満月
これで最後です。終わりかたはちょっと切ないです。
二十四、
少年はこの世界に戻ってこれたとことにちょっとほっとしながら幽霊の隣で昼ごはんを食べ始めた。あっちの世界では暴れまくっていたのでつかれたのは言わずと知れている。幽霊はそんな少年と話していた。
「まぁ、時雨もこれで呪いが解けたわけだよねぇ?もしかしたらこれからもてるかもよ?」
「どうかなぁ?もてないんじゃないですか?」
弁当をさっさと食べ終わると少年は弁当箱を片付け、教室に誰も居ないことを確認してから携帯電話を取り出した。この高校ではマナーが悪いということで携帯は使用禁止となっており、使用しているところが見つかった場合は奉仕活動をしなくてはならない。これまで、かなりの数の生徒が奉仕活動を行ってきているのはこの高校にまともな連中が少ししかいないせいかもしれない。
「・・・あ、母さん?うん、うん、それよりさぁ・・・送ってもらいたいものがあるんだけど・・・・え?ありがとう。じゃあね。」
何かをひとしきり話した後、少年は電話を切った。
「自分のお母さんに電話してたの?」
「まぁ、ちょっと用事があっただけです。家具を送ってもらうだけですよ・・・。」
その日、残りの授業は全て平和に終わり、髪の毛を黒い触手のように飛ばしてすずめを取る物騒な少女はもう現れなかった。
そして放課後、家に帰った少年の部屋にはもう一つのベッドが置かれていた。
「これ、誰の?」
「満月さんのですよ。ほら、剣が変わってから入れないって言ってたでしょ?だから用意してもらったんです。」
何故だか知らないが幽霊は西洋の剣に入り込んで寝ることができなくなってしまったのだ。
寝るときは仕方なく、少年の隣で・・・寝相の悪いことが判明した幽霊は寝ている少年相手に格闘を繰り出してきていたのであった。少年が寝ている間に怪我をしていたりと、それはちょっとばかり粋な寝相であったのだ・・・。これ以上、生傷は作りたくない少年は母親に頼んでもう一つベッドを用意してもらったのであった。
「わぁ、ありがとう、時雨!!」
引っ付いて無邪気に喜んでいる幽霊に微妙に罪悪感を感じながらも少年は頭を掻いた。
「いえ、いいですよ。満月さんには僕の知らない世界とかを教えてもらいましたし・・・それに、満月さんと居ると楽しいですよ。」
「時雨ぇ、ありがとう。」
少年の胸に顔を埋め、幽霊は嬉しさのあまり泣いていたのであった。そんな幽霊を見ていると少年は本当の理由が寝相が悪かったからとは言うことができない。苦笑しながらその場を乗り切るしか出来なかった。無力である。非常に無力である。
「時雨様、満月様、夕ご飯が出来ましたよ?来てください。」
「あ、わかったよ、美奈さん。満月さん、行きましょう?」
「うん。行こう、時雨?」
片時も離れたくないといった感じの幽霊である。少年はマジで取り憑かれてしまっているようだ。
「時雨、ずっと一緒に居ようよぉ。すりすり〜。」
「ま、満月さん・・・当たってますって!!」
「「・・・・・・。」」
そんな二人のやり取りを見て、妹とメイドは面白くないのかじっと少年を見ている。目がどこと無く怖い。
「兄貴、べたべたしないでくれる?」
「そうですよ、時雨様。いちゃいちゃしないでください。」
「え?べ、別にいちゃついてないよ。」
幽霊は黙って少年の背中に頬を当ててすりすりしている。少年の顔が真っ赤になるにつれて二人の眉毛が危険な角度に変化していっている。
「・・・いちゃいちゃしてないんだよね?」
「うん、してないよ?」
「私がそんなことをしても文句ないよね?」
「ま、まぁ・・・。」
少年の了解も得て、妹は少年の膝の上にのった。妹の顔も真っ赤である。
「時雨様、無礼をお許しください。」
「え?」
今度はメイドが時雨の肩に抱きつくように引っ付いた。囲まれたような状況で、少年はなかなか精神が安定しない。先程から心臓の鼓動が早くなっているようである。
「今日の皆、何処かおかしくない?」
「「「大丈夫。普段どおり。」」」
それぞれ少年に対してやりたいことをし始めていたが、少年の理性のほうが崩壊しそうだったので少年は力ずくでも三人を引っぺがして風呂場に逃げ場を求めたのであった。
少年が湯船に浸かっていると誰かがやっぱり、入ってきた。
「時雨、背中流しに来たよ?」
「ま、満月さんっ!!何しに入ってきたんですか!!」
何を言っているんだ、こいつはという目を驟雨に向けて幽霊は答えた。
「背中を流しに来たっていったじゃん?」
「結構ですよ。一人で出来ます。」
少年は前を隠して必死に説得を試みる。だが、相手は説得が通じるような相手ではなかった。それは少年もちゃんと理解していたつもりである。
「ふふ、時雨は可愛いなぁ。そういうところが大好きだよ。」
「ぼ、僕は満月さんのそういうところが嫌いですっ!!今すぐ出て行ってくださいよぉ!!」
なおも近付いてくる幽霊に少年は必死で説得していたが、諦めて幽霊とは反対のほうを見て湯船に使った。それを許可のしるしと受け取った幽霊は少年に引っ付いた。
「時雨、今日は満月だからお風呂から出たら庭でお月見でもしようよ。」
「わかりました。そういうことなら先にあがりますよ。」
少年はそういってお風呂を出たのであった。そんな少年の後姿を見ながら幽霊は静かに笑っていたのであった。
そして、幽霊に言われたとおり今日は満月であった。あちらの世界で見た満月とはまた違った感じの満月である。
「・・・・・。」
「時雨、お待たせ。」
幽霊はいつものフリフリドレスを纏って少年のところへとやってきた。少年は風呂場でのことを思い出して顔を背ける。
「・・・時雨、悪いけど・・・私の顔を見てくれる?」
「・・・はい。」
少年は正直に幽霊の顔を見た。幽霊の顔は普段から青白かったが、今日はいつにもまして顔色が悪かった。それになにやら嫌な予感を覚えた少年は幽霊に尋ねる。
「満月さん、顔色がいつもより優れないけどどうかしたんですか?」
「はは、やっぱり気づいちゃったか・・・。時雨、一方的にこれまで君の近くに居たけど・・・それも、今日までみたいなんだ。」
その言葉を聴いて少年は固まった。
「ど、どういうことですか!!」
「そのまんまの意味。なんだか知らないけど、私がここで遣り残したような感じの事は全部終えたらしいんだ。私が死ぬ前、何を思っていたのか今では全く思い出せないけど・・・・今は幸せなんだ。時雨、今日でお別れだと私の中の何かが私に告げてるんだ・・・。」
「そ、そんな・・・。」
「だからさ、私は時雨と会えたことを嬉しく思うよ。私の事を時雨がどう思っているか知らないけど、私は時雨の近くに入れて嬉しかった。」
幽霊の体は満月に当てられて輝いていた。幻想的なその光景に少年は見入っていたが、今日で幽霊とお別れというのも何故だか、嘘だと思っていた。
「まぁ、私は幽霊だから・・・成仏するってことなんだろうね。今度は、平凡的な一般市民に生まれ変わろうと思っているよ。」
「そんなこと出来るんですか?」
「さぁね?出来ると思えば何でもできるよ。だからさ、また・・・時雨と会えると私は信じてる。いつ、会えるか知らないけど・・・また、いつか会えると思うんだ。」
幽霊の姿はどうやら満月の光を浴びる間に段々、薄くなっていた。少年は幽霊を抱きしめ、最期に何かを伝えようとした。
「満月さん、僕は貴方に会えて幸せでした。これからも、貴女が隣に居てくれると思っていたし、それが僕の願いかもしれません。だけど、貴女が居なくなるのもしょうがないかもしれない・・・。」
「ふふ、時雨にそういわれて私は嬉しいよ。ありがとう、私の騎士・・・。」
完璧に薄くなって目を凝らしても見ることは出来ない幽霊を少年は力の限り、抱きしめたのであった。しかし、それもずっとは続かず、幽霊は完璧に消えたのであった。少年は意外と短かった幽霊との生活を思い出して流れる涙を満月に光らせたのであった。〜終?〜
自分的にはちょっとばかり終わりかたがくらかったなぁーと思っているのですが、どうだったでしょうか?