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03

 シキサが目を覚ました時には、既に太陽は沈み、代わりに現実世界で見るよりも遥かに大きい月が夜闇を照らしていた。睡眠を取り、ある程度疲労感が無くなった事を実感すると、シキサはベッドから降りながらタブレットを操作してブーツと鼠色のローブを装備してプレイヤールームから出て行く。

 NPCはAIによって決められたアルゴリズムにより、大多数が寝入っている。プレイヤーの大半も現実世界で過ごしていた時と同じように睡眠を取っている時間帯だ。故に、夜の『ディムブリック』には昼間にあった人混みは消失しており、代わりに野良猫や野良犬が我が物顔で徘徊している。

 人がいなくなった道でも、シキサはハイディングの効果があるローブを身に纏っている。ここまで徹底して人との接触を避けているのには訳があるのだが、今から向かう場所にいる人物に会う為には彼の事情を無視して赴かなければならなかった。

 同じ南地区であるが、中央にほど近い場所に建つ建物。その一階部分に存在するプレイヤールームへと、シキサは向かった。

 辿り着いた建物の一階のある部分だけが、他の建物と違って窓から明かりが漏れ出していた。シキサはその灯りが漏れている部屋の扉の前へと赴くと、鼠色のローブを外して紅のコートを装備する。

 扉を押して開ければ、シキサのプレイヤールームとは打って変わって店と言う趣になっている。天井に備えられた灯光オブジェクトが店内を優しく照らし、扉の両脇にある棚には回復アイテムから魔石、果ては装備までと幅広く取り揃えられており、カウンターが奥にあり、更にその奥には扉がもう一つ設けられていて、そちらはプライベート空間と化している。

 雑貨屋スォッグ。それがこのプレイヤールーム兼ショップの店名である。この部屋は十二畳ばかりあり、シキサのプレイヤールームの二倍の面積を誇っている。その理由としては、ゲーム内で稼いだ金銭でプレイヤールームに拡張を施したからだ。拡張には特に制限が無く、ゲーム内故に現実と違って空きスペースが存在しなくとも拡張は可能となっている。

 カウンターでは、茶の短髪を隠すように手拭いを頭に巻き、この世界観では異色な紺色の作務衣の左肩の部分に銀色に輝く肩当を装着している二十代も半ばの男性が椅子に座り、頬杖をついて店へと入ってきたシキサへと山吹色の眼と髪と同色の顎髭を蓄えた少々痩せこけて傍から見れば疲れていて何もかもにやる気を見い出せないように見える顔を向けていた。額には鬼人の証である一本の角が垣間見る事が出来る。

「よぉ。やっとこさ御来店かよ」

 隠す事も無く盛大に欠伸を掻き、気怠そうにしているこの店の店主――スォッグが頬杖をつきながらシキサを手招きしてカウンターの前まで来るようにと促す。シキサは首肯するでも、声に出すでもなく、ただ無言でカウンターの前へと歩く。

「ったく、ドロップアイテムを換金すんなら、もう少し早く来いっての。お前が地下二十七層のポータルを解放してからもう半日経ってんだぞ? 解放されたっつー情報が来てからずっと店のカウンターにいてやった俺に何か言う事はないのか?」

 背後の壁に掛けられたレトロな時計を指差し、ジト目になりながら、スォッグはシキサを軽くねめつける。時計の針は午前の二時を回ろうとしていた。

「これ等を換金してくれ。あと、換金した金で買えるだけの魔石を」

 しかし、シキサは何処吹く風と言うようにタブレットを手にしてメニューを操作して今回の地下迷宮攻略で手に入ったドロップアイテムの名前をタップし、カウンターの上へと出現させていく。

「即売買の話かよ……。シキサには十二時間も健気にお前が来るのを待っていた俺に対して何か労いとか謝罪の言葉とかはないのか?」

「わざわざ済まなかった」

 と言いつつも、シキサは視線をスォッグに向けず、タブレットを注視し、更には頭も下げずにドロップアイテムを出し続けながらの謝罪であり、謝る気持ちが一向に伝わる気配が無かった。本心で言っているのかさえ怪しいものである。

「お前なぁ。……まぁ、シキサのその性格は今に始まった訳じゃねぇから別にとやかくは言わねぇけど」

 七ヶ月もシキサと相手をしているスォッグは諦め半分でこれ見よがしに盛大な溜息を吐く。

「けどなぁ、そんな性格のままじゃ現実世界に帰れた時に人間関係で苦労するぞ?」

「これで全部だ」

「相変わらず言葉のキャッチボールが成立しねぇなおい」

 そう愚痴を零しつつも、スォッグはシキサを店から追い出すような真似はしないし、ブラックリストに追加して店に入れないようにする事も無い。シキサがこのようになってしまった境遇を人伝で聞いているのに加え、そうなる以前のシキサを知っているから、スォッグは彼を蔑ろにはしない。

「で、何々……」

 スォッグはシキサが出し終えたドロップアイテムを触り、ホログラムウィンドウを表示させて名称と説明文を確認する。通常のモンスターからのドロップが大半であったが、その他のドロップアイテムにスォッグは目を少し見開いて息を吐く。

「……ほぉ、流石はボスのドロップだな。この『牛帝の皮』とか『牛帝の角』、それに『牛帝の骨』なんかで良い防具が作れそうだぞ。その他に良さげなのは『コルン鉱石』と『コノピの種』だな。これで今まで調合、錬金リストに存在してても素材が無くて出来なかった薬と魔石が作れるようになるな。特にこの『コルン鉱石』。これ何処で手に入れた?」

「二十七層。で、幾らだ?」

 スォッグの問いに至極簡単に答えて、シキサは先を進めようとする。そんなシキサに渋面を作りながらスォッグはより詳細な問いにして聞き直す。

「いや、それは分かるんだよ。俺が訊きたいのは二十七層の何処かって話だよ。ギルドの奴等でも見付けられなかったんだからな。で、何処だ?」

「幾らだ?」

 シキサは頑なに答えようとしない。しかし、流石のスォッグも商品のバリエーションを増やしたいが為にこれだけはシキサと張り合う事にした。

「質問には答えような? これだけは答えて貰わないとドロップアイテムの買い取り値段は言わねぇよ。つーか、買い取りすらしねぇよ」

 眉根を寄せながらスォッグに買い取らないと宣告されてしまったシキサは、一瞬渋い顔をしてから、タブレットで地下二十七層のマップを出し、それをスォッグに見せながら説明する。

 地下迷宮『エディグローム』は迷宮と名はついているが、全部が迷路のように入り組んでいる訳ではない。層によってはただ広大な空間が目の前に広がっているような所もあれば、全面膝の高さまでの水で満たされた森林の場所もある。また、どの層も一日二日で突破出来る程狭くはなく、いや、何も考えずに全力で駆け抜ければ数時間でボス部屋へと辿り着けるが、それは運の要素が強く、最短でも五日は掛かる程の広さを誇っている。なので、地下迷宮を攻略する場合は『プチポータル』と呼ばれる機能が必須となる。

 プチポータルは地下迷宮で発動すると、その場所の座標軸を記録し、街へと転移する。街でプチポータルを発動すれば記録した座標軸上へと即座に転移する仕組みとなっている。このプチポータルは消費アイテムではなく、タブレットの機能の一つとして何度でも使えるが、使用限度が『エディグローム』と『ディムブリック』でそれぞれ一日に一回、記録出来る座標軸は一つまでとなっている。また、自身が記録した座標軸を他プレイヤーへと送る事も可能であるが、ボスエリアのみポータルが存在する為に座標軸を記録する事は出来ない。しかし、あくまで座標軸の記録が出来ないだけであり。ボスエリアからプチポータルを使い、『ディムブリック』へと転移する事は可能となっている。

「……地下二十七層の北西部に湖があるだろ。そこから更に北東へと進んでいくと洞窟の入り口がある」

「ちょっと待て、あそこの湖からじゃ北東には進めねぇんじゃねぇか? 岩盤で塞がれて、魔石でも破壊不可能って話だぞ?」

 地下二十七層は太陽の差し込まない街道のような様相となっており、光源は太陽の代わりに天井部分に備え付けられた自然発光する鉱石のオブジェクトが賄っている。また、この層の北東、南東、南西、北西部にそれぞれ直径二キロメートルにもなる湖が存在しており、そこから森の中や洞窟へと向かえるようになっており、唯一北西の湖から行ける洞窟の入り口だけが強固で巨大な岩盤で塞がれており、奥へと行く事が出来なくなっていた。

「どうでも良いだろ」

「どうでも良くねぇだろ。きちんと話せよ?」

「……湖の畔の一角に他と少しだけ色が違う小石があったから、それを蹴ったら岩盤が無くなった」

 シキサはマップを表示したまま、指先で画面の左下にあるボタンをタップし、自身がタブレットのカメラ機能で撮影したスクリーンショットをスォッグに見せる。確かに、湖の畔と思しき場所で灰色の石が散らばっている。その中で一つだけ灰褐色のものがあるのを確認出来る。

「成程、そんな仕掛けがあったのか。……つーか、普通気付かねぇよそんな小石。ゲームの開発者はTMをクリアさせようっつー気があんのかね?」

 スォッグはかなり分かりにくい解除装置に頬杖をつきながらげんなりとする。普通のゲームであれば、あからさまに怪しい機械を置いたり、他のオブジェクトに紛れていたとしても光を放ったり等で道を塞ぐオブジェクトの解除を行う為の装置をプレイヤーに気付かせるような配慮が施されているのだが、『トライバルミックス』では特にそのような仕様は為されておらず、自身の考察や補助スキルに頼らなければダンジョンに隠された道を見付け出すのは困難となっている。

「知るか。で、その洞窟の分かれ道を右、左、右、右と行くと鉱石が取れる場所に出る。そこで手に入れた」

「そうか。じゃあ、その情報は掲示板で開示するぞ」

 スォッグも自身のタブレットを取り出して共同掲示板へとシキサから訊いたコルン鉱石の情報を書き込んでいく。攻略をする際に有益な情報を手に入れたならば、掲示板へとアップして他プレイヤーへと知らせる事が出来る。掲示板で取り扱う情報には情報を売買するプレイヤー――所謂情報屋は関わっておらず、情報屋はより詳細で信憑性のある情報を買い、それを直接プレイヤーへと売っており、その多くが攻略の助けとなっている。

「で、その洞窟にボス部屋があったのか?」

「あぁ。で、結局幾らなんだ?」

 タブレットで文章を書きながらも、しっかりとシキサの眼を見てスォッグは確認を取り、シキサは頷きながらも急かすように買い取りを促した。

「悪い悪い。もう少しだけ待てって。……これで良しっと」

 文章を入力し終えたスォッグはそれを掲示板へと乗せ終えるとそのままタブレットを操作して電卓画面を映し出す。

「大半が二十七層の通常モンスターのドロップだからここは正規の値段でな。『コルン鉱石』が六つ、『コノピの種』が四つ、あとボスドロップの素材は希少価値がまだあるからちょいと色を付けて……一万六千六百ネンだな」

 スォッグは電卓の計算結果に数字を表示させる。ネンとは『トライバルミックス』内で使われる通貨であり、ベータテスト開始時にはテスター全員に千ネンが配布されている。

「そうか。じゃあ、それで買えるだけの魔石を買う」

 シキサはスォッグのタブレットに表示された値段を見て、即座に売却から購入へと目的を変更する。

「そうだな……『火炎』と『氷結』、『雷電』に『疾風』の魔石を八つずつ、『麻痺』、『睡眠』に『猛毒』の魔石を四つずつにしとくか?」

「それでいい」

 前者の単価が四百ネンで計一万二千八百ネンで、後者の単価が三百ネンで計三千六百ネン。合計で一万六千四百ネンとなったので、スォッグは買い取り金の残りである二百ネンと魔石四十四個をシキサのタブレットへと通信で送る。シキサは自身のタブレットの画面を確認し、しっかりと送られてきた事を確認するとタブレットを仕舞ってスォッグに背を向け、店を後にしようと歩き出す。

「因みによ、シキサ。お前はこの後どうすんだ?」

 スォッグは頬杖をやめ、出て行こうとするシキサに声を掛ける。

「地下二十八層に行く」

 立ち止まったシキサは顔を向けずに簡潔に述べる。

「こんな真夜中にか? 今の時間帯じゃ地下迷宮を攻略してるプレイヤーなんて殆どいないぞ? いや、そもそも地下二十八層は明日……じゃなくてもう今日か。今日の朝九時に数パーティーで探索を開始する事になってるからまだ未開拓でどんな場所だっつー情報が無いぞ?」

「関係ない」

「関係ないって……、お前は一発でも攻撃食らったら死ぬんだぞ? 攻略プレイヤーが今の時間帯に殆どいないって事は、自分のピンチに助けが来ないって事なんだぞ? 分かってんのか?」

 攻略プレイヤーはそれぞれでパーティーを組んで地下迷宮へと赴いているが、それでもパーティーだけでは切り抜けられない事態――例えば、パーティー全員が罠にかかってしまう。モンスターハウスへと足を踏み入れて四方八方を囲まれてしまう等――に陥ってしまう可能性をゼロには出来ない。そのような事態も無くす為に、なるべく他のパーティーが行動する時間帯と同じ時間に攻略を進め、互いをフォローし合うような暗黙の了解が為されている。

「そうだな」

 しかし、シキサはあっさりと認めたうえで、やめるとは一言も言わずに再び足を動かす。

「おい、ちょっと待て!」

 スォッグは立ち上がって、先程までの気怠そうな雰囲気を彼方へと吹き飛ばし、颯爽とカウンターを跳び越して今まさに扉の取っ手へと手を掛けたシキサの肩を力強く掴む。

「シキサ……クリア目前の階層には何があるか分かんねぇんだぞ? 実際、前の地下二十六層には見た事も無いトラップが二種類も増えてたじゃねぇか。それで攻略パーティーが三つも消えちまった」

「それが?」

「てめぇ! 他人事みたいに言ってんじゃねぇぞ!」

 自分には関係が無いと言わんばかりの口調に、スォッグはシキサの体を自分に向けるように反転させ、胸倉を掴み、眉を吊り上げて顔を真っ赤にして怒鳴る。

 怒鳴った理由はある。「それが?」とシキサが口にしたからだ。しかし、それはシキサが攻略パーティーが三組も消えてしまった事に対して「それが?」と言ったのではない。複数人で組んでいるパーティーですらどんどん脱落していく危険な状況でも、他人に頼らず、ソロでの攻略を譲ろうとしないが為に発したのが「それが?」の一言であった。明らかに死ににいくような言動に、スォッグは憤った。

「確かにな、シキサのような境遇に陥れば一人になりたがるのも分かる! けどよ! それで命を落としちまったら意味ねぇだろが! 一撃でゲームオーバーになっちまうお前なら特にだ! ログアウトの為にクリアを目指すならそろそろ他の攻略プレイヤーとも手を取り合っていけ! それがお前にとっても、他のプレイヤーにとっても大切な事なんだよ!」

 シキサの身を心配しているからこその怒りである。ここまで他人の為に怒れる人物はそうそういないだろう。

 しかし。

「うるさい」

 聞く耳を持たないシキサは目を細め、感情の消え失せた声音で一言そう言うと胸倉を掴んでいるスォッグの手を払い除けると再び扉の取っ手へと手を伸ばす。左手にはタブレットが用意されており、店を出た瞬間に紅のコートから鼠色のローブへと装備変更出来るようにし、万が一にもスォッグが追い掛けてこようとも捕まらないよう準備を済ませている。

 だが、伸ばした手が取っ手を掴む事は無かった。それはシキサが考えを変えたからでも、スォッグが強引に阻止したからでもない。

「あの……」

 殆どのプレイヤーが寝静まったから時間帯であるにも関わらず、雑貨屋スォッグへと訪れた女性プレイヤーが扉を少し開けて店内の様子を窺ったからであった。





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