な表情になって言った。

「研修最終日の今日は、いよいよ実際の任務と同じ形式でフィールドワークに出てもらいます」

その言葉に、生徒たちは俄かに色めき立った。

「命界には、『習うより慣れろ』って言葉があるそうだね。実践に勝る経験はない。いい言葉だよね」

うんうんと、ライトは一人納得してから続ける。

「任務の内容は、これから配る紙に書いてあるものを、持ってくること」

ライトは腰の鞄から、白い封筒の束を取り出した。生徒たちが身に着けているポケットより少し大きめで上品な装飾が施されており、明らかに上等な材質で作られていることが分かる。

「この城壁を出ると、草原と森が広がっているっていうのは、事前に教わっているよね。書いてあるものは、全て草原や森で採集できるものだよ。任務としては、一番簡単な部類だ」

ただし、と付け加え、

「条件がある。一つ目は、二人以上のグループを作って行動すること。任務は一人ではこなせないものも多い。協調性は大事だからね」

「誰と組んでもいいんですか?」

ぴんと手を挙げて訊ねたのは、頬に小さな絆創膏を貼ったお下げの少女だった。隣に座り、急に発言した少女にびくっと肩を震わせた少年と、良く似た顔立ちをしている。

「うん。でも、グループ内のバランスや相性を考えることも大事だよ。得意分野、性格、能力、考えることはたくさんある」

それを聞いて、一同は慌ててお互いの得意分野を確認し始める。騒がしくなった広場で、ライトは少し声を大きくした。

「期限は今日の午後六時まで。グループメンバーを僕に申請してから出発して、時間内にここに戻ってくること!」

はーい、と口々に生徒たちは返事をして、

「注意事項としては、無理や無茶はしないこと。勝てない魔物に遭遇したら、すぐに退避して通信機で僕に知らせること。通信機の使い方は覚えたね?」

そして更に付け加えた。

「そうそう、時間内に戻ってこない場合は、捜索隊を出さなきゃいけなくなる。いくら指定のものを持って帰ってこられたとしても、ペナルティになるからね。もし全部集まらなくても、午後六時には確実に戻ってくること」

ライトは、時間を守ることは大事だよ、と微笑んで、

「万が一遅れそうな場合には、早めに連絡すること。他にも、何か想定外の事態が起きたらすぐに連絡して」

小型の黒い機械を懐から取り出して全員に見せてから、ライトは急ににこっと笑った。

「ちなみに、成績優秀者は研究所にスカウトすることもあるって、命界の研究員さんが言ってたよ。それじゃ、はじめ!」

そんな煽り文句に焚き付けられ、生徒たちは蜘蛛の子を散らすように一斉に動き出した。

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