霊界修行道場
背後からサキの声がした。
振り返るとそこには少し恥ずかしそうにハニカミ笑いをしているサキがいた。
「サキ!」
それは約二十日ぶりに見るサキの姿だった。
俺は笑顔を抑えきれなかった。
それでも照れ隠しのために厳しい顔つきになり言った。
「お前、今までどこに行ってたんだよ!心配させやがって!」
「心配だったの?」
「べ、別に大して心配はしてねえけどさ!急にいなくなるとビビるじゃねえか!」
するとサキはいつになく満面の笑みを浮かべた。
その笑顔は今まで見たサキの中で一番可愛らしく見え、思わず目を背けてしまった。
「お父さん、ほら、見てくださいよ!ここにサキ子さんが見えるでしょう?」
得意げに言い放つ俺に対しお父さんはキョトンとした顔をしている。
「え…?い、いや、何も見えないが…」
サキはため息をついて言った。
「ヤマト、お父さんは霊感弱いからアタイの姿は全く見えないよ。だってアタイこの家には今までだって何度も何度も来ているもん」
「そうだったのか…」
お父さんは震える両手で空気を触るような仕草をする。
「サ、サキ、どこだ?ここにいるのか?」
「お父さん、もう少し右です、いやもう少し左…あっそう、そこです」
「お父さん…アタイ、いつでもお父さんのそばにいるからね…」
俺はサキの言ったセリフをそのままお父さんに伝えた。
お父さんは見えないサキを抱きしめ、また涙した。
「異空間?」
「そうよ、アンタがあの棒を振り回してから、アタイはジェットコースターに乗ったかのようにわけのわからない世界に引っ張られていったの」
俺の部屋でサキは椅子に座るような姿勢をして空中に浮いていた。
「気づいたら紫と赤と青が混ざったような得体の知れない世界を歩いていたわ。周りには
たくさんの人がいるんだけど、あっ、人って言ってももちろんみんな幽霊ね。みんな行動が変なの。呪文みたいなのを唱えていたり、空手みたいなポーズをとってみたり、空中をすごいスピードで飛んでいたり…。アタイそのうちの一人、見た目は四十代くらいの女性の幽霊に話しかけたの…」
サキの話の続きは次のような内容だった。
「あの…すみません」
空手のようなポーズをとっているその女性はしゃがれた声で、
「何?ワタシにはできないと思っているんでしょう?ううん、絶対にあの男だけは許さない!」
サキは何が何だかわからなくて再度話しかける。
「い、いや、あの…アタイ、ここがどこだかさっぱりわからないんですけど…」
すると女性は眉をひそめたがやがて空手のポーズをやめて言った。
「何だい、新人か。じゃあ話にならないな。ワタシは旦那に殺されたんだよ。保険金殺人っていうやつでね。毒を盛られて殺されたんだ。にも関わらず、旦那の知人の医師からはワタシが急性心筋梗塞ってことで処理された。アイツは保険金も全部自分の事業に当てて悠々自適に暮らしているよ」
サキにはわけがわからなかった。
「あ、あの、それでここはいったい…」
女性は再び空手のポーズを取りながら言った。
「霊界修行道場だよ。ここに来る幽霊は殆どごく普通の地縛霊だけど、ここで修行をすることによって下界で様々な能力を使うことができるんだ」
「能力?」
「幽霊っていうのはそのままだと生きている人間に対し何もできない。せいぜい心霊写真に写って脅かす程度しかできない。でもここで修行すれば下界の憎い人間に対し『祟る』こと、『憑依』すること、『悪霊』になることができるようになるのさ」
女性はさらに詳しく説明してくれた。
「祟るというのは名前の通り、その人間に何らかの禍を起こすことができるってこと。でも難しい技なので殆どの幽霊は相手に対してせいぜい軽い交通事故に合わせることぐらいしかできない。『憑依』っていうのはその名の通り、相手に取り憑くことで、三十分くらいは相手の体を操ることができる。この技は大技だから取得するのは難しいんだけど、相手に仕返しするにはもってこいだ。最後に『悪霊化』、これはホラー映画とかでもよくあるでしょ。実際に本人の目の前に『形ある怪物』として現れることが出来て、直接手を加えることもできる。これは相当修行を積まないとできないわ」
その女性はチエコという名前だった。
サキはチエコに下界への戻り方を聞いた。
「えっ?下界?ここで技を身につけない限り下界へはいけないのよ、アナタもしかしたらヘタクソな除霊をされてこんなところに迷い込んだんじゃないの?たま~にいるのよねえ…かわいそう…アナタもう下界へ戻れないかもねえ…」
その後サキはチエコと親しくなり、その女性に憑依の技を身に付ける方法を学んだ。
サキの能力は凄まじく高く、わずかな時間で憑依の技を身につけた。
「ア、アナタ、只者じゃないね…。ワタシがどれだけかかっても身につかないのに…悔しいけどおめでとう…」
全てを語ると長くなるのでこの辺にしておくが、要するにサキは俺のデタラメな棒振りによって妙な除霊をされてしまい、霊界修行道場に吸い込まれてしまった。
その修行場は何らかの技を身につけない限り出られないという試練の場所であり、サキは本来持っている能力と本人の努力により、憑依の技を身につけたというわけだ。
「さてヤマト、アタイが憑依の技を身につけたとしたらやる事は一つだよね」
獲物を狙う猫のような目で俺を見てニヤリと笑うサキ。
「この憑依の技を使って、川島竜次を地獄に落としてやるのさ」
クックック…という不気味な笑い声を出すサキは以前よりも不気味さが増したように思えた。




