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第一談 奇人変人でも美人1

第一話  奇人変人でも美人


 始まりは高校に入学し三度目でもうどうでもいい春の事だ。


 俺は毎日、小学校低学年からの悪友で親友の木更津剛(きさらずつよし)と、高校三年生特有のだらしなさを全開にしながらダラダラと最後の高校生活をスタートさせていた。


 進学校の高校三年だからと言って心機一転勉学に勤しみます。なんて事にはならない。教師泣かせの異名は伊達じゃないってことだ。


 だから先に述べた様にダラダラと学園生活を過ごしていた。


 その生活はトータル的には何ら変わり映え無い時間だった。授業中には高級睡魔の召喚に見事成功して、腕に根っこが生えたが如く机に突っ伏す。んで、休み時間は木更津とベランダなんかでくっちゃべっているのだ。


「お前も変わらないなぁ、早く彼女作れよ?」


 そして今も快晴の空を見上げながらベランダで他愛もない話をしている最中だ。


「変わらないかぁ……」


 茶髪でピアスを学級主任の男性教師に取れと言われても頑なに拒否するお前と比べたらそりゃ俺は小学生から何にも変わっちゃいない気がする。


「ふう」


 親譲りで色素が濃い黒髪をかき上げため息を吐く。


 そんな昔からの悪友との悪ふざけを優先したせいか。女運なんてもんは皆無で、学力だってボーダーラインをスレスレで回避しているくらいのチンケなもんだ。学園が本気を出したら俺なんかじゃ太刀打ちも出来ないままお払い箱行きだ。


 だから隣で無駄にイケメンの親友を見ていたら溜息が出るぜ。この溜息だけで蟻くらいなら死滅させられる自信がある。


 ちなみにこいつも低空飛行部隊にエースとして所属しているんだけどね。お生憎さまこれまでこいつがそれで悩んでいる素振りは見た事ないが。


「どうよ、クラス替えでカワイコちゃんに巡り会えたか?」


 そんなイケメンだからバカでも許す。って俺は思っている木更津が振り返らないで親指だけで背後の教室を指差した。


 それを見て一瞬、ほんの一瞬だけ心臓の辺りに電気が走った。医療器具でマッサージされた様な電気の走り方では無い。そもそもそんな体験はまだ無い。


 なんて言うんだろか……、自分でもはっきり理解出来ていない感情を誰かに見透かされた時に感じる心の痛み。確かまだ小さい頃に同じクラスの女子を強制的に好きだと決め付けられた時に感じたあの感覚に近いかもしれない。


「どうなんだ? モッチーなんてどうよ、キャピキャピしたギャルは良いと思うぜ?」

「えっ、いや……」


 謹んで申し上げます。御免こうむる。キャピキャピしたギャルって言うよりは、ギャーギャー騒ぐカラスの親玉みたいな真っ黒い肌の女を、俺は断じて好きにはなれない。そもそもどこで焼いてきやがった? 時代遅れだぞ!


 とりあえず苦笑いをプレゼントする。


「ん~、じゃあミッキーナはどうよ?」


 ミ○キーと菜っ葉を上手く合わせたつもりか? 前者と対して変わらない。てか、あいつら仲良しな姉妹じゃないのか? それくらい似ているガン黒女だそのモチと菜っ葉は。


「……」

 当然楽しそうに男子生徒と話をしているその二人に完璧たる拒否の意を、満面の苦笑いで表し全力で木更津に返してやった。


「なら隣のクラスの――」


 それを見た木更津は明らかに好みの違いが歴然にも関わらず似たり寄ったりの女の子をピックアップしては、新人料理人のまだ下手くそで見た目だけの料理の苦汁を笑顔で飲み続けた料理長みたいに崩壊間近の表情をした俺に感想を述べさせるのだ。


「好みは人それぞれだ。俺はゆっくり見つけるさ」


 いい加減その繰り返しに嫌気がさした。だからその辺は価値観の違いだから仕方ないさ。的な緩い感じで受け流すと、珍しく教室に残っていた初めて同じクラスになった女子生徒に視線を向けた。


 その木更津の趣味とは正反対の位置にいる妖艶な長髪を持った女子生徒が、さっき心臓に走った謎の電気の原因だと俺は思う。


 和気あいあいとし騒がしい教室の隅で、そいつだけは近寄り難いオーラを醸し出しながら自分の席に座り瞑想をしている。生きているのか不安になる程の本格的な瞑想だ。


 そんな彼女の傍らには深紅の細長い包みが何かあった時の為に、直ぐ手に取れる様に立て掛けられていて中身は不明。分っている事は常日頃肩に掛けて身に付けている事くらいだ。


「あいつがどうした? あいつは止めておいた方が良いぞ!」


 読心術でも会得したのかこいつは。俺の視線に気が付いた木更津が眉間にシワを寄せ怪訝な表情をあらわにする。


「顔は絶世の美人だが、性格に難点が大有り過ぎるぞ? マジで危険な女だ」


 そう、あいつには危険なオーラをプンプン感じてしまう。ツンケンした性格だけならともかく、あからさまに私に近付くと殺すぞ! オーラを放出している。


 だからあいつはクラス分けされた日から今みたいに一人で神妙な面持ちで双眸を閉じている。


「今日は何をしでかすつもりだろな?」


 それが単なる明鏡止水の境地を会得する為の瞑想で、俺達が感じている危険なオーラを出していなければ、高校三年にもなってもまだ初な気持ちが邪魔をして友達付き合いが下手な可愛らしい女の子で片付く話なのだが――


「お、動き出したぞ!」


 珍しい出し物を興味津津に見に来た子供みたいに木更津が騒ぎ出す。


 その理由は簡単だ。今日もあいつが行動パターンの厳密に決まったロボットみたいに無駄の無い動きで立ち上がったからだった。当然の様に手には包みが握られており、クラスメイト歴が短い俺でも、あいつが包みを持ったらろくでも無い事が起きるのを知っていた。だから本気で願った。


 これ以上変な事をしないでくれとね。


 剣道部員が持っている包みに似たそれを持ったあいつは、俯き加減でゆっくりと機械的にどんどんこちらに近付いてくる。長い前髪のせいで表情は読めないが血の気の感じられない白い肌にはめ込まれた薄い口元だけがボソボソと動いているのは分かる。


「また俺かよ! また俺が何かしたって言いに来るのか?」


 そんで木更津がみるみるうちに青ざめていく、それも全身の血液が抜けた様に。いや、これは幽霊みたいと言った方がいいのか?


 なんて俺が人事の様に木更津の顔色をなんて表現したら良いか考えているうちに不気味なロボット人間がベランダの出入り口の前までやってきた。


「マジで勘弁してくれよ! これで何回目だよ、お前のせいで俺まで痛い人扱いされんだよ!」


 開けっ放しのガラス戸の前にあいつはまだ俯いたまま無言で立っている。


 それだけでも慌てふためく木更津を俺と異変に気付いたクラスメイトは困惑しきった表情で見守っているけど、何も出来ないのがお決まりとなっている。


 すまん、俺に出来る事は無い。目の前まできたこいつを見たら鳥肌が立つくらいの寒気に襲われるのだ。


 しかも、それは俺だけでは無い。木更津もそうだし教室にいるだけのクラスメイトまでも険しい表情で身を震わせている。巨大冷凍庫に放り込まれてしまったと言いたい状況だ。


「消えろ。ここはお前がいるべき場所では無い」

「ヒッ……」


 瞬歩って技だったかな、某漫画で言うなれば。一瞬で間合いを詰めた無機質ロボット人間が中身不明の包みを異常に怯える木更津の横顔スレスレで肩にギリギリ当たらない位置まで振り下ろす。


 すると、それにビビった木更津はだらしなくフラフラと腰を砕いて座り込んでしまった。


「いくら……俺が……だからって……それは言い過ぎ……っしょ……」


 脱力した木更津が誰かに言わされている様なたどたどしい口調でそう漏らして力尽きる。


「早く消え失せろ!」


 それなのに今だ包みの先、座り込んだ木更津が数秒前までいた空間に怒鳴り込む危ない女。お目当ての木更津ならお前の足元で腑抜けになってるぞ。 


「オイ、いい加減にしろよ!」


 さすがにイケメンな親友の醜態を大勢のクラスメイトの前、ついでに言うとその親友が狙っているガングロ姉妹の前で晒す原因となったこいつに蛮行を、俺は前々から心にしまっていたこいつへの複雑な心境があるにも関わらず、親友をコケにした言い草に腹が立ちまだ空中に突き立てられている包みを初めて握り閉めた。


「なんの真似だ? 放せアホ」


 冷酷非道なまでの冷たい瞳。うな垂れる木更津の前に出た俺を見ているとは思えない荒んだ瞳が俺の背景を切り裂いている。


 その俺の掌でも簡単に握りしめられる太さの包みを力任せに掴んでいたのだが、溜息の一つもつかないうちに意図も簡単に抜き取られてしまった。


 ふざけやがって俺を全く見ていない視線がムカつく。明らかに他の誰かを叱責しているような目配せが癇に障る。

 

 だからもう一度だけ包みを掴もうとした瞬間、


「邪魔だ失せろ!」


 踵を返しその包みを激しく振り下ろした意味不明なロボット女は俺が反論しようと口を開くと同時に、俺の鼓膜が張り裂けんばかりの怒鳴り声を発して茫然とこちらを見ているクラスメイトがいる教室へと戻って行った。


 何なんだよあの言い草。とても血の通った人間、しかも女が言うような台詞じゃないだろ。


 来た時と同じように機械的な歩調で席に戻ったあいつはまた包みを壁に立て掛けて瞑想を澄ました表情で始めている。周囲の迷惑もそっちのけで趣味の自分だけ時間停止ゲームをしている。


 何事も無かったかのような平然とした表情で瞳を閉じるのを見て、今度は依然足元で黙り込む親友を見おろす。

 

 こんな事を平気でする奴を、俺はどうして気にしているんだろうか。今年度初めて同じクラスになりまともに挨拶すらした事ないあいつを、俺はどうして目で追ってきたんだ。


 しかし、思う事はいろいろあるが今は木更津を労うのが先か。


「オイ、大丈夫か木更津? ん、なんだこの冷たさ」


 うな垂れる親友の体を揺らし異様に肩甲骨周辺が冷たい事に気が付いた。分厚い制服越しにも関わらずだ。でも、気にも留めなかった。 


 冷や汗かくのも無理はないか。マジで怖かったのは俺もクラスメイトも同じだからな。そう決め付けていたからな。


「……あっ、おぉ心配無いぜ? ちょっと肩周りが重くなっただけだぜ!」


 その言葉通りに体にのしかかる重荷が取れたのか、力無く座り込んでいたのが嘘のようにシュタッと立ち上がった木更津はまた無駄にハンサムな笑顔を振りまきだしたのであった――。


 ×××


「マジ災難だったね~マジありえなし~」

「マジなんなのって感じだよね! マジなんなの~って感じ」


 それでも口では元気だと言っていた木更津はやっぱり疲労感を訴えやけに右肩を落とし自席に戻り、俺は一人でベランダで空を見ていると騒ぎの傍観者だった木更津お墨付きのあの仲良し姉妹がそう話し掛けてきた。


「ああ……」


 なんで俺に労いの言葉を掛けるんだよ。俺なんかよりギャルを支持する木更津にこそ話し掛けてやれ。


 って考えを脳内で展開しながら二人を俺が一瞥したら、何を思ったのか冷めた目を向けられたマジマジ五月蠅い姉妹がこんな事をぬかしやがった。


「うちさ~寺嶋くんみたいなクールな人が好きなんだよね~マジで」

「あ~ずるい~、ミッキーナだって剣市くんの事マジで気に入ってるもん! 何考えてるか分らない感じがマジでいい~」


 はぁ……、どうでも良いが呼称だけは統一してくれないか? 仲が良い奴じゃないと誰を呼んでいるのか分らないだろ。


 どうも、遅れましたが寺嶋剣市って言います。断じてクールで冷静沈着な男では無く、ただ興味無い人には素っ気無いだけです。はい、ただそれだけの男です。


「寺嶋くんの好きなタイプってどんな子?」

「あ、気になる~ミッキーナにも教えてよ~」


 そんな一人自己紹介をしている俺を置き去りにしてキャンキャンと騒ぎ出す苦手なタイプAとB。おまけにもう一つタイプを増やして良いならガングロギャルも苦手なタイプだ。てか、大嫌いですごめんなさい。


 まあ、嫌いな理由は単純明快、こいつらは人の話を聞かない上に、俺と木更津の関係を考えないでしょっちゅうこんな下らない質問をしてくるから嫌いだ。あとな、強烈な香水臭が鼻腔を刺激して眉間にシワがよるんだよ。


「そうだな、黒髪に白い肌で和服が似合う女かな」


 だから微笑をくれてやり明らかに二人とは掛け離れた事を、適当なのかはたまた深層心理が言わせたのかあやふやな事を言いやんわりと回避しようとした。 


「え~それじゃレーグージさんみたいじゃん~」

「ミ~オさん怖いから嫌いだし~変人じゃんよ」


 だが、どうやら地雷を踏んだみたいだ。


 かなり個性的な呼び方をするんだな。そんならそんでもうちょい嬉しそうに呼んだらどうだ? そんなに怯えた表情しないでさ。


 鈴宮司澪(れいぐうじみお)。この二人が独特なイントネーションでそう呼ぶ女子生徒の名前こそが、さっきここで木更津をビビらせ俺に性悪っぷりを見せ付けたあそこの瞑想女の名前だ。


 女の子らしく綺麗な名前をして風貌も申し分無いのに、あの奇人変人行為が原因でクラスイチ、否、全校一浮いている女だった。


「どうしてあんなキモいことするんだろね~? マジあり得なくない?」

「こないだもいきなり叫びだしたよね? マジであり得ないし~気違いじゃない?」


 あぁ、俺がどうしてこの二人が苦手なのか分った。


 こいつらはな、平気で人の悪口を周りに言い触らしその上でそれへの同意を求めてくるんだ。そう言う意地汚いところが気に入らないんだ。見ていて吐き気がする。


「昨日も廊下でデカイ独り言いいながらあの包み振り回してたよ~マジハンパネ~奇人だよね~。ああ、それに一昨日もその前の日だって――」

「あんなののどこが良いわけ~? ミッキーナのがマジで女っぽいし楽しいこと沢山しってるよ~? あんな変人なんかより――」

「黙れ」


 終わりの見えない悪口が永遠と続く前に俺は二人を睨み付けていた。夏場のモスキート音よりも耳障りで不愉快な声を出すガングロマジマジ女共にハッキリとした殺意を投げつける。


「鈴宮司の話はもう良いから、木更津の事はどう思う」

「えっ、……木更津くんは運動神経良いしカッコイイんだけど……」


 蛇に睨まれた蛙。モッチーもとい望月うんたらが視線を泳がせ隣ですまし顔の三木なんたらに助け船を期待する。


「ミ~オにしょちゅう絡まれてるからモッチーとミッキーナじゃ怖くてマジで近寄れないよ~」


 いくら二人が話を聞かないバカだとしても俺がキレ気味だと気が付き恐る恐る木更津への感想を述べ始める。が、妹分の後者は悪びれる事無く髪形を気にしているが、ここは抑えよう俺は大人だ。


 しかしまぁ~、鈴宮司に良く絡まれるから近寄り難いか。


「はぁ……」


 机に突っ伏しお疲れ気味の親友が丁度二人の間から見え溜息が出た。


 イケメンで運動神経抜群な奴なのに何故かここ最近彼女が出来ない理由が、あそこで相変わらず瞑想をする鈴宮司に良く絡まれてるからなんて悲惨過ぎるぞ。


 現にこいつらが言う事は正しくてだな。鈴宮司が一方的にさっきみたいに包みを斬りつけ暴言吐いて歩き去るのが少し前から定番になっているんだ。


 その結果、木更津の近くにいると高確率で鈴宮司からの被害を受けるから気安くは近付けない。それ即ち、無条件で木更津とイチャイチャできる権利を有する彼女になってしまうと危害を自ら貰いに行く事を意味する。それをスカッポンタンが否めない二人も理解しているのだ。


「だから、今までみたいな事がある限り木更津くんとはあんまり仲良くならないよ~マジで」


 つまりこう言う悲しい結末が木更津を待ち構えている。それを当の本人が知る由が無いのがまた悲しい。


 だから俺が教えてやれば良いのかも知れないが、残念ながらそれには気が乗らないんだ。だってそれを教えてイケイケドンドンの木更津が鈴宮司に文句を言いに行くような事態になってみろよ? また今日みたいに腑抜けにされ兼ねない、いんや、木更津には悪いが確実に返り討ちにされるだろ。


 それにな、これ以上鈴宮司の奇行を全校に知らしめる事は出来ないんだよ。俺のせいで木更津が自ら天下御免の鈴宮司様に喧嘩を売りに行き、当たり前の様に鈴宮司が奇行でそれを返す状況を考えみろよ? どちらにも良い事はなんて無いんだろ。


 添う言う訳で許せ親友。俺はこのまま黙って生きて行くつもりだ。薄情者と言われようが罵られ様が、今回のは二人の妄言だと思い聞き流そう。


「そ~んな訳で寺嶋くんのがす――」

「あ、ずるい! 剣市くんはミッキーナと――」


そう心に誓い現在進行形でまたべらべら何かを宣言しようとする二人を振り切り席に戻るのだった――。


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