残虐な過去
豪華な食事を前に俺の箸は一向に進まなかった。
何かハンマーのようなものでガツンと叩かれたような衝撃的な言葉に俺は何をどうしていいのかわからなかった。
「ヤマト君どうしたの?食欲ないの?」
「え、あ、い、いや、そんなことないよ」
「なんだか顔色が悪いよ」
「いやいや、気のせいさ」
「アタシに気をって無理に元気なふりしなくてもいいんだよ、辛い時は辛いって言って」
いい子だ、食欲がなくても君を食べる自信はある、などと馬鹿なことを思いつつ、俺は気を取り直すことにした。
どう考えても綾瀬ちゃんのお父様が、あんなに優しいお父様がサキを殺した犯人のわけがない。
川島竜次なんてそう珍しくもない名前だ。きっと同姓同名なのだ!そうだそうに決まっている。せっかくのデートだ、楽しまないと綾瀬ちゃんにも自分自身にも申し訳がない。
そう言い聞かせ、それからは楽しむことだけに専念した。
途中うっとうしい昭和女がボソボソとつぶやいていたが一切無視した。
あっという間に帰りの時間になった。
「今日も楽しかったわ」
「ヤマト君、またいつでも来てくれたまえ」
二人に見守られながらタクシーを待っている俺だったが、昭和女が凄まじい声でお父様にさっきから怒鳴り散らしている。もちろん俺にしか聞こえないのだが、とにかく女の子のいうセリフではない。
「このクソ野郎!テメエなんか生きている資格ねえ!」
「死刑でもまだ優しいわ!アタイの受けた地獄を味わえ!」
「お前だけは絶対に許さない!アタイの人生返せ!」
「野蛮人!レイプ魔!偽善者!順風満帆な姿を見ているだけでもメッタ斬りにしてやりたい!」
等等、聞いてて本当に嫌になる暴言がことごとくデートの余韻をぶち壊してくれる。
家に着き、服を脱いで下着姿で横になった俺は改めてサキに怒鳴り散らす。
「うんざりだ!せっかくの楽しいデートを最後の最後で陰気臭くしやがって!」
するとサキは空中で胡座をかきながら腕組みして言った。
「信じられないのも無理はないわね。だけど事実は事実なのよ」
「どこにそんな証拠がある!」
「まずあの男の胸の名札をみたら、『支配人・川島竜次』と書いていた。よく見ると顔が老けたとはいえ、アタイをレイプした顔そのものだし、声質も同じだったわ。あのいまいましい野獣の面影がはっきりとあったのよ」
「人違いじゃないのか?」
「人違いじゃないわ。アタイがあの綾瀬という女をなんとなく気に入らないと直感で感じたのは、奴の血を引いた実の子だったからなのよ。これでようやく謎が解けたわ」
「まだとても信じることなどできないが、お前ってさあ、そもそも過去に一体何があったわけ?」
「そういえばまだそのことについて話していなかったわね」
「そうだよ、それを話してくれないと、俺もこれからどう進んでいいのかわからん」
するとサキは床に足を乗せた態勢でしっかり立ち上がり、ベッドに横になっている俺の顔をじっとみつめた。
「アンタもしっかり立って」
俺は言われるままに起き上がり、サキと俺はお互い顔を見つめる状態でまっすぐと立った。
「…そのまま動かないで」
サキはどんどんと俺の顔に自分の顔を近づけてくる。
「お、おい、な、何を?」
これ以上顔を近づけるとチューすることになるぞ!まあどうせすり抜けることになるだろうけど。
「アタイの目の中をじっと見て」
「目を見るのか?」
「そう、アタイの過去を体験させてあげる」
次の瞬間世界が急に歪み出したかのように強烈な目眩を覚えた。
あれ?
ぼんやりと何かが見える…。
なんだこれは?
何か立体の映画を見ている感じだ。
自分の姿はどこにもない。
夜だ、トンネルを走っているスポーツカーが見える。中には男女が乗っている。
男はアフロのようなパーマをしており、痩せている。
その隣にはセーラー服姿の少女、あっ、サキじゃないか!
二人の会話が聞こえてくる…。
「…君にはすまないことをしたと思っている」
「つまり、遊びだったってこと?」
「遊びじゃない!本気だった!でも、大学生の僕と高校生の君が付き合うっていうのは、問題があるし、僕のこれからの就職にもいろいろと影響するかもしれない」
「要は親に別れろって言われたんでしょ?アタイみたいな不良娘とつきあうなってことなんでしょ?」
「い、いや、そうじゃなくて」
「車停めて!」
外灯がほとんどない人気のない砂利道で車は止まる。
サキが降りて、乱暴にドアを閉める。
「お、おい、こんなところで降りたら…」
「嘘くさい同情やめて!ここからは帰り道わかるから!さよなら!アンタみたいな世間体ばかり気にする小心者、こっちから願い下げだわ!」
そういい、暗い道を歩くサキ。
しばらく歩くと少しは外灯が増えてくるが周りには全く民家がない。
サキはある空き地にたどり着く。
その空き地には大きな土管が三本程あり、その脇にはビールの自販機とタバコの自販機が設置されていた。
サキは自販機でビールを買うと土管に腰掛け、勢いよく飲み干す。そして風呂上がりのようにプハーッとため息を吐く。
それにしてもさすが昭和だ。未成年がこんなにもあっさりタバコやビールを買える環境など今だったら絶対に有り得ない。
二缶目のビールを飲んでいるサキの前に三人の男が現れる。
「よお!サキじゃねえか!お前ここに来るの久しぶりじゃねえか」
男たちは革ジャンにジーパン姿であり、その出で立ちがいかにも昭和の不良ドラマに出てきそうな雰囲気をしていた。
どうやらこの空き地は不良達のたまり場のようだった。
考えてみればたまり場にはもってこいだ。周囲に民家はないし、野宿しようとしたら土管の中で寝ればいい。そしてビールとタバコの自販機まで用意されているのだから。
サキは無言のままだ。
その中でも特にある男がしつこくサキに話しかける。どうやらサキの元恋人みたいだ。
「昔のことは忘れてまた俺と楽しくやろうぜ」
男はキスを求めてくるが、サキはその男の頬をひっぱたき、「気持ち悪い、近づくな!」
と叫ぶ。
次の瞬間、男がサキの頬を拳で殴りつけ、空き地に押し倒す。
「竜次さん、女殴るのはやばいっすよ!」
「うるせえ!こいついつだって調子に乗ってやがるんだ!おいお前らも手伝え!」
激しく抵抗するサキを残りの二人が押さえ込む。
サキの口はタオルのようなもので塞がれる。
「お嫁にいけないカラダにしてやるぜ」
それからは悲鳴の数々がタオルの中で消えていき、サキは三人の男におもちゃにされる。
その一部始終は地獄絵図のようで、視聴している方まで叫びたくなる。
強姦されまくったサキは、竜次という男に唾を吐きつけた。
竜次の頬に唾が付着する。
野獣のように怒り狂った竜次は両手でサキの首を思い切り締め付ける。
「ぐええええ…」
その後、
「竜次さん、やばいっす!この女息してないっすよ!」
「嘘だろ!チクショウ!ちょっと首絞めただけなのに、なんで死ぬんだよ!」
「竜次さん加減知らずなんすよ!」
「ど、どうしよう兄貴…」
「どうするもこうするもねえよ!土ん中埋めろ!それしかねえって!」
「あ、兄貴い…、オイラそんなヤクザみたいなことできないっすよ!」
「だったら自首して、一生臭い飯食うか?」
仲間の一人が空き地の脇にあった作業用具入れのような小屋の中からシャベル三本を持ってくる。
シャベルで深い穴を掘る三人。途中仲間の一人が精神的に耐え切れないのかその場で嘔吐して穴を掘れなくなってしまう。
その後、深さ二メートルはあろうかという深い穴を掘った男たちはサキの遺体を無情にも投げ捨て、その上から砂をかける。
すべての犯行が終わり、逃げ去る少年三人。
三人のうち、竜次と呼ばれていたリーゼント(昭和の不良の典型的カット)の男は確かに綾瀬ちゃんのお父様と瓜二つであることは否定できなかった。
その後、場面が切り替わるかのように空き地がゆがみ出す。
次に映されたのは大規模工事の様子である。大規模工事はかなりの面積の土地で行われていたが、どうやら先ほどの空き地も含まれているようだった。大量の砂利やら砂やらが運ばれたり持って行かれたりしている。
そうしてまたしばらくすると、場面が歪み、大規模工事のシーンからニュータウンのようなものが建設されている場面が現れた。
ある若い男女が土地の一部を指差す。
もしかして若き日の俺の両親じゃないか!?
「この辺がいいと思うんだけどどう思う?」
「いいわね。これからこの辺にショッピングセンターも建つんでしょ?」
「ああ、これから生まれてくる子供のためにも最高の環境だよ」
女(俺の母親)が自分の腹を撫でながら微笑む。
その後、場面は以前夢で見た地鎮祭の様子を映し出すのであった…。