対決
駅を降りて、街を歩くこと約二十分、俺とサキはいつ見てもデカイ豪邸兼割烹料亭のカワシマの門の前に着いた。
門を入ると道が料亭側と川島家の本家に枝分かれしているが、川島本家の方に進み、警備会社のマークのシールが貼ってある大きな扉の前のインターフォンを押す。
「いつ来ても不愉快なところだわ。人を残虐に殺しておいてなんなのよこの豪遊ぶりは」
「シッ、聞こえたらどうする!」
「だからあ聞こえないわよ、アンタも幽霊との付き合いに慣れないわねえ」
その時インターホンから元気な声が聞こえた。
「ヤマト君、そしてサキ子さんかね、どうぞ!」
お父様の声は想定外に元気だった。
これからサキにお詫びする態度とはとても思えない。
大きな和風の扉が自動で開いた。
目の前には従業員の中年女性二人が立っていて深々とお辞儀する。
広い廊下を案内され、いつものリビングに入るかと思いきや、初めて入る部屋に通された。
中は大きな洋風の部屋で、上にはシャンデリア、そして大きな長いテーブルが置いてあった。
まるで海外の大物政治家たちが会議で使うような部屋だ。
後ろで扉が大きな音でバターンとしまった。
まるで閉じ込められたかのような音だ。俺を閉じ込めることはできてもサキはあっさりすり抜けるだろうけどな。
テーブルをはさんで向こう側にお父様がいる。お父様は窓の方を見ていて、こちらを見ようとしない。
「よくきたね。サキ子さんも一緒だね?」
「あ、はい」
するとお父様はくるりと振り向き、わざとらしい笑顔を作って僕とサキに座るよう伝えた。もちろんサキは椅子に座るフリだけしてみせるが。
「言うまでもなく、私にはサキ子さんの姿は見えない。だが、君が私にくれたこの手紙、」
そういいお父様は俺が書いた代筆の手紙を内ポケットから出す。
「ここに書いてあることは全て本当のことだよ」
一瞬お父様が怖い目をした。殺気すら感じた。さっきの扉の閉まる音といい、もしかしたら閉じ込められたのか?
「あの事件以来、罪悪感と発覚への恐怖感とが入り混じり、気が狂いそうな生活をずっと送ってきた。何度神に助けを求めたかわからない」
「それはこっちのセリフだ!!お前の苦しみなど天罰の一環に過ぎない」
サキが叫ぶが、無論お父様には聞こえていない。
「あれから数年経ち、真面目に生きようと、不良の道から足を洗い、仕事の関係で出会った亡き妻と結婚、愛娘、綾瀬にも恵まれた。妻を病気で亡くすという悲劇にも遭遇するが、なんとか苦悩を乗り越えた。そして、その後仕事はどんどんとうまくいき、料亭カワシマは全国テレビで取り上げられるほどの有名店になった」
お父様は大物政治家のように立ちながら身振り手振りを入れて演説を続ける。
「私の人生はまさに絶頂期を迎えていた。しかしその一方で、強姦殺人死体遺棄が発覚することをすごく恐れていた。時々、インターネットの検索欄で『川島竜次 殺人』などと入力して検索したりもした。もしかしたらあの時強姦殺人の現場にいた二人のいずれかが、誰かに噂を広めてはなかろうかと思ったのだ。しかし幸い今現在までそのキーワードでは検索に一致するものは見つかっていない。私は時効の日が来るのを今か今かと待ち望んだ。そしてあれから二十年もの歳月が経った。私は時効は完全に成立したと確信し、地獄から解放されたのだよ。…しかしそれから約五年後だよ、ヤマト君がこの手紙をくれたのは」
俺は後ろめたい気持ちになりつつも、なんで俺が責められなければならないのだといった複雑な心境になっていた。
「この手紙を君からもらったときはそれはもう恐ろしくて仕方なかった。二十五年前の真実が全てこの手紙には書かれていた。サキ子さんの幽霊が現れて代筆させられたとの話はとても信じられなかったが、同時にじゃあそうでなかったとしたらどうしてこの少年は二十五年も前のあの事件を知ってるのだ?と思った」
「お父様、今となってはサキの霊の存在を信じていますか?」
「信じてないわけではない、しかし、私ぐらいの大人になると、証拠がないことには実感がわかないのだ。ここにサキ子さんはたしかに来ているんだろうね?」
「この野郎、ここにいるじゃねえか!」
サキが叫ぶももちろん聞こえない。
「今、僕の横で怒鳴り散らしてますよ」
するとお父様は少し意地悪そうな目つきで、
「まあ、言うだけならなんとでも言える。こういうふうに考えることもできないかね?たとえば本当はサキ子さんの霊など最初から嘘で、君が誰かこの事件のことを知っている者から情報を聞かされた。そしてその者が自らの正体を明かしたくないがために『幽霊からのメッセージだと伝えろ』と君に代筆させた。社会的な成功を収めている私に精神的ショックを与えるためにだ」
「いえ、そんなことは」
「嘘つけええええ!!」
いきなりの大声に俺もサキも驚愕した。
「奴らだろ!?あの時サキを一緒に襲った俺の仲間二人のどちらかだ!さあ白状しろ!さもないと…」
そういうとお父様はテーブルの引き出しらしきところからいきなり猟銃のようなものを出し、俺に銃口を向けた。
「ちょっ、ちょっと、ま、待ってください!」
「騒ぐな!騒いだら打つ、動いても打つ!!」
とうとう正体を現したか…って感じだろうか?今までのお父様とはわけが違う。
やはりこの人本物の殺人犯だ。
「う、打ったらものすごい音が鳴るでしょう?僕をこの場で殺した後、どうするつもりですか?バレバレですよ!証拠隠滅などできませんよ」
「安心しろ、この部屋は完全防音設備が整っている。殺したあとはこの部屋の地下でコンクリートと共に永遠に眠ってもらう」
お父様、貴方やはりサキを殺しただけある。俺は今人生で最大にヤバイ!
「お、お父様、神に誓って僕は人から頼まれたのではなく、幽霊に頼まれてその手紙を書きました。しょ、証拠ならあります!」
「ほお、見せてみろ」
俺はカバンからサキの写っている心霊写真を取り出し、テーブルに広げる。
お父様は猟銃の引き金に指をかけつつ写真を一枚一枚見ていく。
「こ、これは…」
「それが証拠です」
震える左手でお父様は写真を見ていく。やがて息遣いが荒くなっていく。
全てを見終わり、
「どうやら本物のようだな。合成写真とは思えない…!!」
「わかってくれましたか…」
お父様は猟銃を下げて、
「ああ、疑って悪かった。やはりサキの幽霊は目の前に存在するようだな…ここまで来たら私も逃げも隠れもしないよ」
「お父様」
「なんだ?」
「サキが隣で『謝れ』と言ってます」
「…謝るさ、謝って済む問題じゃないだろうが」
そういうとお父様は靴を脱いでテーブルの上に上がり、いきなり僕とサキに向かって土下座をし始めた。
「申し訳なかった!本当に申し訳なかった!殺すつもりはなかった!サキのことを愛していたんだ。だから大学生と付き合っていると知ったときは嫉妬した。お前と寄りを戻そうと必死であがけばあがくほどお前は遠ざかっていった。そしてあの日偶然お前に会い、強引に暴行した、暴行しながらお前への愛は憎しみに変わっていった。そして仲間たちにも暴行させ、結果として俺はお前を殺してしまった」
そう言うとお父様は顔を上げ、俺と見えないサキを交互に見つめ、話を続けた。
「それからというものずっと怯えていた。
でももう開き直るしかなかった。妻子を守るため、家を守るため、料亭を守るため、そしてそこで働く従業員を守るため、そして自分の地位と名誉を守るため、この真実は時効を過ぎても、俺が墓場まで持っていかなければいけないことなのだと自分に言い聞かせた。極悪非道なことをしたのは充分わかっている。だが、ヤマト君はまだ若いからわからないかもしれないが、世の中のお父さんたちにもし、『正義のために家庭を捨てるか』もしくは『家庭のために正義を捨てるか』と言ったらどう答えると思う?おそらく99%の人間が『家庭のために正義を捨てる』と答えるのではないのかと思う。正義を貫くというのはドラマやアニメのヒーローだけの世界だ。現実はそうはいかない。会社が不正をしていたとしても従業員は家のローンや妻子を犠牲にしてまで告発などなかなかできるものではない。
つまりだ!」
そう言い、開き直ったかのように唇を噛み締め、
「今更何を言ってもどうしようもないってことだよ!」
サキの表情が見る見るうちに怒りに満ちていくのがわかる。
「いいかねヤマト君、こう言ってはなんだが、私は今、サキに土下座をして謝った。残念ながら私にできることはこれだけしかないのだ。
それに事件はもう時効を迎えている。いくら今更私のことを警察だのマスコミだのに言ったところで証拠がない。君は自分の家の床を掘ってサキの白骨死体を見つけるという大工事をお父さんに依頼する気かね?そんなこと言い出したら君はお父さんに精神科にでもつれていかれるだろう。それに仮に見つかったところで私と何か関係があるといった証拠が見つかるのかね?その前に白骨死体がみつかった君たちの家は確実に世間の晒し者になり、むしろ君の両親が真っ先に犯人として疑われるのではないのかね?それでも私が殺したのだと言い切るのならば、私は『名誉毀損』で訴えるよ。君はまだ若いから君のお父さんは莫大な慰謝料を請求され、もはや生活ができなくなることだろう」
「ふざけるな!この人でなし!アタイを殺した罪は世間に見つからなくてもお天道様は見てるんだ!今にきっと天罰がくだるわ!」
サキが隣でお父様の顔を殴りまくりながら叫んでいるが、言うまでもなく殴ろうにも体がすり抜け、また叫び声も一切お父様には届かない。
サキは泣きながら攻撃を加えているが、一人で喧嘩をしているだけに過ぎない。
なんだか俺まで腹が立ってきた。
この人本当にあの綾瀬ちゃんのお父様なのか?いやもうお父様などという気にすらなれない。鬼畜だ!悪魔だ!綾瀬ちゃんがかわいそうだ、そしてなによりもサキがかわいそうだ!
俺はサキのセリフをそのまま鬼畜に伝える。
「ふざけるな!この人でなし!アタイを殺した罪は世間に見つからなくてもお天道様は見てるんだ!今にきっと天罰がくだるわ!」
お父様は目を丸くして、
「ほお、それがサキのセリフかね?それはそれはご愁傷様です。ヤマト君、サキ、天罰など下るなら逆にこの世の中はどれほど住みやすいかね?残念ながらどれだけ悪いことをしても悠々自適に暮らしている人もいるし、逆にものすごくいい人なのに天罰でもくらったかの様に不幸が立て続けに起こる人生もあるんだ。この世は『正義は勝つ』というようなそんなわかりやすいものではない。
私は悟ったんだよ。幼い頃父親がよく言ってた言葉を思い出してね。父親はよく言った『なあにバレなきゃいいんだよ、竜次』ってね」
俺は自分のセリフで鬼畜野郎に向かい叫んだ。
「あんたは悲しい人だ!あんたのような悲しい人を父親に持つ綾瀬ちゃんがかわいそうだ!あんたは卑怯者で最低だ!」
お父様は微笑みすら浮かべて、
「何とでも言いなさい。そんなことは百も承知だ。さっきも言ったとおり、私は仕事と家庭を守るため、正義を捨てたんだ」
「仕事と家庭のため?あんたは自分のことしか考えてない!自分を守るために法治国家から逃げ切っただけに過ぎない。でも、お父様、社会からの制裁はまぬがれても、サキはあんたを死ぬまでそばで呪い続けるだろうさ!」
「呪ったところで一体なにができるというのだね?」
「うっ…」
確かにその通りで、呪ったところでこの男にダメージを与えることなどできやしない。
「天罰でも与えられるのかね?ホラー映画のようにワタシを八つ裂きにでもできるのかね?見えなければなんら恐ろしいものでもないし、たとえ見えたとしてもそのうちその存在には慣れてくるのではないのかね?」
俺は鬼畜野郎を睨みつける。こいつ本当に腐ってる。もはや更生のみこみすらない。
「まあ、たとえ見えないにしても、変なのが常にそばでうようよとされていると陰気臭くて気持ちが悪いのはたしかだ。そこでだ。万が一に備えて、実は今日スペシャルゲストに来てもらっているのだよ」
「スペシャルゲスト?」
「まさ本当に彼が登場するハメになるとはねえ、サキの幽霊などまずありえないと思っていたから今日はそのままお帰りになってもらうつもりだったんだが」
そういうと鬼畜野郎は窓際にある旧式の電話の受話器を耳にあて、ダイヤルを押す。
「…ああ、私だ。彼に来てもらってくれ」
約十分後、後ろの扉がノックされる音がした。
鬼畜野郎はズボンのポケットからリモコンらしきものを出し、何やらボタンを押すと扉が開き、中年女性の従業員に連れられて白装束の少女が入ってきた。
少女…いや違う少年だ、あれ?こいつどっかで見たことがある。
「どうだね?驚いたかね?テレビでお馴染みの天才除霊少年の江口礼二郎君だ」
あいつか!今が旬の超有名人じゃねえか!この鬼畜野郎、どれだけのギャラをつぎ込んでこいつを呼んだんだ?
「心配不要だ、今日はテレビカメラなど入ってないよ。じゃあ江口君、さっそくこの部屋にいる悪霊を追い出してくれ」
「……」
江口はじっと睨みつけるようにこちらを見ている。その視線は迷うことなくサキに注がれていた。
「な、なによアンタ!ま、まさか…アタイが見えるの?」
「……」
「お、おいお前、俺はサキの代理人のヤマトっていうんだ!い、言っとくけどサキは悪霊なんかじゃない!サキはこの男に殺されたんだ!」
俺は思わず江口に向かって叫ぶ。
「江口君、この少年は少し頭がおかしい、それこそこのサキという幽霊にとりつかれているかもしれない、さあ早く除霊してくれ」




