永遠の愛
「なにはともあれヤマト!」
「何だ?」
「アンタの答えが聞きたい。アンタはやっぱり綾瀬ちゃんが好きなの?それとも…」
そう言うと腕を組んで横目で俺を見るサキ。
俺は綾瀬ちゃんも好きだし、サキのことも好きだった。
でも、どちらかを選択しろと言われたら…。
うん、やっぱりそうだ。
俺の答えに間違いはないと確信した。
不安げな様子で俺をチラチラと横見し、そわそわしているサキに俺ははっきりと告げた。
「俺はサキが好きだ!」
「!」
サキは両手をグーにしながら口元を隠した。
昔のアイドルがやりそうな「ぶりっ子」ポーズであった。
サキは体を震わせながら目を見開いている。
やがてその目からはボロボロと涙がこぼれ落ちた。
「本当に…?マジで…?マジで幽霊のアタイを選んだの?」
「マジでだ。信じられないか?」
「信じられるわけないじゃん!だってアタイ、ユーレイだよ?お化けだよ?死んでるんだよ?触ることすらできないんだよ?」
俺は震えながら立っているサキに落ち着いた口調で説明し始める。
「確かに俺は綾瀬ちゃんが好きだったし、もちろん今だって好きだ。でも…サキといる時間が増えれば増えるほど、サキを助けたいっていう気持ちが高くなっていった。サキと今まで過ごしてきた日々は戦いと葛藤の日々だった、綾瀬ちゃんの父親がサキを殺した犯人だと知って本当にショックだったし、かといい除霊師の江口を呼んでまでサキを消し去ろうとする川島は許せなかった。俺の馬鹿な棒振りでサキが二週間以上も姿を消していたときは、俺がいかにサキのことを愛おしく感じているかを実感した。綾瀬ちゃんと会話していても、サキのことが気になり、頭から離れなかった。自分でも綾瀬ちゃんには申し訳ないと思ったほどだ。いつでも横にうようよと浮いていて、ウザったいはずのサキ、でもいざ消えてしまったらこんなにも俺の心の中にサキがいたのかと気づかされた。幽霊でもなんでもよかった。サキであればなんでもよかった。お前の猫のようないたずらっぽい目も、つり上がった眉も、時代遅れのスケバンみたいな長く中途半端な茶髪も、色白の肌も、野崎豊を熱っぽく語る時のかすれた声も、照れるとすぐに赤くなって怒るところも、みんなみんな好きなんだ。サキと離れたくない。サキがあの世に行ってしまうのなんて悲しすぎる…抱きしめることができないことが苦しすぎる…でもどこにも行かせたくないんだ!俺は…お前が好きだ」
「ヤマト…」
サキは笑顔になりつつも、涙が止まらない。
そして俺の目からも涙がこぼれ落ちる。
でも、俺はサキに触れることはできない。
こんなに近くにいるのに、
こんなに愛おしいのに、
サキとキスもできない。
抱きしめることもできない。
触れることもできない。
でも好きだという気持ちは綾瀬ちゃんのそれ以上に強くなっていた。
それはサキが急にいなくなった二週間に思い知らされた。
「サキ、こんなに好きなのにお前に触れることもできない。それが本当に辛いんだ。どうすることもできない。一緒にテレビを見ることができても、肩が触れ合うことなどない。一緒に食事を食べたくても、お前は食べることすらもできない。誰かに取り憑かないかぎりできない。好きな人に触れることができるってなんてありがたいことなんだろうな。でもどんなに俺がサキのことが好きでも、どんなにサキが俺のことが好きでも、お互い触れることができない、何もできない。悔しい。悔しいよ…」
するとサキは急に微笑んだ。
「サ、サキ…」
その微笑みはまるでマリア様のような、天使のような、モナリザのような、どう表現しても表現しきれないほどの美しさを解き放っていた。
それだけではなかった。
サキの体が紫色と金色と桃色のベールで包まれ、それは羽衣のようにサキに絡みついた。
あたり一面には菜の花が咲き出した。
サキはその菜の花にできた道を歩き出した。
一体何が起こっているんだ?
「こっちに来て」
サキの瞳は艶かしく、それはまるで誘惑するかのような眼差しだった。
何やら甘い香りがする。
その香りはその辺の派手な女がつけていそうな香水の匂いとは比べ物にならないくらい心を陶酔させる匂いだった。
「サキ…」
俺はサキの後ろについていく。
すると目の前には赤い鳥居が現れた。
サキはその鳥居をくぐったかと思うと振り返り、俺を手招きする。
「こっちに来て、ヤマト…」
俺は鳥居のそばまでやってきた。
やってきたというよりも得体の知れない心地よさに吸い込まれていったという状態であった。
するとサキはセーラー服のリボンを外し、
地面に捨てた。
リボンは跡形もなく消えた。
次にセーラー服を脱ぎ、薄いピンクのTシャツ一枚になった。
セーラー服も地面に捨てたら、すぐに消えた。
「サ、サキ、何やってんだ!」
サキは頬を赤く染め、今までにないほど艶かしい声で囁いた。
「ヤマト…恥ずかしいけど…アタイのこともっと知りたいでしょ?」
「お前、いくらなんでも順番として早すぎるだろ?」
「アタイとヤマトが触れ合えるたったひとつの方法があるよ…」
「えっ?」
「アタイの世界にヤマトが来ればいいんだよ」
「世界…?」
「そう、アタイの住んでいる世界に来れば、アタイとヤマトは触れ合うこともできる。永遠に愛し合うことができる…」
サキは一体何を言っているんだ?
「この鳥居をアンタが潜れば、アンタはもうアタイのもの…アタイもアンタのもの…」
サキの世界に行くって言うことは、どういうことだ?
ものすごく簡単なことを言われている気がするのだが、甘い匂いで脳の感覚が麻痺しているかのように思いつかない。
鳥居の先でセーラー服を脱ぎながら色っぽい瞳をしているサキがたまらなく愛おしく、今すぐにでも抱きしめたいが、どういうわけかもうひとりの俺がブレーキをかける。
「まだためらっているの?もういくじなし!」
そう言うとサキはピンクのTシャツを脱いだ。
サキの上半身には白くて少し地味なブラジャーだけが身につけられていた。
サキが胸元を両手で覆い、染まった頬を更に赤くする。
なんて綺麗なんだろう、もっと見てみたい。
しかし、何かが俺を引き止める。
この鳥居をくぐることがなぜいけないというのか?
俺はサキが好きだ。
サキも俺が好きだ。
肌と肌を触れ合い、一緒になるにはこの鳥居をくぐらないといけない。
サキの住む世界へといかないといけない。
甘い香りがさらに俺の脳を刺激する。
「ヤマト、アタイだって女の子だよ、こんなことするのは恥ずかしいんだよ、でもヤマトになら…アタイの全てを知ってほしいから…」
さらにサキはスカートに手を伸ばした。
スカートはあっけなく地面に落とされ、そしてまた消えた。
目の前には下着だけを身につけたサキの姿があった。
白いパンツを恥ずかしそうに隠そうとするサキ。
思った以上に華奢な体は気をつけて抱きしめないと壊れそうにすら感じた。
俺の理性は完全に失われた。
「サキ…!」
俺は鳥居を潜ろうとした。
サキが右手を伸ばした。
その手を俺が掴む。
俺はサキの冷たい手に確かに触れることができた。
俺はサキを鳥居の向こうから、今俺がいる入口に引き寄せようとした。すると、サキは引き寄せられたが、その瞬間、掴んでいたはずのサキの右手が再び俺の手をすり抜けて、触れなくなった。
「ヤマト、鳥居を潜らないとしっかりアタイには触れることができないの…」
「サキ…」
「アタイを触って…アタイにキスして…アタイを抱いて…」
もう誘惑に勝つのは無理だった。
先程まで俺を引き止めていた得体の知れない抵抗感は一気に消え失せ、俺は鳥居を潜った。
「サキ!」
「ヤマト!」
俺も恐らくサキも今まで感じたことのない最高潮の悦びと興奮で心臓が爆発しそうな感覚を覚えた。
そして俺がサキを抱きしめよううとしたその瞬間、サキの体がすり抜けた。
そして「ぎゃあああああああああああ!」とサキが猛獣のような声を上げたかと思うと、地面を這いつくばって悶え苦しみ始めた。
振り返るとそこには先程まであった菜の花ロードはなく、屋上のコンクリートが広がっていた。
そして屋上の出入り口付近には両手をかざした江口、そして腕を組んでいる川島、車椅子に乗った綾瀬ちゃんがいた。
「おのれええええ、江口いいいいい…またアタイの邪魔をしやがってええええ!」
その声は地獄の底でうごめいている悪霊のような恐ろしい声で、先ほど妖艶で甘い声を出していたサキの同じ口から発せられているとはとても思えない。
「ヤマト君!もうこれ以上この地縛霊と関わってはいけない!あまりにも危険すぎる!」
俺は怒りをこらえきれずに叫んだ。
「江口!それに川島…ようやく腹を割って話せるようになってきた矢先にいきなり不意打ちするなんてあまりにもひどいじゃないか!」
「ヤマト君、君が今どういう状況にあるかわかっているのか…?いいか落ち着いて、一度深呼吸をしてから足元を見たまえ!見たあとに決して騒いではいけないよ!」
俺は自分の足元をみる。
そこは屋上のフェンスの上だった。
この病院の屋上のフェンスは金網ではなくコンクリートの壁で覆われていた。
フェンスの高さは五十センチ程で異常に低い。
足元は体育館の平均台に立っているのと同じくらいの広さしかない。
そこから少しでも足を踏み外すとあの世行きである。
俺は顔面蒼白になった。
腰が抜けたように屋上内部へと着地する俺。
膝がガクガクと震えている。
「これでわかっただろう?ヤマト君、サキは君を手に入れるために、君を殺そうとしたんだ。サキは川島竜次さんだけでなく、その娘、綾瀬さん、そして君すらも命の危険にさらしたんだ!今度こそ除霊しないと非常に危険だ!」
「ヤ、ヤマト…アタイ…アンタと一緒になりたい…ただ…それだけ…アンタを愛している…」
「サキ…」
俺はサキに殺されかけた。
間違いなく殺されかけた。
屋上から転落しそうになった恐怖はまだ俺の脳内を支配していたが、同じくらいにサキと一緒になりたいという思いも俺を支配していた。
サキを責める気にはなれなかった。
「ヤマト君、殺してまで一緒になろうとする行為は愛のある行為だと思うのかい?」
川島と綾瀬ちゃんは無言で様子を見守っている。
「サキ、大丈夫か…?」
「ヤ、ヤマト…」
すると江口は再び両手を振りかざした。
「ヤマト君、君は完全に洗脳されている!サキ!これで最後だ!あの世で安らかに眠るがいい!」
江口の手先から赤い糸状の物が飛び出て、サキの体にどんどんと絡みつき、まるで赤い蚕にでもなったかのようにサキの体の動きを封じ込めた。
川島と綾瀬ちゃんにはこの戦いの様子が何も見えてはいないはずである。
二人共無言のままやや不安そうにしているだけであった。
「江口いいいいい!」
やはり俺の体はすでに動かなかった。
江口が金縛りをかけたのである。
「今度の除霊は成功する、ヤマト君、川島さん、綾瀬さん…もうこれで全てが終わります。恐ろしい幽霊との戦いはこれで終わるのです」
サキの轟音にも近い唸り声が屋上に響き渡る。
俺は何一つサキにしてやれることはない。
サキ…!
サキ…!
サキ…!
サキの声はどんどんと弱まっていった…。




