サキの実家
とある休みの日の午後一時。
俺は今サキの実家の前にいた。
特に深い意味はなかった。
あれから俺はサキの実家を探すことにしたのだった。
理由はない。
ただ、何かサキの行方を知るヒントになることが得られるのではないかという根拠のない漠然としたもの及び、何かをしなければといった強迫観念のようなものが俺の体を動かしていた。
サキの実家をどうやって突き止めたか。
まずはインターネットで「藤原サキ子 行方不明」として検索。その事件の記事は検索サイトでなんとか見つけることができた。そしてそこには「〇〇街会社員 藤原耕一さんの長女、藤原サキ子さんが行方不明…」との記事が書かれていて、そこからサキが〇〇街の人間だと知った。
俺は○○街の藤原耕一という名前を電話帳で調べた。
藤原耕一が見つかり、電話番号の隣には住所が書かれていた。
このようにサキの家を見つけるのはそうそう大変なことではなかった。
サキの父親はいるだろうか?
年齢的にはもう退職しているような年のはずだ。
その家は平屋建ての古びた家だった。
俺は昭和にありがちな小さな形の呼び鈴を押す。
呼び鈴はビーッという音を出す。
三十秒程待つが反応がない。
もう一度鳴らす。
三十秒後、やはり反応がない。
留守かな?
いきなりアポなしだもんな。
まあ、会って何を話そうって言うんだろう。
そもそもそれすらも分からずに衝動的に来たんだ。
帰ろうかな…?
うん、やっぱり帰るべきだ。
だって会ったところで俺がサキのことをどこまで話せると言うんだろう。
今まであった話をしたところで信じてくれるはずもない。
「誰だ!そこで何をしている!」
いきなりの罵声に俺は心臓が飛び出るぐらい驚き、後ろを振り返る。
そこにはジャージ姿の白髪の痩せた男が立っていた。
歳は七十歳以上に見える。
この人がもしかしたらサキのお父さんか?
「あ、あの…藤…原…藤原サキ子さんのお父さんですか?」
俺の質問に男は顔色を変えた。
「何で君がサキ子の名前を…?」
小さな和室に通された。
畳は古びて、テーブルにも年季が入っていた。
ほか仏壇と達磨の絵の掛け軸以外は何もない部屋だった。
仏壇にはなんとなくサキに似た中年女性の写真があった。
恐らくサキの母親だろう。
サキの写真はなかった。
緑茶を持ってきた男は座布団に胡座をかくと早速本題に入りたいと言わんばかりに声を震わせて呟いた。
「君は誰だ?そしてなぜ君は二十五年も前に行方不明になったサキ子のことを知っているのだ?」
「やはりサキ子さんのお父さんで間違いないですよね」
「ああ、そうだ」
「僕の名前は沢口大和。高校生です」
「そうか、それで君は何の用事でうちに来たんだね?サキ子のことをなんで知っているんだね?」
「信じられないかもしれないんですけど…。あっ、その前に、お父様はサキ子さんが行方不明になってその後、サキ子さんはどうしていると思っていますか?」
「き、君は何かを知っているのかね?それとももしかしたら君はサキの息子なのか?」
お父さんは食らいつくように俺に顔を近づけてきた。
「ち、違います!お、落ち着いてください。とりあえず僕の質問に答えてくれませんか?」
お父さんはため息をついて言った。
「…ふっ、そうか違うか…そりゃそうだよな…。行方不明は残酷だよ。生きているのか死んでいるのかもわからず、悶々とした日を送り、街を歩けばサキに似た女子高生を見るたびに声をかけそうになる。実際に声をかけて怪訝そうな顔をされたことも何度もある。どんなに街を探し回ってもサキはいない。警察も必死に捜査はしてくれたんだろうけど結局何も見つからなかった。一時は当時サキと交際していたらしい大学生が重要参考人とされたが、証拠不十分で釈放された。その後、サキの事件は迷宮入りしてしまったが、親としては到底諦められるものではない。何度も『サキは死んだ』と言い聞かせたが、娘の死体を見たわけじゃないから諦められず…そして今になっても諦められないのだ。サキはきっと生きているってね」
俺は言葉が出なかった。
サキのお父さんはサキが生きていると信じている。
でもそれが故に諦められないために未だに苦しんでいる。
いっそのこと「サキは死んだ」と伝えるべきなんじゃないか?
でもサキのいないところでそんな勝手なことをしてもいいのか?
じゃあ俺はなんと答えればいい?
だったら俺は今日一体何のためにここに来たというのだろう?
「それで、君は今日一体なんでここに来たのだね?サキと君は何の関係があるというのだね?君の目的は何なのだね?」
当然聞かれるであろう質問に対しいざとなると俺は全く言葉が出なかった。
サキは死んだと伝えるべきなのか?
サキは生きてると伝えるべきなのか?
そのいずれでもないというのならばなぜ自分はここに来たのだろうか?
俺は一体何なんだろう?
馬鹿なのだろうか?
「君い、なんで何も言わないのだね?君は何かを知っているんじゃないのかね?それともあれか?単にからかいに来たのかね?でもからかうのであれば何故サキのことを知っているのだね?」
俺はこの場に及んで全く言葉が出なかった。
せっかくサキのお父さんと会うことができたのに、サキの代理人のような俺がなぜお父さんを前に何も言えないのだろう?
もしこの場にサキがいたらどんな言葉をお父さんに伝えるのだろう?
俺が勝手なメッセージをお父さんに伝えていいものなのか?
カチャン…!
振り返ると仏壇のロウソク台が倒れていた。
「?」
「おや?またネズミでも出たかな」
お父さんが立ち上がり、仏壇付近を見ると、今度は掛け軸が突然床に落ちた。
地震?
いや違う!
偶然でもない!
「もしかしてサキなのか?」
俺は思わず呟いてしまった。
お父さんはその呟きを聞き逃さなかった。
「き、君、やはり何か知っているんだな?」
「あ、い、いやその…」
するとお父さんはいきなり俺の両肩に両手を置き、
「お願いだ!何でもいい!どんなささいなことでもいいんだ!サキが今どこで何をしているのか、頼むから教えてくれ!」
お父さんは藁にもすがるような態度で俺に迫ってきた。
ここまできて、何も言わずに帰るわけにはいかない。
次の瞬間、信じられないことが起こった。
俺の体がいきなり動かなくなったかと思いきや、自分の意志とは全く無関係に動き始めた。
それだけではなく、口が勝手に開き、自動的に喋り始めたのだ。
あたかも何かが取り憑いたかのように…。
「お父さん、アタイだよ!サキだよ!」




