驚愕
川島の体は静かに線路に降りた。
「え、江口君…助けてくれたのか…」
ようやく口を開いた川島は僅かに笑みを浮かべた。
そして川島の体はゆっくりと線路の上に降りた。
川島はそのまま腰を抜かしたように線路に尻をついていた。
「貴方からはギャラを頂いています。ギャラの分は貴方をお守りするのが僕の仕事です。昨日から胸騒ぎがしたのです。そんな矢先僕の携帯に川島竜次さんの携帯番号で連絡が入りました。しかし出てみると娘様でした。そして『お父さんを助けて』と。僕は霊気の度数が分かるコンパスでひたすら貴方たちを探しました。本当に間に合ってよかったです」
サキは線路の上で拳を握りながら歯を噛み締めている。
「江口…アンタ、アタイは以前のアタイみたいにヤワじゃないわよ」
「知っています。貴女は非常に危険なタイプの地縛霊だと思っていたが、やはり僕の思った通りだった。これ以上貴女を野放しにするわけにはいかない。ヤマト君、君もいい加減に目を覚ましたまえ」
「な、何言ってやがる!」
叫んだ時に気づいたが、俺は気づくともう体が自由に動けるようになっていた。
「貴方は今、この地縛霊に可愛そうだという情が湧いているのでしょう。でも貴方はサキにとって利用価値のある道具にしか過ぎない」
この言葉に一瞬俺は何も言えなくなった。
するとサキが言った。
「ア、アンタにアタイの何がわかる!アタイは別にヤマトを道具のように扱った覚えはない!コイツには感謝してもしきれないんだ!コイツとアタイは…」
「それ以上言わないでくれたまえ!この少年の一生が破滅する!」
サキは一瞬その言葉に圧倒され、動きを止める。
次の瞬間江口が両手をかざした。
その両手からは一瞬光のようなものが現れた気がした。
しかしサキの姿は一瞬で消えた。
そのスピードに江口が初めて動揺した顔を見せた。
「は、速い!なんて速さだ!信じられない!霊的エネルギーがこれ程までとは…どこに消えた!」
五分ほどが経過したが、サキは姿を現さない。
川島はさっきからずっと呆然と座っていた。やがて先程とは反対方向から電車の明かりらしきものが現れた。
「ひいいいいいっ!」
川島は反射的にだろうか、思わず驚愕の声を上げた。
次の瞬間、俺の体は再び動かなくなった。
腰を抜かしていた川島の体が、操り人形の糸が付けられているかのように急に飛び起きて動き出した。
「ひいいっ!ま、まさか!」
サキが一瞬のうちに再び川島に取り憑いたのだ。
「川島さん!うっ!な、何だコレは、まさかそんな、ありえない!僕ともあろうものが…金縛りに…」
俺だけじゃなく、こともあろうに江口までもが動けなくなっていた。
『ふっふっふっ…どうだいアタイの力は。まさかアタイの金縛りがここまですごいとはおもわなかっただろう?江口が動けない。コレで今度こそ川島竜次はおしまいだ』
再び踏切のサイレンが鳴り響き、赤いライトが点滅し始め、遮断機が降りる。
光は刻一刻と大きさを増す。
今現在、川島はもうひとつの線路の方に仰向けに寝せられている。
このまま電車が通過すると川島の体は確実に引きちぎられる。
電車が汽笛を激しく鳴らした。
電車が川島竜次の存在に気づいたらしい。
耳の鼓膜がどうにかなるほどのブレーキ音が周囲に響き渡る。
しかしそれでも川島が電車の下敷きになるのは避けられそうにない。
俺も江口も動揺を隠せない。
激しいブレーキ音で今となっては誰の声も聞こえない。
目をつぶろうにも身動きができない。
サキの怨念が中途半端なものではないことが嫌というほど分かる。
しかし、サキ、もっと別の方法での復讐はないのか?
川島は確かに最低だ。
でも、この殺し方は日本の死刑の手段である絞首刑以上に残虐でおぞましい殺し方だ。
サキ、俺はお前の人格を疑うよ。
いくらなんでも…。
でも、俺は殺されたことがない。
だからこれ以上は何も言えない!
ああ、もうだめだ!
しかし次の瞬間、
「お父さあああああああああああん!」
その声は轟音の中でもはっきりと聞こえた。
「ま、まさか!」
俺たちの真向かいの線路の脇から突如として現れた川島の娘、綾瀬ちゃんは川島の足先を両手で掴み、そのまま線路から引きずりだろうとしたのである。
「綾瀬ちゃん!危なあああい!!やめろおおおお!」
しかしサキが乗り移った川島が激しく抵抗し、綾瀬ちゃんの腹を蹴飛ばした。
すると綾瀬ちゃんは倒れこむどころか素早く父親をおんぶする形で起こし、火事場の馬鹿力としか思えないようなエネルギーで背負投したのである。
川島の体は線路から離れ、砂利道に倒された。
「綾瀬ちゃああああああん!」
そして綾瀬ちゃんも逃げようと走りかけたその瞬間。
ドン!
電車は急ブレーキをかけて止まったものの綾瀬ちゃんは鈍い音と共に二~三メートルほど斜めに吹っ飛んだ。
その場にいた人間の全ての動きが止まった。
しかし、
「綾瀬ええええええええ!」
川島の悲鳴により、今目の前でとんでもない出来事が起こってしまったという現実に戻される。
俺は震える手で一一九番に電話、救急車を呼んだ。
そこからは殆ど記憶がない…




