代理人
「何をするつもりなんだ…?」
サキが俺のベッドに(格好だけ)腰掛けて、
「アンタがやることは簡単よ。アタイの代わりに二人の人間に手紙を書いて、手渡すこと。ただそれだけ」
「二人の人間…?」
「そう、アタイを強姦して殺して埋めた川島竜次・当時十七歳、その仲間も二人いるけど今回はとりあえず省略するわ。それからアタイを男手一つで育ててくれた父親、藤原耕一・当時四十五歳…少なくともこの二人に対して、アタイが言う通りに手紙を書いて欲しいの」
「…よ、要するに俺は君の代理人ってわけか」
「そう、特に川島の奴は恐怖のどん底に落としてやりたいの」
握りこぶしを作りながらワナワナと歯ぎしりをするサキ。
やはり幽霊だ。人を怖がらせようとする当初の目的は忘れてないようだ。
シーンと静まり返ったこの部屋に幽霊と二人きり…やはり怖いものは怖い。
「な、なあ、気分転換に音楽をかけてもいいか?今は夜だから小さい音でだけど…」
「いいよ…って、あっさすが現代っ子。レコードじゃなくてコンパクトディスク、いわゆるCDなんだ!」
サキが急に(幽霊のくせに)目を輝かせ始める。
「え…CDなんて俺が生まれたときから…現代っ子っていったらむしろネットからのダウンロードとか…」
「ねっと?だうんろーど?」
サキが首をかしげる。
「あ、いや話せば長くなるからいいや。二十五年前の女子高生に言っても無駄だし…」
CDに入っていた曲が流れたとたん、
「ちょっ…ヤマト!これ…アンタ…」
「えっ…?」
♪俺たちは街を彷徨うオオカミさ
♪あてもなく自由を求めて走るのさ…
「野崎じゃなーい!キャー!キャー!すっごい懐かしい!」
興奮して、床から天井まで自由自在に飛び跳ねるサキ。
あっそうか、ちょうどリアルタイムでこの世代だったね。それにしても幽霊がはしゃいでいる姿を初めて見た。
「ヤマト、アンタ、センスあるねえ!」
俺の肩をバンバン叩く(すり抜けるんだけど)サキ。
「俺この時代の音楽好きなんだよ。今の音楽よりも熱いっていうか…」
「その通りよ!ねえ他にどんなの持っているの?」
俺はCDケースから八十年代のグループのCDを十枚ほど出して見せる。
サキは両手をグーにして口元を隠し(どうやら当時流行った『ぶりっ子』のポーズらしい)体を左右によじらせる。
「チョッカーズ!ブルーバーズ!ピカルケンジ!なにこれ!すごいじゃない!女の子アイドルグループもあるじゃない!にゃんにゃんクラブなんてなつかしい!」
それから約二時間、俺は幽霊に生前の青春時代を充分過ぎるくらい満喫させ、当時の話を延々と聞かされるハメとなった。
考えてみると二十五年も誰とも話してないわけだから話が止まらなくなっても無理はないのかもしれない。こんだけしゃべったならもう成仏してくれないかな…。
「あー懐かしかった…!!…って思い出話をするためにここにいるんじゃないわよ!!」
急にドスの強い声で険しい顔になるサキ。
「なんで俺が責められるのだ!君はさっきまで顔色がよかったのに…」
「顔色がいい幽霊などいないわ…、さて本題に戻るわ」
「…」
「まずはあたいがどのように殺されたのかという話から…」
「おいおい、また語りだすのかよ」
「ここからが大事じゃないの!さっきまでのはあくまでも音楽の話だったでしょ?」
「ああ、おかげで野崎の知識が増えたよ」
「じゃあ、これから本題を話すわ」
気づいたら服を着たままベッドの上で寝ていた。
「あれ…?」
チュンチュンとスズメが囀り、カーテンの隙間から朝日の光が入ってきている。
五時半…。
少女の霊・藤原サキ子は…、
「いない…夢だったのか…?」