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さよならサキ

サキが俺を見ている。

 かすかに微笑んでいる。

「ヤマト…さよなら…」

「バカ!お前何言って…」

 次の瞬間、テレビの画面が消されたように一瞬のうちにサキは姿を消した。

「サキイイイイイイイ!!」

 俺の体はようやく動くようになった。

 俺は先程までサキが悶え苦しんていた場所に駆け寄った。

「サキ!サキ!どこへ言った!」

 そしてしばらく俺は泣き叫ぶかのようにサキの名前を呼んでいた。

「ヤマト君!もうサキはいないんです!サキは完全に除霊されました」

 俺は江口のところまで走って行き、その襟を両手で掴んだ。

「てめえにサキの何がわかる!なんでサキを消したんだ!」

 すると川島が、

「ヤマト君、やめるんだ!」

 などとぬかしやがるので、更に怒りに拍車がかかった。

「アンタ…そもそもアンタが諸悪の根源だろう?何が『やめるんだ』だ?白々しい!アンタはサキが消えてせいせいしただろう!」

「ヤマト君!お父さんをこれ以上責めないで!」

 綾瀬ちゃんが悲しそうな顔で俺を見つめる。

 俺は江口の襟首を離す。

「あ、綾瀬ちゃん…俺、今だからこそ言えるけど、俺は綾瀬ちゃんが好きだけど、でもサキのことはそれ以上に好きなんだ…気づいたら好きになっていた」

「ヤマト君、もういいのよ。ヤマト君は藤原サキ子さんっていう幽霊に洗脳されていただけなの」

「綾瀬ちゃん、それは違うよ…」

「ううん、違わない。ヤマト君も少しづつ洗脳が解けていくと思う」

「ヤマト君、綾瀬さんの言うとおりです。君は藤原サキ子さんに利用されていただけなんですよ」

 江口の発言に俺は反論する。

「違う!俺は洗脳などされていない。確かにアイツは俺を殺しかけた。でもそれは俺と一緒になりたかったからだ」

「さっきも言いましたけど、殺してまで手に入れようとする愛なんて愛と呼べないのではないのですか?自分の命と引き換えに相手の命を守ることこそが愛でしょう」

「アイツは二十五年近く孤独な世界を彷徨っていた。もはや俺なしでは生きれない状態になっていたんだ。かわいそうな奴なんだよ!」

「ヤマト君!サキはもう無事、あの世に行ったのです。成仏されたのです。もはやサキには苦しみも何もないのです。永遠の眠りに今度こそついたのです。サキは救われたんです!」

「サキは川島に殺されたんだ!その怨念はまだ完全には晴らしてないんだ!それにサキの骨は俺の家の床下深くに埋められている。こんな惨めな死があるか!納得行くわけがない」

 すると江口は怒り狂ったかのように大きな声で叫んだ。

「いい加減に目を覚ましたまえ!もう終わったんだよ!全てが終わったんだ!サキはもう充分に川島さんを脅した。そして満足した!そして成仏した。もう終わったんだ!」

 川島は無言で立っているだけだった。

 綾瀬ちゃんは車椅子に座りながら、不安そうな顔をしていたが、俺の目をしっかりと見て言った。

「ヤマト君、藤原サキ子さんのことはもう諦めてください、お願いです」

 俺は床にぺたりと座り込んだかと思うと体が自然に震えだした。

 涙がとめどなく溢れてくる。

 俺は泣いていた。

 声を出して泣いていた。

 そしてそんな無様な俺に

 誰一人話しかけるものはいなかった。


 もう十二月、街のあちこちからクリスマスソングが流れている。

 雪は時々わずかに降るくらいで、悪天候という日々はそうそうなかった。

 俺は川島家の和室で料亭カワシマの特製高級鍋料理ができるのを待っている。

 和室には俺の他に川島竜次、江口、綾瀬ちゃんがいる。

 綾瀬ちゃんは俺の隣に座っている。

テーブルをはさんで真向かいには俺の前に川島、綾瀬ちゃんの前に江口が座っている。

 目の前には刺身の盛り合わせ、食べきれないほどの寿司、その他たくさんの豪華メニューが並んでいて、ど真ん中にマンホールくらいの大きさの巨大な鍋が置かれていて、大きなカセットコンロの火で温められている。

 今日は綾瀬ちゃんの退院、及び、除霊後の打ち上げという名目で集まっていた。

 お互い辛いことがあっただろうから、これからはできるだけ分かち合いながら少しずつ和解していこうという川島なりの意図があるようである。

 もちろんそれは、川島にとってはそれなりの反省と懺悔も含めた意味だったことは間違いない。

 川島が過去を深く反省している姿は俺にも充分に伝わっていた。

 サキを殺した事実は決して許されることはないが、本人なりに苦悩しているのだろうと最近では俺自身多少は理解するようになっていた。

 あれ以降もサキのことを考えていた。

 サキが消えてから一ヶ月以上が経つ。

 サキへの想いは少しずつ消えていくだろうと思っていたが、そうそう簡単に忘れることはできなかった。

「恋心」なんだと改めて思う。

 

 でも、もう終わったんだ…。

 サキは無事成仏された。

 憎しみや復讐はキリがないのだ。

 サキにとってとうてい納得がいく結末ではないかもしれないが…。

 だけど、もう終わったんだ。

 それでもサキを思い出す。

できるだけ思い出さないようにしているのに…。

 人というのは難しく出来ているもので、思い出さないようにしようとすると返って思い出し、切なくなる。

 今日だって俺はこの場にはいるが、非常に場違いな気がしてならない。

 目の前の豪華料理を食べて、サキを忘れて元気出せ…なんだかそういった子供騙しをされているようにすら思える。

 綾瀬ちゃんは事あるごとに、

「ヤマト君はサキさんに洗脳され、利用されていたのよ」と言っているが、内心では俺がサキを好きだという事実を受け入れたくないだけではないかと思う。

 綾瀬ちゃんは、俺がサキを「好きになった」のではなく、「洗脳されただけ」と解釈することで、恋の戦いを勝利宣言に持っていきたいのだろう、と思われるのである。

 でも、誰がどう言っても、俺はサキが好きだったし、今もその想いは変わらない。

 川島が乾杯の音頭をとった。

「今日は料亭カワシマ自慢のメニューを用意した。お互い、懺悔と辛い戦いと命の危険にあった出来事から解放された。藤原サキ子さんの冥福を祈りつつ、もちろん私自身も深く深く心から懺悔しつつ、これからもお互い頑張っていけるように、盃をかわそうじゃないか」

 川島竜次はビール、俺と江口と綾瀬ちゃんはコーラを持つ。

「乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 なんなんだろうこの宴会は…?

 でも俺にはもはや反論や過去の川島の罪の内容をひけらかすエネルギーもなかった。

 料理は確かに美味しかった。

 サキを殺した奴が作った料理とはとても思えないほど美味しかった。

 鍋料理は出来上がるまでまだ時間がかかるようで、蓋がしてある。

 食事中江口が、今回のサキの除霊について改めて語りだした。

「この度は皆様本当によくぞ耐えました。藤原サキ子さんの地縛霊と初めてお会いしたとき、まず感じたのは並々ならぬ怨念とそれに捧げる執念のようなもの、そして霊として、人間を奈落に落とす才能、成長させると大変危険な状態になるというオーラでした。

 川島竜次さん、貴方は過去に罪を犯しました。法的には既に時効を迎えてはいるのでしょうが、当然幽霊にとっては時効はありませんので、怨念だけが残ります。

 サキは偶然自分が埋められた土地に建った家の少年、ヤマト君が霊感が強いことをいいことに彼に近づきました。

 そこでまずヤマトくんとできるだけ親しくなり、ヤマト君から自分への恐怖を取り除くために友人のように接したのでしょう。

 幸か不幸かヤマト君は綾瀬さんと偶然出会い、その父親で、犯人でもある川島竜次さんへと一気にたどり着きました。

 もちろんヤマト君はその事実を受け入れられませんでした。

そこでサキは、証拠として過去の殺害された様子を幻覚の映像で見せ、ヤマト君の同情心をも買ったのです。

しかしヤマト君はサキからの協力要請を嫌がったのでしょう、今度はヤマト君を「恐怖」で支配しようとしました。そして耐え切れずヤマト君が謝罪すると今度は再び友人のように人懐っこく接してきました。

サキはアメとムチの要領でヤマト君を上手に手懐けたのです。

いつしかヤマト君の心の中には「サキなしでは生きれない」といった支配と服従による歪んだ擬似恋愛状態が生まれました。

こうしてマインドコントロールを完成させたサキは川島竜次さんの精神の崩壊を狙いました。

霊感の弱い川島竜次さんにはサキの姿が見えないので、ヤマト君に手紙を書かせ、精神的に追い込ませようとしたのです。

ヤマト君が代筆したサキからの手紙に恐怖におののいた川島さんは、そこで初めて僕に除霊の依頼をしてきました。

そして最初の除霊の時、僕はいつになく緊張していました。

サキから非常に危険なオーラを感じていたからです。

この除霊に失敗したら、大惨事になると確信したのです。

僕はヤマト君がサキを助けようとすることを想定し、ヤマト君を金縛りに合わせ、サキの除霊を始めました。

サキは悶え苦しみ、除霊は成功するかに思えました。

しかしその時、予期せぬ事態が起こりました。

川島さんがヤマト君が動けないことをいいことにヤマトくんのお腹を蹴ったのです。

その衝撃でヤマト君への金縛りが外れました。

しかし僕はサキの除霊を途中でやめるわけにはいきません。

僕はヤマトくんがいきなり僕に突進してくるとまで警戒する余裕がなく、ヤマト君に除霊棒を渡してしまいます。

その後、ヤマト君がめちゃくちゃに棒を振りまくった影響で、サキは一度消えてしまったのです。

しかしサキは除霊されたわけではなかった。

霊界修行道場という霊の能力を高める霊界の暴力団組織のようなところに紛れ込んだのです。そしてサキは本来何十年もかかって取得するような技を数日でどんどんと身につけていきました。

僕が想像していた通り、彼女には幽霊としての能力を高める才能に満ち溢れていたのです。

そして取り憑きや金縛りなどの技を身につけた彼女は再び、我らの生活を脅かすことになったのです。

不幸中の幸いはサキが身につけた大技は『取り憑き』と『金縛り』だけだったということ。

 そして、霊界修行道場の最大の技、外国のホラー映画のように『形ある化物』として出現し、恐怖現象を引き起こし、誰にでも見えて、人間に直接触れることも可能になるという『悪霊化』現象を引き起こさなかったことです。

サキはその後川島さん、綾瀬さん、そしてヤマト君を命の危険にさらした。

でももう安心です。除霊は完全に成功しました。

ただ、『めでたしめでたし』にはしてほしくないのです。

 彼女のような恐ろしい幽霊を生み出したのは人間の欲望そのものだから。

 我々は反省し、二度と同じような霊が現れないように、二度とサキさんのような不幸な事件が起こらないように努めなければならないのです」

 

 江口の長い長い話が終わった。

 しかし俺はそれでもどこか腑に落ちなかった。

 話の筋はだいたい合ってはいたが、それはあくまでも江口視点での話であり、この話だって一種の洗脳的結論付けではないかと思ったのだ。

 サキが俺のことを好きだったのは嘘ではないと思うし、俺もサキに洗脳されていたとは思わない。

 これ自身がすでに洗脳されていると言う人もいるだろうが、やはりそうは思えない。

 『愛があれば年の差なんて関係ない!

 愛があれば時代なんて関係ない!

 愛があれば人間か幽霊かなんて関係ない!

 愛があればこの世もあの世も

関係なああああああああああああい!』


あの時の言葉が嘘とは思えない。


『ごめん、ヤマト…絶対に言わないまま成仏しようかなって思っていたんだけど…アタイ…あんたがどう思っているかはわからないけど…アタイ…アンタのことが好き…幽霊で悪かったな!でも好きなんよ!』


 絶対に嘘じゃない!


 宴会にはいつしか多少なりの笑い声も混ざっていた。

 今まで寡黙だった江口も多少の笑みを見せるようになり、綾瀬ちゃんはこの宴会の意味さえ忘れたかのように、テレビのお笑いタレントの話に夢中になり始めていた。

 川島は藤原サキ子から完全に解放されたせいか、かなり酒を飲んでいて、しまいには「ここでカラオケをやろう」などと言い出していた。

 かなりの上機嫌の中、俺だけが腑に落ちなかった。

 無理に納得させられている気がしてならないのだ。

 サキは無念だと思う。

 でも成仏されたのか…。

 やはり怨念などキリがないから水に流すべきなのだろうか?

 これで一件落着なのだろうか…?


「よし、だいぶ時間をかけたけど、ようやく料亭カワシマのスペシャルメニュー、『大日本海竜宮鍋』が完成だ!日本海の幸がちゃんこ鍋のように北から南まで詰まっている。さあ召し上がれ!」

 川島が誇らしげに巨大な鍋の蓋を取る。

 黙々と大量の湯気が上がる。

 そして自慢のスープの香りが鼻に…。


「「「「うううううっ…おええええっ…!」」」」

 

 その場にいる誰もが腐敗した汚物のような硫黄が腐ったような臭いに吐き気を催し、口に手を当てる。

 湯気が少し消え、中を見ると血の海のような色をしたスープが地獄の釜茹でのようにブクブクと異常に沸騰している。

「な、なんだこれは!」

 川島が箸で鍋の具を一つ掴んで上げると。


 生きた巨大なムカデが不気味にうごめいていた。

「ぎゃあああああああああああ!」

 大声を上げたのは普段落ち着いているはずの江口であった。

 鍋から全員一斉に遠のくが、中からはおびただしい数の蛇、大ムカデ、大ゲジゲジ、カエル、ゴキブリ、巨大な蜘蛛、巨大な芋虫などが出てきた。

 その場にいる全員が恐怖におののいていた。

 逃げようと障子を開けようとするも、障子が開かない。

 障子に穴を開けようとしても、鉄の板のようにビクともしない。


 やがて不気味なゲテモノの集団はワサワサと壁の隅の一箇所に集まり、どんどんとマネキンのような形になったかと思うと、炎に包まれた。


 そしてその炎はやがて一人の女子高生へと姿を変えた。

 その姿を見て、みんな言葉を失った…。




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