人形
二十二、
少年が記憶を取り戻してから何事も無く、二日ほど、時間がたった。少年はいつものように学校に行き、二人しか居ない、教室で授業を受けていた。ふと、青空の広がる窓の外を眺めていると小鳥が二匹ほど、飛んでいった。のどかでいいことだと少年が思った瞬間、その小鳥は下、つまり地上から伸びてきた黒い触手のようなものに掴まれて地上へと落下していった。
「・・・・・。」
少年は数学の先生の話を聞きながらも今、自分の目の前で起きたことがかなり、気になった。もしかしたら、幻覚かもしれないと思いながらも、かばんの中から顔だけを出して寝ている幽霊を起こしたのであった。
「満月さん、満月さん・・・。」
「うにゃ?どうしたの、時雨?昼ごはん?」
「ちがいます。すみませんが校庭の様子を見てくれませんか?ここの窓から見るだけでいいんです。」
「わかった。」
幽霊は一人で喋っている数学の教師を気にしていない様子で隠れようともせずに、そのまま窓の外を眺めた。そして、驚いたような顔で少年の元へと戻ってくる。その顔は見てはならないものを見てしまったと書いてある。
「時雨、大変だ!!なんか、すげぇ、奴がいる!!」
大声で叫んだのだが、ちょうどチャイムが鳴ったので何とか紛らわすことが出来た。忍者は先生に呼ばれてちょうど教室から居なくなった。
「見に行こう、時雨!!」
幽霊に片手を掴まれて引きずられながら教室を出ると・・・・
「「あれ・・・・?」」
そこは、夜の学校といった感じの光景であった。外には満月が輝いている。少年と幽霊はその場で固まり、あたりをもう一度だけ、見渡す。しかし、目に映る光景は先ほどまでいた、教室なんかではない。
「異世界?」
「さぁ、どうでしょうか・・・。けど、この前・・・屋上に居たときと似てませんか?ほら、廊下のところから満月さんが沸いて出てきたじゃないですか?」
ああ、あったねぇと幽霊は呟きながらそれならばと廊下の暗がりの部分へと目を移す。
「ほら、今回もなんだかとってもえげつない生物が出てきたよ!」
影の部分から、人型であろう・・・黒い生命体が液体のように姿を現し始めた。
「満月さん、どうします!」
「こういうときは、先制攻撃!見てなって!!」
どこから取り出したのか知らないが、ピコピコなるハンマーを振り落として必死に影から出ようとしている黒の生命体を押し返していた。その光景はプールから出ようとして友達から押し戻されているような感じに少年は見えたらしい・・・。だが、黒の生命体は他のところからも姿を現し始めた。幽霊はいい加減、つかれてきたと見える黒の生命体を開放し、少年へ告げた。
「時雨、やっぱり無理!!ここは逃げたほうがいいと思う!!」
「そうでしょうね・・・。」
最後につかれてしまった黒の生命体をピコッと叩いて幽霊は時雨とともにその場から逃げ出した。走りながら、少年は幽霊に尋ねる。
「満月さん、さっき・・・校庭に何が居たんですか?」
「ん?ああ、あれね・・・黒くてフリフリの服を着た西洋っぽい、女の子が居たよ。仮面をつけてたねぇ。狐の・・・。」
そこまでいって、一旦二人とも男性トイレに姿を隠す。鏡は不自然に歪んでおり、何かが出てきそうな感じがする。事実、個室のほうからはなんだかうめき声が聞こえてきている。
「時雨、あの少女は・・・誰だろうね?」
「さぁ?」
少年はそういいながら個室へと近付いていき、幽霊は掃除道具箱を開けて何かを取り出した。少年が開けた個室の便器からは黒の生命体が出てきていた。
「ま、知り合いなら・・・顔見れば分かるんじゃない?」
幽霊はそういいながら掃除道具箱から取り出したパッコンで黒の生命体に襲い掛かる。少年はレバーを押し捲っている。そして、黒の生命体は何かに抵抗するかのようなオーラを出していたが、力尽きて流されてしまった。
「時雨、やっぱりここも危険だよ。とりあえず、校庭に出よう。」
「わかりました。でも・・・廊下に出て囲まれたらどうするんですか?あと二つの個室からもうめき声が聞こえてきてますけど・・・。」
少年がそういうと、幽霊はドレスの背中部分から何かを取り出した。それは、いつか見た極細の西洋の剣であった。水を得た魚のような感じをかなり受ける。
「邪魔するものはこれで皆、なぎ払うってのはどうかな?」
「わかりました。やってみます!!」
少年は幽霊から剣を受け取ると、廊下に出て、階段のあるところへ全速力で走り出した。途中、邪魔をする黒の生命体は少年の、
「峰打ち!!」
気合の入った峰のない西洋の剣で一刀両断された。少年の目は満月のような輝きを持っており、もはや・・・誰も少年を止められないようであった。
「やるね、時雨?いや、やりすぎだろう・・・。」
少年が走り去った後を数歩遅れで幽霊が通り抜けるのだが、黒の生命体がたくさん転がっている。倒された黒の生命体はまた、闇の中へ帰っていっていた。中には手を振って消えるものもいる。
「上に行くんですか、下へ向かうんですか!」
「気分的に上!!屋上に行こう!!屋上から攻める!!」
幽霊は幽霊なのでどんなに高いところから飛び降りても死なない。しかし、少年が少年だと言うことを忘れていた幽霊はいつもの感覚で答えてしまい・・・少年はそのまま屋上へと続く階段を二段跳び、たまに三段跳びで駆け上がっていった。階段でも影の生命体はもじゃもじゃ・・・・ではなく、うじゃうじゃ出てくる。
「くそーっ!!」
少年は必死に剣を振り回して奮闘しており、後ろから襲い掛かってくる黒の生命体は幽霊が相手をしていた。
「うん、うん、あんたもきちんと彼女の相手をしてやらないからいけないんだよ?いい、彼女には優しくしなよ?」
少年の相手をしている影の生命体は場所が狭いため、二列にきちんと収まっており、余ったスペースでは後、何分待ちだとか、コンボ数を表示しているプレートを持った黒の生命体もいた。暇なのだろうか?
それから、数分後・・・・やけくそになったのか知らないが、少年は刀を槍みたいに構えて長者の列の中へと光を出しながら突き進んでいった。その光に当たった黒の生命体は薬をやっている患者のような幸せな顔で消えていった。そのままの勢いで少年は屋上へと突き進む。
「うぉぉぉぉ!!」
屋上のドアを壊して、少年はようやく、動きを止めた。空にはおおきな満月が姿を現していた。
「・・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・。」
「時雨って意外と激しいんだね?満月、どきどきしちゃった!きゃっ!!」
少年の周りをふらふら飛びながら幽霊は軽口を叩いていた。少年はあんなに数が居たのに息一つ上がっていない幽霊に敬意の心を持った。実際、黒の生命体と話をしていただけなのだが、少年はそれを知らない。
「ほら、あれが・・・ボスみたいだね?」
「・・・!!」
少年は剣を持って立ち上がった。二人の目の先には狐の面に黒のフリフリドレスといったアンバランスな姿の少女が立っていた。それぞれの考えを持っていたのか、三人は黙り込んだ。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。(一体、彼女は何者なんだ?まさか、あれがばあちゃんたちが言ってた存在?)」
「・・・・・・・。(よっしゃ、他の二人よりも黒丸点が一個多い!!これぞ、勝ち組!!)」
まず、動いたのは幽霊であった。相手に近付いていって・・・。
「顔、見せてよ!」
そういってなにやらお面をはがそうとしている。相手はそれを阻止するかのようにお面を両手で押さえ込んだ。
「見せてよ、見せてよ、見せてよ、見せてよ、見てせよ、せてみよ、み・・・ぎゃ。」
今度は幽霊が舌をかんで口を押さえる番であった。その二人を少し離れた場所で見ていた少年のもとへ、黒ドレスの少女は近付く。
「・・・・時雨さん、お久しぶりですね?」
とても澄んだ、引き込まれそうな声であった。もしも、引き込まれたら二度と戻ってこないだろう。しかし、少年はまだ引きこもっている場合ではなかったので平常心で聞いていた。
「君、誰?」
黒ドレスの少女の後ろから幽霊は再び襲い掛かり、仮面を剥そうとがんばっている。
「見へへよ、見へへよ、見へへよ・・・」
滑舌がおかしい幽霊を相手に、再び黒ドレスの少女はお面を押さえ込んだ。