幽霊からの依頼
セーラー服がボロボロに破れており、泥があちこちに付いているように感じた。
セーラー服の下は今時珍しい長いスカート、
茶髪の長い髪は完全ストレートヘアーではなく、両耳付近にパーマをかけている。なんとなく一昔前のアイドルのような髪型だ。
顔は青白いが、化粧が濃く、眉毛も今時珍しく濃い目であった。
そんな一昔前の雰囲気の少女が俺のことを無表情で眺めている。
恐怖のあまり声が全くでない。体も全く動かない。
女子高生の足元をみると、靴下を履いているが、ぼんやりと透けており、若干宙に浮いているのがわかる。
この少女が幽霊だという証拠だった!!
すると少女が低い声で言った。
「アンタにはアタイが見えるのね…?」
ゴクリと唾を飲む俺。いつまでも怖がっていてもしょうがない。
「あ、ああ。見えるよ」
少女の瞳から涙がこぼれ落ちる。
「やっと見つけた…見える人…」
「き、君は幽霊なのか?」
質問しながら足元から膝がガタガタ震えている。
「そうよ」
「名前は…?」
「藤原サキ子」
「き、き、き、…君はお、お、俺に何を求めている…?ど、ど、どうすれば消えてくれるんだ?」
「…どうして消えないといけないの?」
「あ、い、いや、その」
「要するにあたいが怖いんでしょ…?」
「は、はっきり言ってその通りだよ。お、俺別に何も悪いことしてないよね…」
生まれて初めて見る本物の幽霊とこれだけ長いこと会話ができただけでも誰かに褒めてもらいたいと思った。
「アンタには何の恨みもないわ。でもアンタを見逃すわけにはいかないの」
サキ子という幽霊少女の視線が冷たく俺の顔を見つめる。頼むからあんまり見ないでくれ。小便を漏らしそうだ。
「な、なぜ俺を見逃すわけにはいかないんだ?」
「殺されてから二十五年…やっと霊感の強い人間に発見されたのに…ここで逃げられたら次にアタイの姿が見える人間が何十年後に現れるかわからないじゃない。アンタにはやってもらいたい事があるの」
「い、嫌だよ、変なことに関わりたくない」
するとサキ子はすがりつくような顔をして、
「お願い!逃げないで!アタイを怖がらないで!アンタを呪い殺すような能力なんてアタイには最初から備わっていないから!」
そんなこと言われても怖いものは怖い。生まれて初めての幽霊とのご対面だからな。
その場を去ろうにも目の前にサキ子がいるので素通りすることもできない。いや、幽霊だからすり抜けて通ることができるのだろうが、すり抜ける勇気がない。
俺は深呼吸し、少しでも冷静になろうと試みて、サキ子に提案した。
「なあ、サ、サキ子さん、ば、場所を変えないか、俺の部屋で話し合おうじゃないか」
自分の部屋なら明るくて多少気持ちが落ち着くかもしれない。
「い、いいわよ。お、男の人の部屋って正直苦手だけど…」
階段を上り、俺の部屋の前に着く。同じ二階の部屋の両親はぐっすり眠っているようで、
親父のいびきが今日もガンガンに聞こえてくる。
部屋の扉を開けようとすると、サキ子が幽霊の癖にオドオドし始めた。
「あ、あの、ア、アンタさあ…」
「な、な、なんだよ」
「…な、何にもしないわよね?」
「はあ?」
「へ、変なことしないわよね!?」
「しねえよ!それはこっちのセリフだろ!怖いのはむしろ俺の方だし。そもそも君は幽霊だから変なことしようにも触れることができないだろ」
「そ、そうだね、ごめん。あたい、襲われて殺されたから…」
「え?」
部屋に入り、ベッドに腰掛ける俺。
サキ子はふわふわと空中で胡座をかきながら腕組みをしている。
一見偉そうな態度だが、みようによっては操を守ろうと警戒しているようにも感じる。
だからサワれないっての!
「そ、そういえばまだ俺の名前言ってなかったな。俺は沢口ヤマト、大きいの『大』に平和の『和』って書いて大和」
「今時の名前ってカッコイイね…」
幽霊とはいえ、フツーに同級生に話しているような感じで接してくる彼女に、俺は徐々に恐怖心が消えてきているのを感じた。
「今時って、あ、そういえばサキ子さんって二十五年前の女子高生だったっけ?」
「そうよ。あと、さん付けはいいから『サキ』って呼んで。殺された時のあたいはアンタと同じくらいの歳だから」
「生きていれば四十うん歳か…」
「…なんか言ったか?」
「い、いや何でも。サキ…でいいのか?」
「いいの。あたいもアンタのことをヤマトって呼ぶから」
何だかいきなり距離を近づけられたような感じだが、何せあの世の女子高生なので言うまでもなく付き合う気になどなれないぞ…。
「サキとヤマトの名コンビ成立ね。これからが楽しみだわ…」
サキが猫のような目付きをして、いかにも幽霊らしく不気味に微笑んだ。