告知
俺に対するサキからの復讐というものは精神的恐怖を与えられるということであった。
それから約三日が過ぎたが、サキは全く姿を現さない。
でもいつどこでどんな風に現れるか見当がつかないため、何をしてても落ち着かない。
風呂に入ろうが心が安らぐことがない。
夜は眠れず、眠れたとしてもなんだか怖い夢を見てしまう。
怖い夢についてもサキの仕業とまでは思えない。
今の状況が状況だけに俺が勝手に怖い夢をみてしまうのだろう。
不眠状態で心身ともに疲れ果てていた四日目の夜、それは勉強中に始まった。
英会話のCDを聴いていると、外国人の女性が淡々と英文を読み上げている背後から男たちのあざ笑う声と、女の子の悲鳴のようなものが聞こえてきたのだ。
思わずCDを止める。
な、なんだよ。またサキの仕業か?
次の瞬間、耳元で男のあざ笑う声と、女の子の絶叫が聞こえてくる。
あたかもヘッドフォンでホラー映画のワンシーンを聴いているような感じだ。
この声は間違いなく俺の耳にしか聞こえていない。感覚でわかった。
ウォークマンの音楽が自分にしか聞こえないのと一緒である。
だが、これはウォークマンと違って、ヘッドフォンをはずすと聞こえなくなるわけではない。耳の鼓膜がある限りは延々と聞こえるのだ。いや下手をしたら耳の鼓膜が破れても聞こえてくるのではないかと思う。
「うるさいうるさいうるさい!!」
どんなに叫ぼうが女の子が強姦されているような叫び声及び、男たちのあざ笑う声が延々とリピートされている。
「サキ!でてこい!やめろ!」
しかしサキは一向に出てこない。
俺は思わず外に逃げ出すものの、声はついてくる。
外せないヘッドフォンで悪趣味なヘビメタをボリュームマックスで聴かされている気分
である。もちろんヘビメタならまだいいが、強姦から殺人に至るまでの残虐シーンの音源を延々とリピートされるというのがどれほど精神的に苦痛なものか、言葉で表現できるものではない。
俺は気づいたら近くのスーパーの駐車場でしゃがみこんでひたすら両耳を抑えながら叫んでいた。
「サキー!!もうやめてくれ!!」
俺はすでに敗北宣言をする方向に心が向いていた。
綾瀬ちゃんの幸せのため、あの手紙だけは絶対にお父様に見せないと心に誓いながらも、サキからの制裁にはかなわなかったのだ。
自分の口先ばっかりの愛情に思わず涙が出そうになる。
サキは俺に全く触れることもなく、過去の怨念というネタだけで敗北に追い込んだのだ。
どこからともなくサキの声がした。
「アタイのお仕置きはどうかしら?これはまだレベル1だと思ってね。まだまだすごいのが用意されているけど、体験する?」
「し、しない。情けないけど、俺の負けだ…」
こんな状態が延々と続くのは明らかに無理だった。
すると両耳の惨劇音は消えた。
そして四日ぶりにサキの姿が現れた。満面の笑顔、否、笑顔というよりも大爆笑していやがる。
「じゃあ、手紙を渡してくれるのね?」
俺はサキの顔を見上げながら、
「そうするしかないみたいだな…」
俺はサキが幽霊であること、そして幽霊というのはやはり怖いものなのだということを改めて思い知らされた。
ぐったりと疲れた俺だったが、四日ぶりにみるサキの満面の笑みを見て、なぜか安心してしまう俺もいた。
その日の夜、俺はこれまでにないほど深い眠りに入った。
8月中旬、 夏休みも後半を迎えたその日、俺はいよいよ例の手紙持参で綾瀬ちゃんのお父様、川島竜次氏に会いに行った。
時刻は午前十時。
この日綾瀬ちゃんは学校に用事があるとのことで留守だった。
どうやら生徒会の役員をしているらしい。
綾瀬ちゃんがいるとどうしても手紙を渡しづらくなるため、あえていない日に持っていくことにしたのである。
相変わらずの大きな門の前で、深呼吸。
サキは何を考えているのか、隣で一言もしゃべらずに大きな門を睨んでいる。
門の中に入り、徒歩一分、玄関扉の前でもう一度深呼吸する俺。
「緊張してるの?」
「当たり前だろ!俺はこれからお父様にとって煩わしい存在となるんだぞ」
震える手でインターホンを押す。
ピンポーン。
数十秒後、
「やあヤマト君、お待ちしていたよ、入り給え」
扉が自動的に開く。
従業員のオバさんが長い廊下を案内してくださり、俺はある和室へと通される。
お茶を用意され、オバさんが去ると同時にお父様が入ってくる。
胡座をかいて座るお父様。
「君も楽にしたまえ。いやあそれにしても君が私に話があると聞いて、なんだろうって思っていたけど、だいたいわかるよ」
「えっ?」
「綾瀬との交際を正式に認めて欲しい、結婚を前提とした交際を認めて欲しいってことだろう」
「えっ、い、いや」
「ははは、君の顔にそう書いてあるよ。そんなの言うまでもないさ。私は初めて君にあった時から、綾瀬には君しかいないと思っていたんだ、むしろこっちの方からお願いするよ」
「え、あ、あ、ありがとうございます!」
なんだなんだ、すごい早とちりだぞ、お父様!
「ヤマト!アンタもう目的を忘れたの!」
「うるせ…あ」
お父様が目を丸くする。
「あ、い、いやなんでもありません」
「そうか、まあ、君のような好青年は将来も楽しみだ。ああ、言うまでもなくもちろんうちの店のあとを継げとかそういうことは言わないからね、ハッハッハッ」
あんまり褒められると手紙を出しにくくなるんですけど…。
それからもお父様は俺のことをベタ褒め。綾瀬ちゃんがよほど俺のことをお父様に好印象に伝えているらしく、俺の手のひらには汗が溜まる一方だった。
「ヤマト、もうこの辺で手紙だしてよ」
「……」
「今日は出せなかったとは絶対に言わせないからね」
怖い声でサキが囁く。
「わ、わかってるよ」
俺はせっかく好印象を持たれている綾瀬ちゃんのお父様に断腸の思いで告げた。
「お父様、今日は綾瀬ちゃんとは全く別件でお話にきました」
「ほお、なんだね?」
お父様が口元をとんがらせ不思議そうな顔をする。
俺はまたもや深呼吸をして一気に本題を告げる。
「藤原サキ子さんって方をご存知ですか?」




