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サキと綾瀬

三日後、綾瀬ちゃんが目を覚ましたという情報は川島からメールで届いた。

 綾瀬ちゃんが目を覚ましてから、いやそれ以前にあの手術成功後から、敵同士だったはずの俺と川島そして江口の間には大きな変化があった。

 お互いに腹を割って話をするようになったのである。

 その変化の背景には、綾瀬ちゃんの事故もそうだが、あれだけ邪念に燃えていたはずのサキが川島に謝ったという出来事があるのは間違いない。

 サキは川島だけでなく、その唯一の家族である綾瀬をも危険な目に合わせてしまったということで自分自身が単なる悪霊になっていたことに自己嫌悪を感じたらしい。

 あの後サキは俺にこう言っていた。

「アタイは殺されてからというもの、川島竜次を見つけ出して、必ず地獄の恐怖を味わわせて殺してやるというのが唯一の夢になっていて、それがアタイの全てになっていた。

寝ても覚めてもそればかりで、…まあ幽霊は寝ないのだが、それが生きがい…もとい、死にがいになっていた。

確かに怨念を果たした後はどうするのかといったことも何度か頭には浮かんだんだけれど、結果としては復讐後のことなど考える気にもならなかった。

でもいざ、川島を本当に確実に殺せるという状態、つまりあの線路にて夢が実現しそうな状態になりつつあった時、再度『川島を殺した後お前はどうするのだ?』といった疑問が湧いてきたの。

川島が電車に轢かれて死ぬ光景はゾクゾクするほど楽しみだったけれど、同時に『これで終わってしまうのか』っていう妙な虚しさも感じていた。

だって川島を殺したところでアタイは成仏できるわけじゃないらしいし。

かと言って、江口に除霊されて成仏したくもなかった。

なんていうんだろう?人間に例えると、大学に合格して大喜びした後に目標を失ってしまって、虚しくなって、かといい大学をやめることもできない…みたいな気持ちかしら?

どうしてかしら?アタイはまだあの世へは行きたくない。

だから怖かったの。

川島を殺したかったけど、同時にあいつを殺してしまったらアタイはそれからどうすればいいのか?

目的を失うのが怖かった。

でも同時に、いつまでも恨みつらみばかりをネタにする日々から解放されたかった。

アタイは十七歳で人生がストップしている。

これからは少しでも前向きに、明るい地縛霊になろうかな…なんて考えたりもしていたの。

川島を殺した後は明るくてピチピチした地縛霊として、毎日を贈ろうかなって思っていた。

でもまさか綾瀬ちゃんをあんな事故に巻き込ませてしまうとは…。

綾瀬ちゃんは一度死んだんだ。

確かに一度死んだ。

アタイは死ぬほど焦った。

だって綾瀬ちゃんはヤマトとかなりステディーな関係でしょ?

アタイはヤマトに本気で恨まれることが怖かった。

アタイは犯人以外の人間を殺してしまうつもりは全くなかったのでどんなことをしてでも絶対に綾瀬ちゃんを生き返らせないといけないと思った。

アタイの全エネルギーを使って綾瀬ちゃんを元の世界に戻す事ができたけれどあれは未だに奇跡だと思っている。

アタイはその時にはっきりと目を覚ましたのかもしれない。

もう、川島のことは十分に怖がらせた。

一人だけの愛娘に元殺人犯である過去も知られた。

もちろんアタイがばらしたんだけど。

処刑の計画は一旦保留にしようかなって思うようになった。

だからアタイはアイツに綾瀬ちゃんの件については謝ることができたのかもしれない。

もちろんアイツのことは今でも大嫌いだ。

でも…綾瀬ちゃんがあの時に事故にあわなければ、アタイは川島を殺した後、また別の怨念を晴らしていたのではって思う。

要は殺すことだけが唯一の楽しみと目標になってしまうというわけ。

当時川島と一緒に強姦し、死体を一緒に埋めた残りの二人の男を探すようにヤマトにお願いしていたかもしれない、っていうか間違いなくそうなっていただろうね。

もうこれって典型的なホラー映画のパターンじゃんか…って思って。

嫌だな、アタイってそれだけの存在って思うようになった。

言っとくけど、別にアタイは川島もその仲間も許すっていうわけじゃない。ただ、恨みを果たすことを目的にした日々に虚しさを感じるようになっただけ。

かといってアタイは復讐から完全に身を引くわけじゃないわ。

復讐方法を改めてやるって言っているの。

殺してしまってはもうアタイが地縛霊をしている意味がなくなりそうだから、これからは小刻みにいじめまくってやろうと思っているの。

大事な仕事の時に取り憑いて失敗させてやったりとかね。

それにアイツ金持ちだから、これからいくらでも利用価値は充分にあるしね」

これはこれで恐ろしいことだと思ったが、川島もまだまだ罰を受ける必要があるので丁度いいかもしれないなと思った。


 綾瀬ちゃんの病室はナースステーションの真向かいにあった。

 昼食後の下膳のワゴンが目の前を通り過ぎた。

 部屋を覗くと綾瀬ちゃんは頭にぐるぐると包帯を巻かれ、眼帯をしていた。

 右足も包帯がぐるぐる巻かれ吊るされ固定されている。

 スマホをいじっていてこちらが入室したことに気づいていない。

「や、やあ」

 俺の顔を見るとハッと驚きつつも、すぐに笑顔になってくれた。

「ヤ、ヤマト君…」

 スマホをベッドの脇において、泣きそうな瞳を見せる彼女は子猫のように可愛らしかった。

 しかしその後二人共何を話せばいいかわからない状態となり、一瞬無言になってしまった。

 咳払いをして、俺から話しかける。

「た、大変だったな…もう大丈夫なのか?」

「う、うん。でも正直生きているのが不思議なくらい…。足を骨折しているからまだ車椅子生活だけどね」

「そうか…」

「電車にひかれた時は一瞬だったからほとんど記憶がないけどね。あ、ここに座って」

 脇に置いてある丸椅子に俺は腰掛けた。

 ちなみにサキは自宅で待機している。

ついてくるかと聞くと、「二人きりにさせてやるよ」と言っていたが、その割にはどこかふてくされたような言い回しだった。

「ヤマト君…」

「何?」

「ごめんなさい…」

「何が?」

「アタシ、ヤマト君の話を全然信じないで、精神科に行けとか行ったりして…」

「あ、ああ、ハハハ…」

「全部本当のことだったんだね…。お父さんが藤原サキ子さんっていう当時十七歳の女子高生を強姦して殺して、後々ヤマトくんの家が建てられた土地に生き埋めして、その後、幽霊のサキ子さんが、ヤマトくんの前に現れて、お父さんに代理で手紙を書いて欲しいって頼んだ…全て本当のことだったんだね。アタシ自身がサキ子さんに取り憑かれたからこそ身をもって理解した。それだけじゃない、アタシ、聞いたの。戻れっていう声を…必死で戻れって言っている女の人の声を…きっとサキさんだったんじゃないかしら…」

 向かいの患者がゲホゲホと咳払いをした。

 この部屋は四人部屋だったが、綾瀬ちゃん以外の三人はかなりの高齢者であった。

 俺は小声で言った。

「サキの姿は見たのか?」

「見てないわ。いや戻れって言われた時になんかぼやっと見えたのかもしれないけど、ほとんど記憶がないの。今まで一度も見たことないって言ったほうが正しいかもね」

「そうか…」

「アタシ、サキさんにお礼を言いたい、サキさんがいなかったらアタシあのまま電車で死んでいた気がする」

「でもあの事件を引き起こしたのはサキだっぜ、実際本人はかなり反省している」

「ううん、うちのお父さんが全て悪いの。サキさんに謝りたい」

「どうして綾瀬ちゃんが謝るの?綾瀬ちゃんがサキを殺したわけじゃない」

「でも…」

 綾瀬ちゃんの瞳から一粒の涙が流れたかと思うと、次の瞬間には滝のように目から溢れ出した。

「お父さんが…お父さんが…人殺しだったなんて…!」

「綾瀬ちゃん、声デカいよ!」

 やがて号泣し始めた綾瀬ちゃんを俺は自然に抱きしめていた。

 向かいの恐らく九十位なる婆さんが「おうおう、いいねえ若いって」と呟く。

 しばらくして泣き止んだ綾瀬ちゃんは俺の瞳を真っ直ぐに見つめて言った。

「お父さんは今から自首するべきなの?」

「もう時効が成立しているし…」

 するとそこに若い看護師が入ってきた。

 肩までの黒髪に色白の顔、日本人形の様でおしとやかな雰囲気をしている。

 と、思いきや、その看護師はいきなりハイテンションで語り始めた。

「楽しいいい!アタイ看護婦になるのが夢だったからさああ!ヤマト!どうだ似合うか?」

 得意げに両手を組んで仁王立ちする看護師。

「なっ!お、お前!」

 するとその看護師はいきなりナースシューズのまま、綾瀬ちゃんのベッドに片足を乗っけて、その上に片腕を乗せた。

 パンツが見えそうなポーズに目のやり場に困る俺。

「綾瀬ちゃん?アタイが誰か知っているかい?そうだよ、アンタのオヤジに殺されたサキだよ」

 サキは真っ青になり、震えだす。

「やっぱりお前か!今すぐこの看護師さんの体から出て行け!」

 サキは俺の言葉を無視して話を続ける。

「アタイはもうアンタの父親の命を奪うことは一旦やめた。これはアンタを危険な目に合わせてしまったアタイなりのせめてもの償いだ。だけどな、アンタの父親にはこれから奴隷のように働いてもらうつもりさ。小刻みにいじめてやるんだ。殺されないだけありがたいと思いな」

 そういい邪悪に笑い出す若き看護師。

「あ、あの…」

「なんだ、文句あるのか?」

「父のやったことは人間として許されないと思います。娘として本当に申し訳なく思っています。本当に本当に申し訳ありませんでした」

綾瀬ちゃんは見ているだけで痛々しい体のまま可能な限り頭を下げた。

「父の命を奪うようなことは本当に今後しないのですね…?」

 ベッドにどっかりと座った看護師はため息をつき言った。

「とりあえずは保留にしてやるって言っているんだ、そのかわりこれからいろいろいじめてやるけどな」

 綾瀬ちゃんは複雑そうなため息を付く。

「あ、あの、アタシができることがあったら言ってください。アタシのできる範囲でならなんでもします」

 すると若き看護師はにやりと笑い、

「そうか、じゃあ早速一つお願いがある」

「な、なんでしょう?」


「アタイが成仏するまではヤマトと必要以上に仲良くするのはやめろ」


 いきなり何言ってるんだ!この馬鹿?

「アンタに罪はない。でもアタイを殺した犯人の娘がヤマトと必要以上に仲良くしているのを見るのはどうにもこうにも不愉快極まりないということよ。ヤマトはアタイの恩人だ。恩人に不愉快な血筋が必要以上に近寄るのをアタイは好まない」

 すると綾瀬ちゃんはわずかではあるが初めて不快そうな表情を顕にした。

「あの…アタシがヤマト君と仲良くしていちゃ悪いんですか…?」

「友人として仲良くするのは構わない。ただ必要以上に…仲良くしないで欲しい」

 再び仁王立ちになり腕を組んでいる看護師は心なしか少し顔が赤い。

「お言葉ですが、アタシにとってヤマトくんは大切な存在です。野崎豊の話題もできる唯一の存在です、だから…そ、そんなこと言われても…」

「野崎の話ならアタイの方が詳しい。なんてったってリアルタイムの女子高生だからな。それにアンタは野崎をネタにしないとヤマトとの会話が成立しないの?」

 綾瀬ちゃんの表情がみるみるうちに曇っていく。見ようによっては怒っているようにも見える。

「そ、そんなこと!い、今までだって何度もうちに遊びに来ているし、デ、デートだってたくさんしたし、そ、それに…ア、アタシたち…つ、つ、つき…」

「ストーップ!それ以上言うな。それ以上言うとお前のお父さんの処刑計画の保留を解除することもありえるぞ!」

「お、おいサキ!な、何言ってやがる!てめえいい加減に」

 俺が思わず声を張り上げると、綾瀬ちゃんはとうとう眉毛を釣り上げて歯ぎしりをし始めた。

そして大きな声でこう叫んだ。


「アタシいいいい、ヤマト君のことがああああああ好きなんだもおおおん!アンタみたいな化物になんて絶対に邪魔されたくないわあああああ!」


 その言葉に看護師サキは口をあんぐりと開け、しばらく凍りついてしまった。

 もちろん俺もである…。

 周囲の老人患者三人は十秒程遅れて拍手をし始めるのであった…。


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