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憑依

口を開けてポカンとするお父さんに対し、俺の口は自分の意志とは無関係にペラペラと喋り始めた。


「お父さん、アタイ、サキだよ。今この男の子の体を借りて話しているんだ。信じて!」

「…な、何を言っているんだ君は…?」

「お父さん、アタイ、残念ながらもうこの世にいないんだ。殺されたんだ。だから諦めて」

「ふ、ふざけるのもいい加減に…」

「六月十五日!お父さんの誕生日でしょ?」

「なっ…!」

「覚えてる?アタイ、お父さんの誕生日に手編みのマフラーをプレゼントしたでしょう?だってお父さんって寒がりなんだもん。あと、お父さんってイカ釣りの名人でしょ?一年に二回、島の民宿に泊まって夜にイカ釣りをしてたでしょ?あと、親戚のゆう君は元気かな?いつもお父さんと将棋をして、お父さんを負かしていたでしょ?あとお父さん、アタイが中学二年の時、陸上部の先輩からいじめられて『ピアスだ』って言われて両耳画鋲を刺されて泣いて帰ってきたら、怒り狂ってワゴン車でグラウンドに突っ込んで行って、陸上部のみんなを怖がらせて、どなり散らしていたんだよね。あとアタイが失恋した時は、その振った男の家に駆けつけて、そこのお父さんと大喧嘩になったんだよね。いつもアタイのこと応援してたよね。いつもアタイのためにどこにでも連れて行ってくれたよね。小さい頃は毎日のように『お前はパパの天使だ、お前がいるから俺は辛い仕事を乗り越えていけるんだ』って言ってたよね。いつでも、いつでもお父さんはアタイのことを…」

 そう言うと、俺の目から自分の意志とは無関係に涙が流れてきた。

「サ、サキ、本当にお前なのか?」

「これだけ知っているんだよ?アタイじゃなかったら誰がいるの?」

 お父さんは震えた唇で言った。

「サキ、お前が六歳のころお父さんとお母さんと一緒に庭の杉の木の中に埋めたものを知っているか?」

「タイムカプセルでしょ?プラスチックの容器を二重に重ねて。その中にカセットテープが入っているんだよね。アタイの将来の夢、看護婦さんになること、そして病気のお母さんの看病をすること…」

 家族だけの秘密を俺のような当時生まれてもいない高校生が知るわけがない。

この発言を聞いて、お父さんは確信したようだ。

 今、目の前の俺に本当にサキの幽霊が取り憑いているということを…。

「サキ!」

「お父さん!」

 俺とお父さんは抱きしめ合っていた。

 もちろん俺の意志に反して…。

 俺の目からはとめどなく涙が流れていた。

 この涙はもしかしたらサキだけでなく俺自身も流していたのかもしれない。

 お父さんは声を上げて泣いていた。

 しばらく泣いていた。

  

 泣き止んだのは十分以上経ってからである。

「サキ、お前がすでにこの世にいないということはわかった。ある程度は覚悟はしていた。ただ、見つからないから諦めることが嫌だったんだ。でも今ならその辛い事実を受け入れることができると思う。それにしてもお前は一体どこでどうやって殺されて…?」

「お父さん、それについては今は話さない。話したところで証拠不十分だし、時効も成立している。お父さんのことだから話したら相手の家に殴り込みに行ってそのまま警察沙汰になって終わりそうだし。相手は権力者よ。安易に攻撃すると名誉毀損で逆に不利な立場に陥るわ」

「サキ、俺はもう死んだっていいんだ!お前を殺した犯人を殺して死んだって構わない」

 お父さんは拳を握り締める。

「お父さん、死後の世界なんてちっとも楽しくないわ。お願いだから長生きして」

「サキ…」

「アタイね。今取り憑いているこのヤマトっていう男の子にすごくお世話になっているの。

ヤマト君が霊感が強かったおかげでアタイは二十五年近く続いた辛い地縛霊生活に大きな希望の光を見ることができたの。アタイ、本来なら人に取り憑く能力なんかなかったんだけど、ヤマト君がデタラメに除霊師の棒を振り回したが故に、今アタイはこうして人に取り憑くことができるようになったの。この能力があれば今まで触れることすらできなかった犯人に取り憑いて復讐ができる。だから復讐はアタイにまかせて」

 お父さんは眉間にしわを寄せつつも軽く二度頷き、「わかった」と呟いた。


「お父さん、アタイそろそろこの男の子に取り憑いているのが限界かも…どうやら取り憑いていられるのは三十分くらいまでらしいの」

「そ、そうか。な、なあ、サキ、またこうして話ができるよな!」

「うん、大丈夫だよ、お父さん、また話そう」

「サキ!」

 お父さんは俺の両手をギュッと握り、顔をクシャクシャにして涙と鼻水を垂らす。

 そして俺の目からも涙が溢れた。

 次の瞬間、俺の体が急にいうことを聞くようになった。

「お、お父さん…、あのお、お父さんってば!」

「なんだいサキ?ううう…」

「すみません、サキ子さんの憑依が終わったみたいです」

 するとお父さんはがっかりしたような顔になりため息をついた。

俺はつい、何もない場所に向かって叫んだ。

「おい!サキ!どこにいるんだ!お前いつ取り憑けるようになったんだよ!俺の前に出てこいよ!」

 

「ヤマト、アタイはここにいるよ」

 


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