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アタイはアンタが好き

綾瀬ちゃんは深く鼻でため息を吐き出しうつむきながら言った。

「ヤマト君は?」

「えっ?」

「ヤマト君はどっちが好きなの?…なんて言うまでもないわよね」

 そう言うと綾瀬ちゃんは上目使いで俺のことを覗き込む。

「い、いやあ…その…」

 十秒以上経過しても何も喋らない俺に対し、綾瀬ちゃんの表情がみるみるうちにこわばっていった。

 目を丸くし、呼吸が荒い。

「…っていうかヤマト君…もしかして迷っているの?人間と幽霊に告白されて迷っているの…?普通人間を選ぶよね?」

 俺は綾瀬ちゃんのいつもとは違った威圧感に怖ささえ感じていた。

「い、いや、その、俺、女の子に告白、しかも二人同時にされたのなんて初めての経験だからどうしていいのか…?」

 実はそんな理由で迷っているのではなかった。

 本当に身勝手なことをいうと二人共好きだった。

 選べなかった。

 でもどちらかを選べと言われたら…。

「ヤマト君…アタシたち、今までお互いにこんなこと言い合ったりしたことがないけど…アタシたちって…ずーっと『付き合っていた』んだよね?友人としてじゃなく、恋人同士として…」

 俺は何も答えることができない。

 そもそも場所が悪い。

 やじうまがウザイ。

 同室の人たちがウザイ。

 などと人のせいにして逃げたくなってくる。

 俺が綾瀬ちゃんのことをこの世で一番好きなのは確かだ。

 でも、それはこの世で一番好きだというだけに過ぎない。

 今目の前で選べと言われているのは「この世」だけでなく「あの世(正確に言うとこの世とあの世の中間地点)」の人たちも含めて一番好きなのは二人のうちのどちらかという何とも厄介な話である。

 すると看護師サキが、


「愛があれば年の差なんて関係ない!

 愛があれば時代なんて関係ない!

 愛があれば人間か幽霊かなんて関係ない!

 愛があればこの世もあの世も

関係なああああああああああああい!」


 そう叫んだかと思うといきなり俺の手を掴み、病室から引っ張り出してそのまま俺を引きずるように走り出した。

「おおおおおい!何やってんだよお前は!」

 看護師サキは俺の手を引きながら、車椅子患者、点滴しながら歩く患者、フラフラしている高齢者などの隙間を素早く通り抜け、階段をどんどん上がっていったかと思うと、とうとう屋上の扉らしきものを開けた。

 目の前に紅葉目前の山々が飛び込んでくる。

 屋上には誰もいない。

 看護師サキは大きく背伸びをする。

「ああー気持ちいいなあ、山がきれいだなあ、天気もいいなあ」

「ちょっと待てえ!」

 俺は看護師サキとは裏腹にぜえぜえと息切れしながらこのわけのわからない行動を問いただす。

「一体どういうつもりだ!なんでいきなりこんなところに連れてきた?」

 すると看護師サキはいきなり俺に抱きついてきた。

 アルコール消毒とオレンジが混ざったような不思議な匂いがする。

 俺が異性に抱きしめられたのは自慢じゃないがこれが初めてだ。

 サキは今、自分自身が抱きしめていると勘違いしているみたいだが、今俺を抱きしめているのは俺にとって全く面識の無い若い看護師だ。

「ようやく二人きりになれたな。アタイはもうアンタのこと離さないから!」

「おい、サキ…やめろ…離せ…!」

「照れなくてもいいじゃない、ハアハア、アタイ、一見おしとやかそうに見えるかもしれないけど、人を好きになると誰よりも衝動的になるの!」

「何ハアハア言ってるんだ!痴女か!誰がおしとやかに見えるか!とにかく離れろ!」

「ヤマト、初めてなのか?キスもしたことがないのか?」

「ねえよ!悪いか!」

「恥ずかしがるな!アタイ昭和の女子高生にしてはかなりませていたんだよ…大丈夫よ、誰も来ないわ」

「それ、男が言うセリフだろ!」

「女の子だって一ヶ月の周期の中で性欲が高まる時期があるのよ!」

「サ、サキ…気持ちはとても嬉しいが、俺は今現在、全く面識の無い若い看護師さんに抱きしめられているんだぞ…」

 すると看護師サキは、ハッとなり、次の瞬間、口元を震わせたかと思うと、

「ヤマトの女たらしいいいいい!もっと早く言ってよおおお!」

 いきなり看護師サキの痛恨のビンタが俺の右頬に飛んできた。

 俺はよろめき、尻もちをついた。

「お前は馬鹿か!とりあえずその看護師さんの中から出てこい!」

 すると、サキは転げ落ちるように看護師から出てきた。

 息切れをしている。

 どうやら取り憑く時間が三十分をオーバーしたらしい。

 その後、我に返った看護師のお姉さんは、大きく口を開いたまま、地面にしゃがみこみ、震えだしたかと思うと、

「やっと自由になれたああああ…よかったあああ…って言うか何だったのよおお!もうわけわかんない!お嫁に行けなあああい!」

 そう叫んだかと思うと、いきなり俺の左頬に痛恨のビンタをあびせ、走り去ってしまった。

 

「…っというわけで、アタイはアンタが好きよ!」

「お前、馬鹿だろ!」

「手荒なマネをしてごめん」

 サキは急にテンションが下がったかのように、風船がしぼんだかのような顔になった。

「ヤマト…アタイ…人に取り憑いている時しか、人に触れることができないから…取り憑いているうちにいつの間にか、その体が自分の体だと勘違いしてしまうことがあるんだ。もちろん川島の場合は別だけど」

「まあ、気持ちはわからんでもないが…」

 


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