槍
四、
それから数日後、少年の叔母は体調を回復していた。おばといっても、少年と十歳も歳は離れていない。
まぁ、その後も特に何もなく、少年は未だに木刀を自室においていたのであった。そして、夜な夜な話しかけているのである。何故なら、朝は高校にいっているので話していない。幽霊は幽霊で少年が家に出た後にようやく行動を開始するのである。しかし、大半は暇なので寝ている。その日の夜も少年と幽霊は話をしていた。
「・・・成る程、やっぱり類は友を呼ぶのか?」
少年は自分の友達のことを話していると、幽霊はその話を詳しく聞いていた。そして、納得したような返事をしていたのであった。
「まぁ、小さいころからの友達だからねぇ。」
しみじみとそんな話をしていると、誰かが部屋をノックするような音がした。幽霊はすばやく姿を消し、少年は扉を叩いた主に返事をした。
「はい、どうぞ?」
「・・・兄貴、誰か来てるの?」
扉を開けて入ってきたのは少年の妹であった。そんな妹の顔は何かを疑っていそうな顔であった。
「いや、誰も来てないけど?」
少年は嘘をつくでもなく、普通に答えた。そんな答えに妹は満足してないのか更にたずねる。
「・・・女の人の声が聞こえたよ?」
少年はうぅむと唸った。ここで少し解説しておくが、幽霊は少年にとあることを守って欲しいといっていた。自分の存在は黙っていて欲しいということであった。幽霊の癖して、姿を消していない間は誰からでも見ることができ、声も聞くことが出来る。
少年が不思議に思って何故、そんなことを頼むかと聞くと、
「それはね、私のことが噂になったらモテモテになっちゃうからよ。」
それを聞いた少年は妙に納得し、それ以降、その約束を守るといったのであった。
「ええと・・・そう、電話してたんだよ。うん、ちょっと友達とね。」
少年は嘘をつくとき瞬きの回数がいつもより1.5倍となり、目を逸らす。そして、顔には冷や汗が玉のように浮かび、体全体で嘘をついていますというような状態に陥る。
「・・・・ふぅん、兄貴って彼女いたんだ?」
「いや、彼女なんていないよ。僕みたいな取り柄のない男を誰が好きになるって言うんだい?」
そういって少年は妹を部屋からさっさと追い出して木刀に振り返ってため息をついた。
「はぁ、危なかった・・・・ばれるところだったよ・・・。」
「・・・・全く、あれじゃあ、嘘ついてますって言ってるようなもんだと思うんだけどな。」
幽霊はそういってため息をつき、空に浮かんでいる月を眺めて少年と再び話し出した。
そして、数分たって少年がトイレに行った瞬間、妹が部屋に入ってきた。
勿論、自分の兄が嘘を言っているか、本当のことを言っているかを見極めにきたのである。
そんな妹の様子を木刀の中から眺めている幽霊は息を潜めて見入っていた。妹はクローゼットの中に侵入し、扉を閉めた。中からは隙間があるので外の様子を見ることが出来る。妹が小さいころ、自分の母親から怒られたときに良く、このクローゼットに隠れ、兄が母親をなだめてから出て行くのが日課となっていた。
少年はトイレを済ませて自分の部屋に入って再び幽霊と話そうかと思ったが、幽霊の姿が見えないので先に寝たのかと思って自分もベッドの中に入った。勿論、既に歯磨き等は既に終えている。
部屋が暗くなり、安らかな寝息が規則的に聞こえてきたのを聞いて、妹はクローゼットの外に出ようとしたが・・・・いざ出ようとすると、タイミングよく少年が音を発するので出ることが出来なかった。そして、そんな妹が入っているクローゼットの扉を誰かが開けたのであった。
「・・・・鈴ちゃんだっけ?」
「・・・・え?」
妹の前に立った幽霊は白く発光しており、よく言えば蛍、悪く言えば切れかけの電球のようであった。妹はそんな幻想的な相手を前にして目を丸くした。
「・・・ほら、今のうちに部屋に戻りなよ。君のお兄さんは寝てるからさ。」
「あ・・・・そうですか・・・ありがとうございます。」
何がなんだか分からなかったが、妹は黙って自分の兄の部屋を退出した。幽霊はそんな妹を後ろから眺めて苦笑した。
次の日、少年はいつものように起きて朝食を食べに階下に降りたのだが、そこには久しぶりに見る自分の母親が立っていた。
「・・あ、母さんおはようございます。」
「ええ、おはよう時雨。ほら、荷物まとめなさい。貴方にはこの家を出てもらうわ。」
バリバリのスーツ姿で少年の母親はそう言った。こんな感じでもいつもやってきて厳格な性格であった。ちなみに、少年はそんな母親の言いつけをこれまでずっと守ってきたのであった。
「・・・わかりました。それで、今度の僕の住まいはどこですか?」
「時雨の為にアパートを借りたわ。・・・それがいいものよ。さ、二人にもきちんと挨拶しておきなさい。六時半にはこの家を出なさいね。」
今日は休日で朝からおばも妹も寝ている。
こんな朝早くにこの家でおきているのは少年だけだ。
因みに、幽霊は低血圧だといっていたので行動を開始するのはかなり後である。
少年は寝ている二人を起こすのはいけないと思ったので置手紙を書いて手荷物だけを持って家を出たのであった。手荷物といってもこの前手にいれた木刀と学校の道具だけである。少年としては最低限の荷物しかいつも持っていないのでいつでも家を出る準備は整っている。小さいころからいつでも家を出る準備をしなさいといわれており、その厳格ぶりは少年の夢の中まででて来るほどであった。
「じゃ、お母さんは仕事があるから。」
「はい、いってらっしゃい。」
きっかり六時半に今まで住み慣れていた家の前で別れの挨拶をする。少年は今度会うのはいつだろうかと思いながら母親から新しい住処の地図をもらったのであった。
少年は最低限の荷物を持って地図を片手に三十分ほど放浪してようやく、新しい家を発見したのであった。
そこは、幽霊が出てきてもおかしくない洋館であった。
「・・・・。」
何かを察知したのか木刀が蒼く光り、幽霊が姿を現した。その目は驚きに満ちている。
「・・・時雨、何でこんな朝早くに家の外に私を連れて出るの?」
「・・・ここが今日から僕の家だって・・・。」
少年はため息をついて洋館の門を音を立てずに開けて進入を開始。直後、いきなり自分の携帯が鳴り出したのでその場に飛び上がった。
「・・・なんだ、母さんからのメールか・・・・」
少年は携帯電話の画面を覗き込んでいる幽霊とともにメール内容を確認した。
『時雨へ、私の妹が貴方の事で病院に行ったと聞きました。私としては貴方に早く独り立ちをさせたいと思うので絶好の機会と思い、新しい家へ引越しさせることにしました。人に迷惑を掛けるのはいけないことだということが分かっていないというのが私の見解です。』
その内容を見て少年と幽霊はそろってため息をついた。
「・・・凄い母親だね。まるで、おばさんが倒れたのがお前の所為だって言ってるみたいだよ。」
「いや、そう言ってるんだ。まだ、小さいころのことを根に持ってるんじゃないのかなぁ・・・。」
幽霊は首を振って少年を凝視したが、少年は溜息一つを返答にさっさと洋館の中に入っていったのであった。
同時刻、携帯電話が鳴ったのに気がついたおばはメール内容を見て固まった。
内容はほとんど、少年のものと変わっておらず、慌てて少年の部屋に入った。
折りたたみ式の机は姿を消し、布団は綺麗に畳まれて・・・クローゼットの中は空っぽであった。布団の上には手紙がおかれており、おばさんへと鈴へとそれぞれ分かれて置かれていた。おばは自分宛の置手紙を眺め、溜息をついたのであった。よほど時間がなかったのだろうか・・・もとから汚い字はほとんどおばに読むことは出来なかった。因みに、少年が書いた手紙の内容は次のようになっている。
『おばさんへ、どうやら僕は母さんの考えによって他の家に引っ越すことになったようです。先程、朝起きたら母さんがいて、そのようなことを言っていました。今まで、お世話になりました。それでは、失礼します。』
おばは少年の妹に告げるかどうか迷っていたが・・・起きてきた妹が階下で読んでいるのが聞こえ、とりあえず階下に向かったのであった。
一方、洋館の中に入った少年はとりあえず人が住めるということを確認すると、一番近い部屋に入ってそこを自分の部屋にすることにした。そして、木刀を両手で掴んで何か化け物がいないか確認しに奥へと向かったのであった。
「・・・・時雨、足が震えてる?」
「だ、だって・・・夢で化け物が出てきたんだよ。」
そんな話をしながら洋館の中を午前中を使って歩いたが・・・・少年が危惧するような頭が三つある犬などは出てこなかった。全く無意味だと思ったが、仲の内装をある程度確認することが出来た。そして、地下へと続く階段と屋根裏部屋に続く階段を見つけた。そこだけは確認するのはやめたほうがいいのではないかと幽霊が言ったので確認するのをやめておいた。
「・・・あ、そろそろ昼食にしようかな。」
「そういえば昼食をとるのも忘れてたねぇ。」
一応、幽霊も食べ物を食べることが出来るようで・・・好きな食べ物は味噌汁だそうだ。
「・・・そういえば、食材もないな。それに・・・僕は料理できなかった。」
これはかなりつらい独身生活が始まりそうだと少年は苦笑したのであった。