盾
三、
少年はぼぉーっとしながらも目を覚ました。その後、幽霊が彼を起こし、事情を説明した。なんとも、適当な説明をされた。
「ええっとね、君の体をちょっと借りたよ。うん、意外といいねぇ・・・。癖になりそうだよ。まぁ、合格ってところかな?とりあえず、あの連中の四肢は当分使い物にはならないようにぼっこぼこにしておいたから・・・」
少年はこの暴力的な話を聞いて少し顔を青く染めたが・・・おなかが減っていたので一旦、家に帰ることにした。家ではきっと妹が怒っているに違いなかった。
「・・・お兄ちゃんも大変だねぇ?」
「君には兄弟いなかったの?」
少年はとぼとぼ歩きながらそう答えた。先程からお腹の中では栄養を求めて何かが蠢いている気がする。少年はそれを治めるためにお腹を擦った。
「そうだねぇ、一人、姉がいたかな・・・けど、私が死んだ後はどうなったか知らないや。」
「そ、そう?聞いて御免。」
そんな少年を見てふふっと笑った。そんな無防備な笑顔に少年は相手が幽霊だということを忘れて見入っていた。
「・・・あ、名前を言うのを忘れたけどさ、私の名前は満月って言うんだ。間違ってもまんげつって呼ばないようにね?君は?」
少年は幽霊に鼻っ面を指差されてちょっと驚いた。
「・・僕?僕の名前は天道時 時雨。」
「ふぅん、時雨ねぇ・・・なんだか、弱そうな名前だね?」
この名前を小ばかにされるのは良くあることだったのでなれていた少年はちょっと苦笑した。その顔に気がついた幽霊は悪びれた感じで礼を述べた。
「あ、御免・・。」
「いいよ、慣れてるから・・・まぁ、そんなことより早く帰らないと妹に怒られちゃうからね・・・。」
そういって少年は走り出した。幽霊もそれに続く。家はもう既に少年から見えるぐらいに近くなっている。夜空には満月が光り輝いていた。
「そういえばさぁ、時雨の妹の名前は?」
「・・・ん?僕の妹の名前?柳 鈴。まぁ、妹みたいなもので本当は親戚なんだけどね・・・・。」
少年は走っていたスピードを落とし、幽霊に話し始める。
「・・・僕の両親は多忙な両親でね、そうだな・・・三歳の頃には既に今の家に預けられていたんだ・・・それでね、両親と会うことは今も二年に一回あるかないかでね・・・・この前あったのはいつだったかな?まぁ、それで一つ年下の従妹がその家に住んでてね、いろいろあって懐いちゃたんだよ。まぁ、それで兄貴になって欲しいってある日言われて・・・今のような状態になったんだ。」
幽霊はその話を始めのほうは真面目に聞いていたが・・・・後半部分からは面白くなさそうに聞いていた。
「ふぅん、あんまり他人に話すようなことじゃないねぇ。そんなことをアキバで話してきなよ・・・囲まれて襲われるよ。」
「え・・・あ、忠告ありがとう・・。」
少年がそういってお礼を述べたので幽霊は溜息をついて呟いた。
「・・・・天然か?ちょっと憑く相手間違えたかな?」
「何か言った?」
少年はそう言ったが、幽霊は首を振った。
家の中には明かりは点いているが人はいないといった不思議なことになっていた。当然だ・・・・彼の妹は警察に今頃保護されているであろう。
「・・・おや、誰もいないねぇ?」
「そうだね、どこかに行ったのかな?」
少年は右手に木刀を持ってとりあえず家の中を探してみた。しかし、人がいそうな気配は全くない。鼠がいそうな雰囲気はあるのだが・・・・。
「あ、この前友達とどこかに行くって言っていたのが今日かもしれないなぁ。」
少年はそんなことを唐突に思い出してそういった。のんびりしたような感じでそう言ったのであっさりと幽霊はそれに賛成した。
「へぇ、デートかな?けど・・・普通電気を点けたまま行くもんかねぇ?」
「僕が直に帰ってくるって思ったんじゃない?」
「ああ、成る程・・・。」
賛成二票、反対零票でそのまま話は花を咲かせる。
「まぁ、結構もてるからねぇ・・・お兄ちゃんとしても鼻が高いよ。」
「そ、全く、妹馬鹿なお兄ちゃんだ事・・・・。」
そんな会話を続けており、少年は一人で夕飯を食べ始めた。幽霊は隣の部屋でテレビを見ながらけらけらと笑っている。
そんな時、電話が鳴った。
「・・・・おーい、電話だよ?彼女から?」
「・・・僕に彼女はいないよ。きっと、おばさんか鈴からだよ。」
少年はそういって立ち上がり、電話を取った。
「はい、もしもし・・・。あ、鈴?え、迎えに来て欲しい?あ〜成る程、お出かけは終わったのか・・・。うん、分かったよ。」
少年はそういって受話器を置き、幽霊に告げた。
「妹から迎えの催促がきたからちょっと行ってくるね?」
「あ〜はいはい、気をつけて行ってらっしゃい。先程の連中に会ったら迷わず逃げるんだよぉ?」
そういって幽霊はお笑い番組を見てそこいらを転げまわり始めた。電気は点けたままにしておいて少年は家を出たのであった。
少年が妹を迎えに行ったところは警察署近くの郵便局であった。
「お待たせ。」
少年がそういって妹に告げると、妹は目に涙をためて彼に抱きついたのであった。
「兄貴ぃ!!」
事情が分からない少年は戸惑ったが・・・どうにか妹を落ち着かせるために何か一発芸をやろうと考えたが・・・・特に思い浮かべることが出来なかったので諦めた。とりあえず、事情を聞くことにした。
「・・・鈴、どうしたの?」
「・・・・・。」
少年は尋ねたが妹は黙ったままであった。少年はそこまで力が強くないのでそろそろ妹を支えるのもきつい。
「・・・鈴?」
「すぅ・・・。」
どうやら、眠ってしまったようだと少年は感じ、妹をおんぶして帰ることにした。自転車を持ってくるべきだったなぁと思ったが二人乗りはいけないことなので諦めたのが良かったのかもしれない。
「・・・・。」
おんぶしている妹は昔よりも当然重くなっており、家につくころには少年は息も切れ切れ、足腰はがたがたである。鍛えることをお勧めしたい。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
妹の部屋まで送り届け、少年は幽霊がいる部屋まで戻っていった。
「おつかれさん、どうだい、なんか変な人物に会わなかった?」
「いや、会わなかったよ。」
幽霊の隣に腰を下ろして息を整えた。そんな少年を眺めて幽霊はため息をついた。
「で、妹の彼氏には会えたかい?」
「いや、あえなかったよ。妹にあった瞬間、抱きつかれたよ。」
幽霊は意味ありげな表情をして答えた。
「そりゃあれだ、きっと彼氏に振られたんだよ。可哀想にねぇ。」
「成る程、それは鈴が振られたショックで寝てしまったのか・・・・こういうときはどうすればいいのかな?」
幽霊はちょっと考えた後、答えた。
「放って置いた方が絶対いいと思うよ。蒸し返すのはいいことじゃないからね。」
因みに、幽霊が生前誰かと付き合っていたことはない。
「へぇ、そうなんだ・・・。」
少年は素直に感心し、それならそうしておこうということで放っておく事にした。テレビを見ながら幽霊は更にアドバイスを送る。
「きっと、誰かに甘えたかったんだよ。今頃、自分の部屋で泣いていると思うからね・・・・出てきたときは優しくしてあげないといけないよ?」
「わかったよ。」
アドバイスをもらい、少年は幽霊に礼を述べた。そして少年はそろそろ風呂に入ることにして・・・未だに自分が覆面を被っていることにようやく気がついた。幽霊もようやく気がついたらしく、二人して乾いた笑いを出したのであった。
次の日の朝刊、そんな少年の写真が新聞に不審者として張られていたのは言うまでもない。