女の戦い
綾瀬ちゃんからの想定外の絶叫告白に俺もサキも言葉を失っていたが、しばらくして綾瀬ちゃんは言葉を続けた。
「サキさん、お父さんの犯した罪は確かに重いわ。でもサキさんはアタシがあの事件とは直接関係がないと思ったから、だからアタシを死の淵から助けてくれたんでしょう?なのにどうして今度はアタシとヤマト君との仲を引き裂こうとするの?だってあの事件とアタシは関係がないんでしょう?」
綾瀬ちゃんは先程までの低姿勢はどこへやら、どんどんと攻撃的になっていく。
俺への告白が一気に自らの心に火をつけたらしい。
目を丸くしている看護師に続けて言い放つ。
「それなのに今度は『不愉快な血筋が近寄ることを好まない』なんて…しかも一度撤回したはずのお父さんの処刑を再びほのめかして脅すなんて…」
「撤回なんて言っていない、一旦保留にすると言ったのだ!」
サキは反論するが、綾瀬ちゃんも負けていない。
「お父さんのことは本当に悪かったと思っているし、アタシがあの人の実の娘であることは間違いないわ。でもだからと言って、事件に関係のないアタシとヤマト君が必要以上に仲良くすることをそこまで拒絶する理由が今ひとつわからないわ!だってヤマト君は別にサキさんの家族でもなんでもないし、恩人って言っても、ヤマト君だっていきなり現れた幽霊に怯えながら、恩人にならざるを得ない状況に追いやられただけでしょう?」
看護師は言葉に詰まっていた。
「ねえ、サキさん、アタシいまいちピンと来ないの。アタシの命を救ってくれたあなたがどうしてアタシとヤマト君が仲良くするという些細なことにそこまで拒絶感を露わにするの?大体サキさんとヤマト君なんて元々は全く無関係じゃない。生まれた時代だって違う。携帯もパソコンもメールもツイッターも知らない永遠の十七歳にして、永遠の時代遅れのアナタがアタシとヤマト君の関係をとやかく言うのは小姑くさいというか、おせっかいなオバさんくさいとしか思えないわ」
綾瀬ちゃんは今まで見たことがないくらい言動が刺々しく、そこにはサキに対する個人的な嫌悪感すらも感じられた。
綾瀬ちゃんは今や、恋のために戦う女と化していた。
俺は情けないことに何も言葉が出てこない。
ふと見て気づいたが看護師は目に涙を溜めながら歯ぎしりしていた。
左拳を握り締めている看護師はやがて叫んだ。
「ひ、ひどい!綾瀬ちゃん!そんな風に言わなくてもいいじゃない!小姑とかオバさんくさいって何よ!永遠の時代遅れって何よ!めーる?ついったー?知らないわよそんなの!悪かったわねえ!アンタの父親に殺されて二十五年間も地縛霊してたらわかるわけないでしょう?」
「今はお父さんのことは関係ないでしょ!アタシとヤマト君についての話をしているのよ!まあ二十五年間も同じところを蠢いていると性格も偏屈になるのは無理ないわね…あーあ、可愛そう…」
綾瀬ちゃんってこんなに冷酷な一面持っていたのか…?
なんかだんだんサキの方が可愛そうになってきた。
気づくと、なんと看護師は泣いていた。
とても悔しそうに泣いていた。
しかしその様子を見ても綾瀬ちゃんはねぎらいの言葉ひとつ口にせずに鼻で笑っている。
女って怖いなって感じた。
そして看護師は唇を噛み締めながらこう叫んだ。
「お、お前なんかにヤマトを渡すもんかあああああああああああああ!」
頭の中が真っ白になった。
綾瀬ちゃんはため息を付き、
「要するにアナタはそれが言いたかったのね。かわいそうな地縛霊さん」
綾瀬ちゃんは半笑いを浮かべている。
その表情からは余裕すらも感じられる。
この立場の逆転は一体なんなんだ?
「そ、そうよ!綾瀬ちゃんの言うとおりよ!アタイは殺されてから十七歳のまんま、延々と二十五年間同じ空間を彷徨い、アンタの父親を殺すことだけを考えてきた。そりゃ性格が偏屈になるのも当然よ…。誰一人アタイの存在に気づいてくれる人もいなく、霊感の強い人間にも全く出会わないまま…。アタイは永遠の孤独が続くのではないかと恐怖と不安に満ちていた。でもようやく霊感の強い人間にアタイの存在を見てもらえたんだ!それがヤマトだった。あの時の嬉しさと言ったらない。その後はヤマトとずっと行動していた。一日の半分はヤマトと会話していた。アタイの怨念を嫌がらずに聞いてくれた。話し相手になってくれた。二十五年ぶりに野崎豊談義もできた。アタイにとってヤマトは命綱のような存在からいつの間にか、それ以上に大切な存在になっていた」
サキ、お前何を言うつもりだ!まさか…。
「アタイ…アタイ…」
サキ…落ち着け…
「アタイだってあんたのような普通の女子高生だったんだよ!夢もあったし、恋もあったし、未来に対する希望に満ち溢れていたんだよ!そして今だって、時代は違うかもしれないけど、今だって女子高生なんだよ!」
看護師は泣きながら綾瀬ちゃんを睨んでいる。
ちなみに周囲は同室の三人のおばあちゃんの他に、廊下にやじうまが五人ほどいる。
いずれも高齢者だ。
「アタイだって、好きで地縛霊になったんじゃない。アタイだって、女の子だ。恋くらいしたっていいじゃないか…!幽霊が、幽霊が…あの世の人間がこの世の人間を好きになっちゃいけないのか!」
「サキ!それって…お前…」
真っ赤な泣き顔の看護師は、鼻をすすりながら言った。
「ごめん、ヤマト…絶対に言わないまま成仏しようかなって思っていたんだけど…アタイ…あんたがどう思っているかはわからないけど…アタイ…アンタのことが好き…幽霊で悪かったな!でも好きなんよ!」
俺は死んだ魚のように口を半開きにしたまま固まってしまった。
綾瀬ちゃんは目を丸くしていたものの、多少想定していたかのように落ち着いていた。




