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第一談 奇人変人でも美人6

×××

「はぁ……」


 あの日から二カ月後。俺はいまだに鈴宮司に謝るどころか話し掛ける事すら出来ていなかった。お察しの通り相変わらずストーキング……ゴホン、ばれない様に目で追っているだけだ。


 やっぱり気になるのが本音であって仲良くなれなくても避けられるのだけは勘弁してもらいたかったから、謝るチャンスをうかがっていた。場合によっちゃ大家さん相手に多用するローリング土下座を今回ばかりは使おうかと本気で思った。


「チョ~ス、今日もマジでアチーな!」

「あ、あぁ……」


 気が付けば時節は入道雲が空へ立ち上りセミの鳴き声がこれでもかって程強まってきた夏休み二週間前になっていた。本日も猛暑が予想される朝だ。こう意気消沈していると暑さが癇に障って嫌になる。


「はああ」

 そんなこんなで教室前の廊下で、窓ガラスを開けサッシに肘を突き頬杖をしている俺に、今日も相変わらず元気でちゃらんぽらんな服装をしている木更津が片手を上げて登校してきた。


「なんだよ元気ねーな! これから夏休みなんだぜ? 水着の姉ちゃんが俺たちを待ってるんだぜ!」

「うろせーな。暑苦しいから近寄んなよ」


 確かに木更津のテンションがバカみたいに高くなり人の肩に腕を回したくなる衝動は分るが、制服が夏仕様に変わりお互い裸Yシャツをしているから体温がもろに伝わってきて尚更暑苦しいからこれ以上近付くな!


 香水臭い体をぞんざいに押し退ける。


「なんだよ~ツメテ~な、もしかしてまだ気にしてんのか? あの日のこと?」

「はぁ?」


 お前はエスパーなのか? エスパー木更津なんですか? あの日の事は誰にも言ってないぞ。もちろん親友であるこいつにも、あの後鈴宮司が見せた世界の終わりを連想させる表情が二カ月経った現在でも気になり夜も寝れないなんて……そんな恥ずかしい話が出来るか!


「私にはすべて分かりますぞ、恋焦がれている少年の心の悲鳴が聞こえるのですよ」

「違うわい! あそこのグラマーな先生の胸元が気になってしゃーないんだよ」


 どこぞの名探偵に影響されたのか顎に手を当ててどや顔をするバカに、大好物の巨乳教師が眼下で車から降りて豊満な胸元を揺らしているの指先で教えてやる。俺の心の声を聞くより巨乳が揺れる音を聞け。


「え、またまたそんな適当な――おお、おースゲー! 谷間が見放題じゃんよ~。くそーここからじゃ良く見えねー」

「んなら二階にでも行けよ、まだ荷物とかいろいろ下ろすみたいだから」


 それに間髪入れず「そうするわ~」って言い残し風のように走り去るアホ。今時のイケイケドンドンの男子高校生が、異性の体でエロスを感じる部分は胸なんだとあいつの喜び方を見たら思う。きっとこの学園の男子生徒の過半数はあれにくぎ付けになるんだろう。


「まったく嘆かわしい。俺は俄然胸より大和撫子の綺麗な黒髪のがそそられるんだが――」


なんて下らない個人の女性理想像を木更津に触発されて想像している。日本人形とは真に美しい芸術だと思いますぞ。


 と、妄言を呟いていたら職員専用駐車場にそんな想像、いや妄想に出てきた理想的な黒髪美人の後ろ姿を発見してしまい――


「んん?」


 再度していた癖の頬杖を取っ払いその手でサッシを掴んで朝陽で輝く後ろ姿を目で追っていた。


 そこには時間も時間なので大小様々な自家用車が整然と停められている。その中を校庭に通じる入口方向から体育館方面の末端に妖艶な後ろ姿は進んで行く。


 ちょうど俺がトラ助探しで右往左往していた側溝の上を歩いているように見える。午後に比べて午前は日当たりがあまり良くない駐車場を、理想のタイプの女――ゴホン、あの奇人で有名な鈴宮司が無駄な動作を一切しないで「そこに山があるから登る」のと同じ気概でもあるのか、当たり前のように体育館裏に向けて歩いている。


「ダメだ! そっちに行くな!」 


 突拍子もなく窓から盛大に叫んだ。


 背後でセミ時雨れ以上に騒がしい同級生が往来している状況なのにな。驚いて荷物を落とす輩がいるがスルー。


 それよりも、今は現在進行形で俺が変な体験をして上で近付きたくない怪しい空気が流れる体育館裏に、散歩感覚で行こうとしている鈴宮司の方が心配であった。


 でも、叫んだ時もこうやって思案しているうちにもどんどん鈴宮司はデットゾーンへと何の迷いも無しに近付き――


「おい、マジかよ」


 立ち止る事なく、ここからじゃ四角で様子が伺えない体育館裏へと吸い込まれるように入ってしまった。


 やばいぞ! あのバカなんで体育館裏に行ったんだ、俺には近づくなって言っときながらよ。そこにはトラ助はおろか人間すら近寄る事がない禁断の隙間だぞ。流石のお前でもそんなとこにわざわざ朝から行く理由があるのか?


「あ、……あるのか」


 多分あいつの事だからあるに違いない。常人なら近寄る事を躊躇う場所に、あいつなら豪快にスライディングしながらご来店し兼ねない。フルフェイスのヘルメット被りながら銀行に振込みしに行きかねない。


 しかも、あそこに消える前に肩の包みを握り絞めたのを俺は見逃さなかった。この際少し鈴宮司の単調な歩調が早まった気がしたがそんなのどうでも良い。それよりも模擬刀を手に取る理由の方が重要だ。


 って事は、今あそこで何かが起きていてもなんも不思議じゃない。むしろ起きていると考えた方が利口かもしれない。


「ああくそっ!」


 気になって仕方ないじゃないか。ここでもやもやしてるなら、直接確かめに行くのがベストだ。よし、覚悟を決めて行くぞ! 寺嶋剣市、いっきまあああああああああ――


「あの……、寺嶋くん」

「ひぇい?」

「“死相”が見えてるよ?」


 ポカーン、ぽかーん、ぽか――。


 人が一気呵成、ようやく走り出そうとした瞬間に、背後から意味不明な言葉が飛来し唖然としつつ振り返る。


 あれ可笑しい。鈴宮司が俺の目の前にいる訳が無いのに、


「このままじゃ“死んじゃう”かも。どうしよ、寺嶋くん死んじゃうよ、死んじゃうよ」なぜ二回言う。


 目の前の、結構可愛い女の子が毒電波を容赦なく浴びせてくる。


 た、大変だ、ここにも変人がいるぞ! しかも同じクラスの彬音天子リンネテンコじゃないか。こいつもあちら側(無論、鈴宮司側と言う意味だ)の人間だったのか? 


「あ、テンテン! 今日の運勢占ってよ~」

「昨日の予言当たったよ~今日もお願い」

「えあ、ちょっとまだてら――」


 数人の女子に彬音天子が両腕を掴まれ引きずられる様に連行されていく。


 一体なんだったんだ今の? 初会話でありながら死相が出てる発言をした彬音が、入り口の前で徒党を組む女子に群がられ教室へと引きずり込まれて消えた。


「やれやれ、意味が分からない」


 第一死相ってなんぞや? って考えながら廊下を昇降口へと向けて走る。


 生まれて初めて死んじゃうかもなんて言われて正直戸惑っている。しかも優等生で良い子と有名な彬音にそんな事を言われたら気になって仕方ない。


「おお、剣市大変だぞーこれみろよ」


 今度はお前か。


 二階に下りて間もなく巨乳を見物しに行ったはずの木更津が今度は雑誌を片手に現れた。少し慌てている様に見えなくもない。


「なんだよ今忙しいんだよ!」

「お前、今日“死ぬ”ぞ!」

「はあぁぁあぁぁ」


 お前までなにぬかすんだよ。しかもイケメン面で。


「いま巷で人気の占い師が、名前に寺と嶋と剣と市が付く男で、頭髪純正の黒、表面上はクールで不良じみているが、実はストーイング癖がある高校三年生が、今日死ぬって予言したんだよ」


 おい、“と”を消したらじ・つ・め・い! まんま俺だバカ。【付く男】を軽く飛び越えてコンプリートしちゃったよ。どう考察しても俺への嫌がらせとしか思えない。


「あほ、適当に決まってんだろ。こんな女々しいモン読んでじゃねーぞ」

「バカ、モテル為には話題が大切なんだよ。それに神々神神(こうごうかみがみ)先生はすげーんだかんな」


 なんだそのごもっとも過ぎる意見に胡散臭いだけの名前は。残念だが俺は非科学的な占いやら予言とか霊能力関係は信じない人間だ。断じて信じないんだ。大事だからもう一回いう断じて――。


「アホか。なら助かる方法を聞きたいものだな」

「んと……黒髪の心優しき女が守ってくれるって」

「はああああ」


 下級生の視線を感じる一階に通じる踊り場で、盛大に木更津のバカな発言に不満を叩き突ける。


「全然駄目じゃん、信用ならん。悪いが忙しいから後でな」

「お、おい、そいつの言いつけは守れよ! 意外と近くにいる女だって神々神神先生も言って――」


 これ以上は毒電波を受信しない為にも話の途中だったが登校者で溢れ返る階段を駆け下りる。親友と級友を疑いたくないが、仮にも死期が近い奴がこんなに激しく階段を下りれるもんなのか。バカらしくて余計信じられないな。


「ほっ、ほっ、ほほっと」


 だから好みの女子に心配そうに“今日死にます”や幼馴染みの親友に“死ぬぞ”。って言われても、俺は冷めた人間でクールな男だから真に受けない。それを真に受ける方が馬鹿げているだろ。


 てな訳で、何時もとなんら変わらない肉体で騒がしい昇降口を目前にスピードを上げる。相変わらず生活指導のハゲが何人かのチャラ男を捕まえて説教を垂れているのが見える。


「おい、君。左足が痛くないかい?」


 それに目を取られていたので擦れ違い様にそう言われても反応が遅れた。


「……、一応確認だが俺に言ったのか?」


 前のめりになりつつ立ち止り振り返ると、そこにはセーラー服の下から真っ黒なパーカーのフードを目深く被った明らかに不気味な女子が俺を見て薄く口元だけで笑っていた。


「君以外は普通だからね。“今日君は死ぬ”かもしれないよ」



 周りを見渡した謎の女子が俺に本日三回目の死亡予告を告げてきた。


 異様なオーラを感じるのは見た目のせいだよな?


「な、何を根拠にそんな事言ってんだよ」


 なんでこいつが左足の事知ってる? もしかしてこいつがラッキーアイテムの黒髪の女か?


「ふーむ、子猫と人間の怨念だな。一応、今は大人しくしているみたいだが、」

「なんだよ……」


 初対面の俺の体を舐めまわすように巡視したフード女が指先で頬を掻き黙り込む。


「私にはどうにも出来ないから諦めた方が良いな。あいつに任せれば大丈夫だと思うけど」


 かなり意味深な事を言う。なんで俺の顔色を窺うは様な間の取り方をすんだよこいつ。


「君、見るからに不真面目そうだから望み薄だね。君、人を平気で傷付ける事言う類の分類に見えるからなね、あの子そう言う人間嫌いだからさ」

「な、お前失礼な女だな! フード被ってる不気味な女に言われたくないわ!」

「ふー、せっかちな奴だ。これは霊気を集める為に必要なんだぞ?」


 いい加減イライラしたのでフードを強制的に全面にずらし毒電波を遮断して無駄な時間を繕う為に、今度は猛ダッシュで靴を履き替え体育館裏へ。


 フードが何を言っていたかなんて耳には届いていなかったし、誰かの事を言っていた様だが、どうせろくな奴じゃないと思い気にも留めなかった。


 今日は違う意味で厄日に違いない。未成年だからタバコや酒もやらないし持病を持っている訳じゃない少年が、ある日突然心臓発作でポックリ逝く訳が無い。


 それならあれか? 交通事故で死んじまうってことか? 街角の母の勝手な狂言で俺は死ななきゃならんのか?バカバカしいにも程があるわ。俺が死ぬ訳あるかよ!


 黒フード女が指摘した左足に極端に体重を置き最後のコーナーを攻め切り目的地の駐車場に無事到着。


 そこにはHRの時間が迫るだけあり巨乳の先生はおろか洗濯板もいなず、良い感じに日差しが校舎に遮られて春先の涼しさを感じる。ここに来るまでYシャツ一枚でも暑かったのにここではむしろもう一枚上着が欲しいほどだ。


 そんな駐車場を進み忌々しい体育館裏が見えてくる。あそこで鈴宮司は何をしているんだ。トラ助を探してるならそこにはいないと注意しないとな。


「ん? なんだこれ?」


 御札か?


 順序良く車が駐車されていた視界にぽっかり穴が開き、アスファルト色が気になったから視界をそこに向けると、黄ばんだわら半紙の様な素材で出来た“結”と書かれた紙が白線できっちり囲まれたスペースの中心に貼られているのに気が付いた。


「あ、剥がれた」


何気なく触ろうとしただけの多分、御札が指先に触れると風も無いのに舞い上がり体育館の方に飛んで行き、若干嫌な予感が脳裏を過り唾を飲み込む。


「うむ、解せぬぞこの感じ」


 毒電波を浴び過ぎて感覚が可笑しくなったのかも知れない。わりーちょっとびびり始めた俺がいる。電波さんが変な事言うから結って字体が血で書いた物で触ってはならなかった物だったとさえ思えてきた。


 そして嫌な予感が確信と変わる瞬間を目撃してしまった。


「最悪だ」


 御札が明らかに暗い体育館裏に掃除機で吸い込まれる様に不自然に回転して吸い込まれた。


「まあ慌てなさんな。一休さんだってトンチの前に一休みするんだから俺も――」


 それを見て少しだけ休憩ついでに考える。本当に少しだけだぞ! 別に怖いとか行きたくないとか思って無いぞ!


「きゃあああぁぁぁ」

「!」


 なにがどうなったか見当もつかない。女性の断末魔の叫び声が、なんか薄暗いひんやりした駐車場にこだまして神経がゴムまりの如く弾んだ。電気ショックを受けた様に体が弾んだんだよコンチキショー。ごめん、ビビっていますとも……。


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