地獄の復讐
日曜日の夜九時、俺はサキに言われるがまま、川島家へと出向いた。
サキ曰く、川島竜次への復讐に付き合って欲しいとのことだ。
いざという時にアンタでも役に立つことがあるし…とのことだったが、それ以外にも、どうやらサキは俺のことを同じ敵を倒す仲間だという思いが強いらしく、是非とも敵のくたばる姿を二人で見ようということらしかった。
俺としては見たいような見たくないようなというのが正直な感想だったが、ここまで一緒に過ごしてきたのだからサキの宿敵がくたばる姿をみたいという思いの方がむしろ強かったのかもしれない。
日本庭園を通り、相変わらず大きな玄関の呼び鈴を鳴らすと、いつものごとく最初に和服をきた女性従業員が出てきた。
「川島竜次さんにお会いしたいのですが」
従業員は人形のような作られた笑顔で機械的に「少々お待ちください」と告げた後、約五分後に再び現れた。
「旦那様からですが『忙しいのでお引き取り願う様に』とのことです」
「ヤマト、後はアタイに任せて」
「えっ?」
「アンタは一旦川島家の門の外で」
サキの言うとおり俺は一旦玄関を後にした。
川島家の門の前、数台のタクシーが止まっている。
時々料亭の方から酔っぱらいの中年達が出てきてタクシーに乗った。
酔っ払ってはいたものの、見た感じいかにも大物政治家のような人が多かった。
一時間以上経過した。
ただ取り憑くだけなのにどうしてこんなに時間がかかるんだろう。
足が痛くなってきた。
タクシーの数が少し減った時、玄関からぎこちない足音が聞こえていた。
振り返ると川島竜次だった。
「う…うう…」
川島は唸りながら恐怖に満ちた表情でたどたどしい歩き方をして、とうとう俺の目の前にやってきた。
『ヤマト!無事取り憑いたよ!』
「た、た、助けてくれ…」
川島の口から二人分の声が発せられる。
『ヤマト、今こいつにはアタイの声が聞こえているんだよ。』
「えっ?そんなこともできるのか?」
『本当に憎い奴になら声を聞かせることができるんだ、これも霊界道場で身につけた小技の一つよ。まあ体力がいるんだけどさ…』
「サ、サキ…お、俺をどうしようっていうんだ…?」
『さあ、どうしようかしらねえ、それにしてもこうして二十五年ぶりにお話出来て嬉しいわ』
ぎこちない歩きからは川島が必死に取り憑かれた体と格闘しているのが伝わってくる。
『ヤマト、アンタは少し離れて川島の後ろをついてきな』
俺は言われるがままに、川島の後ろを十メートルくらいの距離を置いて後を付ける。
サキに取り憑かれた川島が十分くらいかけてたどり着いたのは人気のない踏切だった。
線路は二車線設置されている。
その踏切を素通りするかと思いきや、川島の体は二車線のうちの一方を歩き出し、踏切から二十メートル位離れた場所で仰向けに横になったのだ。
線路に垂直に体を寝せ、そのうちの一本のレールには首筋が当てられている。
「な、な、なんの真似だ!」
川島が叫ぶ。
『どうだい川島竜次、星が綺麗だろう?』
「サ、サキ、お前まさか川島をここで殺す気か?」
『ピンポーン!ピッタシかんか~ん!ヤマト教授に三千点!その通りさ、この男にふさわしい最期だ』
確かにサキは残虐な殺され方をした。
強姦されて、生き埋めにされた。
そしてその死体は警察には未だに見つからず、俺の家の軒下の奥に埋まっている。
にもかかわらず、犯人である川島は社会的成功を収めている。
許せないのは間違いない。
しかし実際にこうして復讐の現場に立ち会うとなると今まで感じたことのないおぞましさと気持ち悪さと恐怖を感じ、鳥肌が続々と体中を駆け巡っているのがわかった。
処刑の現場を目の当たりにしているのだ。
これが気持ちいいわけがない。
俺は急に復讐への立ち会いから逃げ出したくなった。
「サ、サキ…気持ちはわかるけど…なんかもっとこう…その…殺す以外の復讐法はないのか?」
『はあ?いっとくけどね、アタイは一応お化けだよ、アンタはアタイとの付き合いが長いからもう慣れてしまっているんだろうけど、お化けって怖いもんでしょ?こいつのせいでアタイの人生はズタズタに引き裂かれたんだ。このぐらいの恐怖を味わわせて当然だ!』
「だ、だけど、俺、人が電車にミンチにされる場面なんか見たくない!」
『アタイにとって最高の復讐だよ!それにコイツは人じゃないんだ、人でなしなんだよ、こんな奴死んで当然なんだ!』
「た、助けてくれ…」
川島が裏返った声で言う。
「助けてくれ!頼む、俺が悪かった、本当に反省している…あの時の俺はまだ若く、頭も悪く、自分が何をしているのかがわからなかったんだ。お前のことがまだ好きだった俺は力ずくでももう一度お前を手に入れたかった。恐怖を与えてでもお前を手に入れたかった。あの時お前を無理やり強姦したのは確かだ。でもまさか死んでしまうとは思わなかったんだ。恐ろしさのあまりお前を土の中に埋めてしまったのは本当に馬鹿だったと思っている。あの日のことは一日たりとも忘れたことはない!時はどんどん過ぎて社会的成功を収め、愛する娘にも恵まれたワタシはもうこのまま墓まであの忌々しい事実を持ち運ぶしかないと思った。もうそれしかなかったんだ!頼む!命だけは助けてくれ!助けてくれたら何でもする!何でもするから!」
『うるさい!お前だけは絶対に許さない!』
俺はどうしていいのかわからなかった。
川島にはサキにしでかした罪を償って欲しいとは思っていた。
川島のやらかしたことは社会的にはおそらく無期懲役か死刑になるレベルだろう。
しかし正式に言うと当時まだ少年だったのでそこまではいかないのかもしれない。
「な、なあ、サキ…こんな酷い復讐じゃなくて、もっと別の方法がないのか?」
思わず俺が提案する。
『…そこまでいうのなら、復讐方法を替えてもいいわよ』
「ほ、ほ、本当か…?」
川島が震えながら声を出す。
『次の中から選ぶとしたらどれがいい?火あぶり、ビルからの飛び降り、入水自殺、割腹自殺』
「ひいいいい!」
「おい、みんな結局処刑じゃねえかよ!」
『ヤマトこいつはアタイを殺したんだ、アタイの受けた苦しみに近い恐怖と苦痛を味わわせてやる!』
その時、踏切のサイレンが鳴り出し、赤いランプが点滅、遮断機が降りた。
線路の彼方に微かに小さな光が見える。
「ひいいいっ!ひいいいいっ!」
『いよいよお出ましね』
サキが不気味な高笑いをする。
川島は恐怖におののいていた。
俺はいてもたってもいられなくなった。
川島は確かに酷いやつだ。
しかし今コイツを助けられるのは自分しかいない。
俺は川島を助けようと一歩足を踏み出そうとした。
体が動かない!
『ヤマト、悪いけどアンタの体の動きを止めているから』
「なっ!」
『取り憑きの技以外にもこういった小技も結構身につけたんだよ、すごいでしょ?』
「お、お前いいかげんにしろ!」
『何で?これは神の裁きよ』
「今の俺にはお前がコイツ同様、殺人犯にしか見えない!確かにコイツはお前のことを殺した。けどコイツを殺したらお前だってコイツと同様に殺人犯になるんじゃないのか?」
『世の中にはねえ、殺していい奴と殺しちゃ悪い奴がいるのよ!』
「俺はそうは思わない!」
『犯罪を犯したら罰を受けるのはこの世の常識でしょ!』
「とにかく早く川島竜次を解放しろ!」
『アンタ、アタイの味方じゃなかったの?こんな奴に同情することなんかないわ』
電車の光は徐々に大きくなっていく。
あの調子だと三分もしないでここまでたどり着いてしまう。
『川島竜次、そろそろ時間だよ、最後に言い残す言葉はなんだい?』
「ほ、本当に頼む、娘がいるんだ!愛する娘がいるんだ!」
『言っとくけど、アンタの娘には既に全ての事実を伝えているからね』
「な、なんだと?」
『アタイはアンタに取り憑く前にアンタの娘、綾瀬に取り憑いた。そして綾瀬の手を使って手紙を書かせた』
「なっ!サキ!き、貴様、まさか…」
「そうか、それで川島家から出てくるのにやたらと時間がかかったのか」
『いい加減に娘は事実を知るべきなのよ。実際手が勝手に動いて、そこに書かれている内容を見た綾瀬は衝撃を受けていたさ。手紙には、アタイが幽霊であること、今アンタの体に取り憑いて手紙を書かせていること、アンタの父、川島竜次に二十五年前に強姦されて殺されたこと、その後生き埋めにされたこと、その現場にヤマトの家が建ったこと、霊感の強いヤマトと出会い、偶然ヤマトがアンタと親しくなり、その父親が川島竜次だったこと、そしてその復讐のため今夜殺すこと…といった内容を書かせたわ。その後今夜は父親と接触をさせないために書斎にあるウイスキーを飲んでもらい、そのまま眠らせた。あの様子だと朝まで起きないだろうな、起きたら父親が死んでいるというわけだ』
「サキ、お前、何てことを!綾瀬ちゃんはあの事件に直接関係ないだろ!」
『間接的には関係があるじゃない!』
「綾瀬ちゃんを傷つけるなんて…」
『一体アンタはアタイと綾瀬ちゃんとどっちが…!』
「えっ?」
『な、何でもないっ!』
その時、電車の光はいよいよ大きさを増し、あと三十秒もすれば川島の体を粉々に引き裂こうとしていた。
『とにかく川島竜次!アタイを殺した罰を大いに味わええええ!』
「うあああああああ!」
ダメだ!もう絶対に間に合わない!
電車は踏切を超えた。
俺は思わず目を覆う。
電車は轟音を立てて通過した…。
その音は徐々に遠くへと消えていった。
俺は恐る恐る目を開ける。
川島竜次の姿がどこにもない。
線路をくまなく探すが、死体の欠片も見つからない。
どういうことだ?
ひかれた痕跡どころか存在そのものが消えている…。
ふと先程まで自分がいた位置に目をやると、
そこには除霊師江口が両手をかざして立っていた。
「なっ、お前は…」
「間に合った…胸騒ぎがしたものでね」
「川島とサキは…?」
「上を見てください」
上を見ると、川島が宙に浮いていた。
電車の天井のさらに上あたりの高さで仰向けの状態で浮いていた。
『て、てめえ…このクソガキ!またアタイの邪魔しやがって…』
サキは川島の体から疲れた様子で出てきた。
取り憑いていられる時間は約三十分。
どうやら限界が来たらしい。




