綾瀬ちゃんの死
病院の待合室、俺と江口と川島、そしてサキは無言で集中治療室の外のソファーに腰掛けている。
もちろん川島にはサキの声は聞こえていても姿は見えていない。
敵同士が同じソファーに腰掛けているのは何とも言えない気分であり、川島は恐らく吸いたくもないのにタバコを吸いに近くの喫煙所を行ったり来たりしている。
江口も三杯目の缶コーヒーを飲んでいる。みんな砂糖とミルクがたっぷり入ってそうな銘柄ばかりだ。
サキも含めて丁度四人揃った時に、江口が口を開いた。
「藤原サキ子さん」
「な、何だよ」
「貴女に罪の意識はないのですか?」
「…いきなり綾瀬ちゃんが飛び込んでくるなんて思いもしなかったわ…ウイスキーで寝ているはずなのに」
「それにしても電車がブレーキを掛けたのは偶然じゃなかったんだな。綾瀬ちゃんが踏切の緊急停止ボタンを押さなかったらきっと…」
「今頃私に代わって我が愛娘は木っ端微塵だ」
川島が震える声で呟く。
サキが咳払いする。
「藤原サキ子さん」
「う、うるせえな…なんだよ」
「貴女は完全なる怨霊になってしまいましたね。私たち日本除霊師協会では、赤の他人にも大きな危害をもたらす霊のことを怨霊と呼んでいます。綾瀬さんは川島さんの娘とはいえ、事件とは一切関係がない赤の他人です。貴女は幽霊として最もしてはいけないタブーを犯しました。もういい加減、除霊されてあの世に行ってもらえませんか?」
江口は淡々と語る。
「貴女はもう充分川島竜次さんを恐怖のどん底に叩き落としたではありませんか?そしてそれだけでなく娘の綾瀬さんの命も今危険な状態にさせています。もう充分でしょう。帰りなさい」
サキはつい先ほどまで冷酷な表情をしていたのがウソみたいにうつむいてしまった。
するとサキは川島に近寄っていった。
江口が思わず身構えた。
「邪魔しないで」
そういうとサキは座っている川島の足元まで来た。
川島には今までと同様にサキの姿は一切見えていない。
しかし、声を聞くことはできる。
『川島竜次、娘を危険な状態にあわせてしまい申し訳なかった』
サキの口から謝罪の言葉が生まれたのだ。
その言葉を聞いた川島は目と口を開いて驚き、身震いをしていた。
江口も俺も川島もサキの態度の急変に驚いている。
『アタイの父親だったら今頃、危険な状態にあわせた奴に対して、クーデターじみたことを引き起こしていると思う。今、娘を失いそうな気持ちをアンタは感じているのだろう、アンタのことはもちろん今でも憎い。だけど、綾瀬ちゃんのことは本当に悪かったと思っている』
「サ、サキ…」
川島が呟く。
その時、江口が集中治療室の扉に対して急に厳しい表情をし始めた。
そして江口の喉仏をつばが通り過ぎたのを見た。
するとサキは何を思ったのか急に集中治療室の扉へと飛んでいき、そのまま姿を消した。
「ま、まさか…!」
俺はサキに続いて扉へと突進していく。
扉が開き、俺の後から、江口、そして川島が入ってくる。
「ちょ、ちょっと、まだ入ってはいけません!」
静止する看護師を振り切り、綾瀬ちゃんへと近づく俺、江口、川島。
医師たちはみんな手の動きを止めている。
作業が終了したばかりといった様子だった。
目の前にはベッドで寝ている綾瀬ちゃん、ベッドの前で立っているサキ、そして、
もう一人の浮いている綾瀬ちゃんがいた。
ぼーっと立っている綾瀬ちゃん。
まるで夢遊病者のような表情で、辺りをぼんやり見ている。
しかしその姿は川島竜次のみ見えていないようだった。
江口は緊張が最高潮に達したような表情をしている。
医師の一人が俺たちを見て、そして言った。
「残念ですが…」
心臓が打ち抜かれたような気分だった。
江口も震えている。
川島はかすれた声で何かを言おうとしつつ、金縛りにあったかのように動けない。
するとサキが急に叫んだ。
「綾瀬、戻れ!」
綾瀬ちゃんは耳が聴こえていないかのように反応しない。
「綾瀬!戻れ!」
再び、サキが叫ぶ。
そして
「戻れ戻れ戻れ戻れ戻れええええええ!」
そういうとサキは先ほど口を開いた医師に取り憑いた。
「なっ!サキ、馬鹿!お前何やって!」
そして医師の両手を天に振りかざしたかと思うと、
「戻れえええええええええええええ!」
そう言い、ぼーっと突っ立っている方の綾瀬ちゃんの髪を掴み、そのまま寝ている綾瀬ちゃんの心臓部めがけて投げつけような仕草をした。
幽体離脱していた綾瀬ちゃんの幽体は寝ている綾瀬ちゃんの心臓に吸い込まれるかのように消えて行き、医師の手はその反動で思いっきり綾瀬ちゃんの心臓部を叩くこととなった。
そこにいる医療スタッフ全てが驚き、どよめいた。
「先生!今更もう無理…」
看護師が声を上げたとき、
プッ…プッ…プッ…。
心電計に再び動きがあり、
「せ、先生!い、生きてます!そ、蘇生しました!」
サキは医師の体から抜け出した。
「えっ…こ、こんなことが…」
医師は思わず震える声で呟く。
「先生!流石です!」
「え、ま、まあ、…と、当然だ!医師は最後まで諦めちゃいかんのだ!ほ、ほら何をしている、動け!」
諦めかけていた現場に再び活気が戻った。
川島、江口、そして俺の三人は思わず抱き合って喜んだ。




