斧
五、
幽霊は出口に一番近い部屋のベッドでごろごろしており、少年は先程買ってきた料理の本を片手に折りたたみ式の机で勉強していたのであった。
「・・・時雨、昼食まだ?」
「・・うぅん、どうかな・・・目玉焼きぐらいなら大丈夫だと思うけど、一応、引越し記念に何か豪華な食べ物を食べたいんだよね・・・。」
そういいながらも少年は料理の本をその場に置いて立ち上がり、チリひとつないキッチンに向かった。幽霊もその後を追いかけた。
「悪いけど、卵を割ってくれないかな?」
「わかった。」
幽霊は幽霊なのに卵を掴み、片手で起用に卵を綺麗に割った。その技術に対抗意識を持ったのか少年が片手割に挑戦したが、あっさりと失敗し、幽霊に笑われただけであった。その後、買ってきた食材を使ってとても遅い昼食をとったのであった。昼食中、黙っているのが嫌いな幽霊は少年に色々と自分が気がついたことを話したのであった。
「・・ここさぁ、どうやら誰かが先にやってきて清掃したみたいだね。かなりの使い手だよ。」
「・・・掃除のプロ?」
「うん、それにさ・・・時雨が必要だと思っているものだけを置いてるみたいだし・・・誰かに見られている気がするんだ。」
出口に一番近い部屋には机、ベッド、箪笥が置かれていたのであった。他の部屋には家具などは見受けられない。そして、きちんとお風呂も少々大きなものが洋館の中には存在していた。以前、誰かがお風呂を使ったとは思えないぐらいの綺麗さである。
「洋館にお風呂をつけるのっておかしくない?」
「・・・確かに・・・」
「つまり、前々から時雨をこの洋館に住まわそうとしていたんじゃないかな?」
そこまで幽霊は話したが、少年はどうでもよさそうに言った。
「ま、しょうがないよ。僕の所為でおばさんが倒れたのは事実だし・・・。」
「時雨は一人暮らしがいいの?」
「今は君も入れて二人だからね。何かが出てもどうにかなるだろうし・・・。」
前向きな考え(他力本願)を聞いて幽霊は溜息をついた。その後は洋館の庭を綺麗にする仕事を二人で行ったのであった。庭を綺麗にしていると、母親からメールが来た。
『引越し先を決しておばさんと鈴ちゃんに言ってはいけません。余計な心配を掛けるといけませんからね。貴方の身の回りは渡辺さんに頼んでいます。』
幽霊はそのメールを見て聞いた。
「渡辺さんって誰?」
「確か・・・母さんのところにいる執事さんではなかったっけ?」
携帯電話を閉じようとすると、(元)自宅から電話が鳴った。少年は通話ボタンを押して普通に会話し始めた。
「・・・もしもし?」
『もしもしじゃないよ。兄貴!』
電話の相手は妹であった。その声は震えている。少年はあわてて何があったのかを聞いた。
「そんなに慌ててどうかしたの?まさか、またおばさんが倒れたとか?救急車呼んだ?」
「違うよ!何で勝手に引越ししちゃうの?」
少年はそれを聞いて安心し、後者の質問には何気なく答えた。
「ああ、母さんが二人に迷惑掛けないように引っ越せだって。だから引越ししたんだよ。」
幽霊は既に庭を綺麗にする仕事を再開しており、誰かが掃除し終わっていた庭を逆に汚くしているように見えた。それを横目で確認しながら少年は電話の相手に告げた。
「・・・ま、なんとかなるよ。じゃあ、僕はちょっと破壊活動を行っている友人を止めに行くからね?体に気をつけるんだよ?」
そういって切ろうとしたが、妹はそれを許さなかった。
「・・・兄貴、住所教えてよ。」
「え?・・・母さんが駄目だって言っているから無理だよ。」
妹は何かを言おうとしたが、少年の携帯電話は電池が切れてしまった。
「・・・そろそろバッテリーを換えてもらったほうがいいかもしれないな。」
何にも使うことが出来なくなった携帯電話をポケットに入れて庭を破壊しているようにしか見えない行動を停止させるべく、少年はホールを持って暴れまくっている幽霊のもとに走っていった。
一方的に会話を打ち切られてしまった妹は悔し涙をいっぱいためて自分の母親に住所を聞くことが出来なかったと告げた。
「・・・・そう、困ったものね。」
おばのほうも何度も自分の姉に電話を掛けているのだが・・・忙しいのか全く相手にされていなかった。おばの姉・・・つまり少年の母親は既に日本にいなかった。
「・・どうしよう・・。」
「あ、姉さんなら手を回すの早いからきっと学校に住所変更を告げてるはずだわ。」
おばはそういうと、電話を片手に電話帳を取り出して電話をし始めたが・・・教えてはくれなかった。なんでも、個人情報を守るためだとか、彼の母親が絶対に誰かに教えたりしないで欲しいといっているかだそうだ。裏でお金が一生懸命働いているかもしれない。
「・・・駄目?」
「うん。駄目みたいね・・・こうなったら直接高校にいっているときに何処かに拉致して聞き出すしかないみたい・・。」
何気に過激なことを言うおばだ。少々、気が動転しているのかもしれない。
そのころ少年は友達の家で宴会を開いていた。友人の家の祖先は酒で巨万の富を築いたらしく・・・未成年が飲んではいけないお酒がたくさんあった。家にはお手伝いさんが何人かおり、そんな方々が少年を友達の部屋に案内したのであった。幽霊は家でお留守番をしている。
「しかしまぁ、君も大変だねぇ。もとはこっちの地域に住んでたわけじゃないんだろ?」
「うん、そうだね・・中学はもっとあっちのほうだったんだけどね・・・僕の母さんが家の事情でここにしろっていってね。そのときもおばさんたちに迷惑を掛けたんだ。友達もこっちに来てから作るのは大変だったなぁ。」
少年の目の前でジュースを飲んでいるのは霜崎 賢治。少年が一番初めに仲良くなった友達である。好きなものは冗談、嫌いなものはお説教である。
「まぁ、がんばんなよ。あ、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないかな?」
「そうだね、そろそろ帰らせてもらうよ。」
窓の外は既に暗くなっており、いい年した女の子にとっては危険な時間帯だろう。もっとも、男が痴漢に襲われるとは思えないが・・・。
少年は千鳥足(友達が冗談でジュースだと偽って飲ませた。)で洋館に向かっていた。少年の家系は全て酒に弱く、ちょっとの量でも足取りふらふら、何を言っているか分からない・・・などなど、お酒が駄目な体質なのだ。少年も電柱に謝ったり、丸くなっている猫の尻に浣腸してひっかかれたりした。
「あ、トイレに行きたくなったなぁ・・・ちょうどいいや、公園でしてこよう。」
少年は何時ぞやの公園のトイレに入り、出てくると・・・・
「・・・触るでない!」
と、不良たちに絡まれている女の子の前を通った。酒が回っている少年は不良の一人の足を思いっきり踏んづけて家に帰ろうとしていたが、あっさりと掴まれた。
「てめぇ、人を踏んづけてしれっとかえろうとしてんじゃねぇよ。」
普段はここで謝るだろう・・・事実、踏んで行ったのは確かに少年だが・・・今日の少年はいろいろと不満でもたまっていたのはいきなりそういってきた相手を一撃で倒したのであった。その光景を見て周りの不良たちが憤る。
「・・・お前、何やってんだよ?」
「うるっさいな!大体、女の子をこんな大勢で囲んで何しようって言うんですか?まぁったく、いっつもいっつも・・・もてないからって襲っちゃ駄目でしょうが?ほら、皆様・・・警察行きましょう。」
そんな酔っ払いに不良たちは襲い掛かったが・・・・相手にされず、少年にぼこぼこにされたうえ・・・
「あ、ここで寝ていると寒いでしょうから、こっちに寝かせておきますねぇ。」
そういってトイレの個室に七人ぐらい押し込んだのであった。そして、少年もとうとう力尽き・・・
「まぁったく、母さんにも困ったもんだ・・・ふにゃぁ。」
と、最後の言葉を口にして砂場に倒れこんだのであった。
「お、おい!大丈夫か?」
ドレスを着た少女に話しかけられたが既に少年は静かな寝息を立てて寝入ってしまった。因みに、少年はそのとき、母親に怒られている夢を見たのであった。塩をまかれたナメクジのようになっていたと語っている。
そして、次の日・・・・
少年は自分が何処かのベッドで寝ているのに気がついた。ああ、自分は引越しをしたんだと思ったのだが、こんな部屋ではなかったと思っていると、部屋の扉が開いて見知らぬ誰かが入ってきたのを確認した。眉をひそめて相手の顔をまじまじと眺め始めたのであった。
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