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川島家との断絶

「すごい泣けたね…」

 久しぶりのデート、流行りの全米ナンバーワンヒットの名作を見終わった後、綾瀬ちゃんはハンカチで涙を拭いた。

 映画館から出て、喫茶店に入る。

 綾瀬ちゃんといるのは楽しかったけど、未だ現れないサキのことはやはり気になっていた。

 かといいこれ以上うわの空でいるわけにもいかない。

 映画は泣けるほどではなかったがそれなりには楽しかった。

 喫茶店に入りコーヒーを飲みつつ、綾瀬ちゃんと会話するもどことなくぎこちない。

 無理に合わせているというか、無理に楽しんで見せているような感じである。

「今日またうちに来ない?」

「えっ…?」

 急な提案に思わず蒸せそうになる俺。

 またこの話かよ…。

「大丈夫よ、お父さんの身勝手な考えでこれ以上ヤマト君に迷惑かけるわけにもいかないし、それに実際に会えばお父さんもまた考え方を変えると思うの」

 俺はあの日以来ずっと川島家を避けていた。

 あの日以来、俺と彼女の父親は完全に敵同士となった。

 今でもあの邪悪な顔を見たいとは思わない。

 でもいずれは綾瀬ちゃんがこのようなことを言い出すだろうことは覚悟していた。

 もちろん綾瀬ちゃんは俺と自分の父親の関係を知らない。

 でもいつまでも逃げているわけにはいかない。

 そうはいえ、俺と川島竜次が和解する日など永遠に来ないことは間違いなかった。

 俺にとって綾瀬ちゃんの父親が川島竜次だという事実はこの上なく残酷なことだった。

 彼女とこれからもずっと付き合っていくというのであれば川島竜次と面会することはさけて通れない。

 結婚を前提に付き合ったら尚更だろう。

 

 でも、あの顔は二度と見たくなかった。

 ましてやサキが行方不明の今、アイツの顔が嘲笑っているかのようで吐き気すら感じた。

 

 だが、もう限界かも知れない。

 今までも綾瀬ちゃんと電車で会うたびに何度も「お父さんもわかってくれるから、遊びにおいでよ」という誘いを受けていた。

 これ以上避けるのは逆に不自然かもしれない。

「う、うんわかった」

「本当、うれしい!」

 思わずそう言ってしまった俺に綾瀬ちゃんの眩しい笑顔が飛び込んでくる。

 俺は眉間にしわを寄せて引きつった笑いをする。


 午後四時半、相変わらずデカイ門を通り、高級旅館の玄関のような戸を綾瀬ちゃんが開ける。

「入って」

「あ、う、うん…」

「お父さーーーん!!」

 いきなりかよ!

 料亭独特の紺色の作業着のまま、奴は玄関に姿を現し、俺の顔を見るなり、予想以上にギョッとした顔で引きつったものの、すぐにこわばった笑顔を見せて、

「や、やあ、ヤマト君、久しぶりだね」

「あ、ど、どうも…」

「きょ、今日は何の用だい?」

「もう、お父さんったら!用事がなきゃ来ちゃいけないの?」

 すると川島は険しい顔になり、

「ヤマト君、すまんが今日は忙しいんだ、帰ってくれないか」

「お父さん、別に誰も仕事の邪魔をしに来たわけじゃないんからいいでしょ?アタシの部屋に入れるから、忙しかったら別になんにも構わないで」

「綾瀬、ちょっと来なさい」

「な、なによ!きゃっ」

 川島は靴を脱ぎ捨てた綾瀬ちゃんの手を引っ張り、廊下の角部屋の中に入れた。

 そして川島も部屋に入るとピシャリと戸を閉めてしまった。

 十分後、綾瀬ちゃんが出てきた時にはどこか青ざめていた。

「ヤマト君…今、お父さんから聞いたんだけど、ヤマト君ってお父さんと二人きりで会った時にいきなりお父さんに『人殺し』って言ったの…?」

「えっ…?」

「お父さんはいきなり身に覚えのないことを言われて驚いて、ショックを受けて…」

「ち、違っ…」

 すると扉が開き、川島が出てきた。

「違わないよな。君は私を人殺し呼ばわりしたよな?」

「そ、それは…」

「いきなり現れて人殺し扱いされた身になってくれたまえ。ヤマト君、悪いことは言わない。君は一度精神科にでも行ったほうがいい。妄想が激しい。悪いがうちの綾瀬には近寄らないで欲しいんだ」

「ねえ、ヤマト君、そんなの嘘よね?お父さんをいきなり人殺し呼ばわりしたなんて!」

 畜生…なんてこと言いやがる。

 ここで俺が、その通りだよ、幽霊が現れて俺に手紙を書かせたんだ、俺の家の床下には女子高生の死体が埋まっているなんていったら俺は完全に頭のおかしな人間だと思われるだけだ…。

「ねえ、ヤマト君!何か言って!」

「………」

 確かに俺は川島を人殺し呼ばわりはした。

 それは嘘ではない。

 でも、それは本当のことだからだ!

 しかし、何て言っていいのだ?

「ヤマト君!どうして黙っているの?」

 俺は重い口を開いた。

「確かに俺はお父さんのことを人殺し呼ばわりしたよ…」

 綾瀬ちゃんが深く息を飲んだ。

 もう本当のことを言うしかない。

 たとえ信じてくれなくても。

「綾瀬ちゃん…ごめん!また電話する!」

 そう言い俺は川島家を飛び出した。

 電車に乗り、混雑した車内の中、俺は綾瀬ちゃんにメールする。

「お父さんの話は本当だよ。でもまずは俺の話を聞いて欲しい。家に帰ったら電話する」

 メールを送信後、普段なら割と早めに返事が来るはずが、十五分経っても返信が来なかった。

 電車を降り、駅の外を歩く。

 家までたどり着くまでの時間がもどかしい。

 早く綾瀬ちゃんに全てを説明したい。

 信じてもらえるかわからないけど…。

 俺は人気のない小さな公園のベンチに座り、綾瀬ちゃんに電話した。

 八回目のコールで綾瀬ちゃんは出た。

「………」

「綾瀬ちゃん!」

「………何?」

「あ、あの、さっきの話だけど…」

「………」

「今から話すことは全て本当のことだから、最後まで聞いて欲しい。正直言って信じられない話だと思う。でも本当なんだ。俺がどうしてお父さんを人殺し呼ばわりしたのか、それを包み隠さず今から話そうと思う。これを話さないことには俺と綾瀬ちゃんの誤解は永遠に解けないと思うから」

「………」

「ある日の夜だった。俺の家にいきなり女子高生の幽霊が現れた。そりゃあびっくりしたのなんのって!幽霊なんて信じていなかったからね」

「………」

「た、頼むから最後まで聞いて。聞こえてる?」

「聞こえているよ」

 明らかに冷たい声だった。

 出だしから幽霊じゃあ、からかわれていると思われても仕方がない。

 それでも俺は真実を伝えるために話を続ける。綾瀬ちゃんとこれからもずっといるためにも…。

 いずれは通る道なんだ。

「そ、それでその女子高生の幽霊が俺に言ったんだ。自分は二十五年前に強姦されて殺されたと。そしてその怨念を晴らしたいので俺に代理で手紙を書いて、犯人を見つけてそれを渡して欲しいと言ったんだ」

「それで…?」

 信じてないよな…こんな話…。

「そ、それで、綾瀬ちゃんの家に連れられていき初めてお父さんと出会ったんだけどそしたらその女子高生の幽霊が、こいつが自分を殺したんだと言って…」

「…っ…っ…グスッ…。」

「あ、綾瀬ちゃん…」

 綾瀬ちゃんは泣いていた。

「ち、ちなみに何で俺の家に彼女が現れたかっていうと、当時二十五年前、俺の家は工事現場のような荒れた地で、不良のたまり場になっていた。そこで綾瀬ちゃんのお父さんとその仲間に強姦されて殺されて地中深く埋められたんだ。その後分譲地となり、うちの両親が家を建てたんだ。だから俺の家の床下には彼女の骨があるはずなんだ」

「ヤマト君…もうアタシたち会わない方がいいかもね…ヤマト君…悪いことは言わないから一度精神科に行って。さよなら!」

 ツーツーツー…

 電話が切れた音だけが虚しく公園に鳴り響いていた。


 馬鹿だよな…信じてもらえるわけないじゃん…。

 これで俺と綾瀬ちゃんは終わったな…。

 そしてサキもあれから出てこない。

 きっとサキは除霊されてしまったんだ。

 俺のめちゃくちゃな棒振りがサキを結果として消し去ってしまった。

 

 家に帰り、夕食を食べる気にもなれず、勉強をする気にもなれずに、ベッドに横になる。

 野崎豊を大音量でかける。

 五分もしないで母親が俺の部屋をダンダン叩く。

「うるさいわよ!静かにしなさい!」

「ほっといてくれよ!」

 思わず怒鳴り返す。

 轟音の嵐の中、初めて綾瀬ちゃんと会った日を思い出す。

 くだらない将来に絶望し、何の楽しみも見いだせなかったあの頃。

 野崎の歌の音漏れが原因で綾瀬ちゃんに話しかけられたあの初対面。

 透き通る白い肌、猫のような黒い瞳は俺の心を一気に高揚させた。

 そして時を同じくしてサキと出会った。

 半ツッパリのような彼女は言葉はキツかったけどどこか愛嬌があった。

 今思うと俺との相性は割と良かったかもしれない。

 サキが笑うとこちらも妙に嬉しく感じた。

 そしてサキは俺に二人に手紙を書くように依頼し…。

 二人?

 そうだ!

 一人は川島竜次!

 もう一人はサキの父親だった!

 たしかあいつは、男手一つでアタイを育て上げた父親にも手紙を渡したいと言っていた。


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