薬品
二十一、
少年が記憶をなくして皆に保護された日の午後である。少年は洋館の庭で皆と談笑をしていた。
「へぇ、僕はそんな人間だったのか・・・。」
どちらかというと少年にとっては失望するほうのほうが多い過去話であった。そして、そんな彼らの元へと黒塗りの車が現れる。
「時雨様、久しぶりでございます。」
「・・・?」
「ああ、そういえば記憶をなくしておられたのでしたね・・・・時雨様、これをお飲みください。」
実験場からやってきた執事は鞄からドリンク剤のようなものを取り出した。それには怪しそうな色の液体が詰まっている。
「これは・・・?」
「時雨様のなくなった記憶を取り戻す薬です。」
「「「「「「「・・・・・!!」」」」」」」
「ですが・・・・まぁ、どうぞ早くお飲みください。」
「ありがとうございます。」
少年はその薬のを飲もうとしてためらった。
「あの、これなんか凄い臭いがするんですけど?」
「良薬は口に苦しです。どうぞ、一思いに飲みきってください。」
少年は躊躇いながらもその液体を再び見下ろした。炭酸飲料なのか怪しげなしゅわしゅわが少年を恐怖の淵へといざなっているようだ。
そこへ幽霊が現れて少年の肩へ手をやった。
「時雨、大丈夫。なんなら、私が口移しでもしてあげようか?」
「な、何言ってるんですか!!」
「そうよ、何言ってるの!?満月さん!!」
妹とメイドはそんなことをいっている幽霊へと抗議の言葉を発した。
「なぁに、冗談。」
へらへら笑っている幽霊をジト目で見ながらも妹とメイドは少年に告げた。
「「飲んで!!」」
「は、はいっ!!」
少年は液体を一気に口に含んで飲み込んだ。
「もぎゃん!!」
そして、体のいたるところから濃密の煙を噴出して目をぐるぐるに回しながらその場に散った。
「時雨、大丈夫か!」
「時雨さん?」
「時雨君!!」
妹、幽霊、メイド以外の三人が少年を抱え起こす。なんだかその顔は妄想に取り付かれている感じでもあり、事情を知らない第三者が見たら病院に運び込むに違いない。
「お兄ちゃんが!」
「時雨様が!!」
「まぁ、しょうがないんじゃない?」
最後のは幽霊だ。その三人は執事へと詰め寄った。
「どういうことですか!時雨様が泡吹いて倒れちゃいましたよ?」
「大丈夫です。いいですか、時雨様を今すぐに・・・・火の光が当たらないところに連れて行き、体を冷やしておくのです。そして、夜、月が出たら時雨様を月光に当ててください。」
真剣に言った執事を信じて幽霊以外の人達は少年を抱え込んで洋館の中へ連れて行った。
一人残った幽霊は執事に尋ねた。
「最後のは違うんじゃない?」
「そうですね、最後のは雰囲気的にそのように言ったら神秘性を持たせられるのではないかと思ったのです。満月様といいましたか?時雨様をよろしくお願いします。あの方は、幼き頃より、苦労をされてきているので・・・くじけるところを知りません。他人の痛みも知ってしまうようなお方なのです。」
「わかりました。この、『満月の騎士』にお任せくださいな。」
「それを聞きまして安心しました。」
そういって執事は去っていった。その頃、少年の部屋のベッドに少年は寝かされていた。妹とメイド以外は少年を安静にするため、家に帰ったのであった。
「・・・・お兄ちゃん、大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ。時雨様はこんなところで挫けるお人ではありません。私達メイドの皆は時雨様の噂を良く聞いておりました。」
「・・・・。」
メイドは主人である少年の鼻先をつついて部屋を出て行った。その仕草が長年恋人にしているような感じだったのでむっときた妹も対抗するかのように少年のほっぺたを引っ張りまくった。
「う〜ん。」
少年は苦しそうな顔になって誰かに助けを求めているようだった。ほっぺたをつねるのにも飽きたのか今度は段々と寝ている少年へと近付いていっている妹。その顔が赤くなっていき・・・誰かに言い訳をするように告げた。
「お、お兄ちゃんが一人で寝ていると苦しそうな顔をしてたんだからきっと、一人で寝るのが怖いと思ったんだよ!!だからさ、だからね・・・。」
そういって妹は少年が寝てもまだ、面積が多く残っているベッドへと体を割り込ませたのであった。
「たまにはいいよね?誰も見てないし・・・。」
欠伸をして少年にくっついて寝息を立て始めた。
「おやおや、ご兄弟そろって昼寝ですか・・・。」
様子を見に来た幽霊は寝ている二人を眺めて空中をさまよった。別に眠かったわけではないが、幽霊も少年のもとへと向かい、その上に眠った。
「うぅん、やっぱり時雨はいい宿主だ。木刀に追い出されて誰に憑くべきか迷ってたんだけど・・・・時雨に憑いて成功だったな。」
幽霊はそう呟いて眠った。妹は時折、にへらと笑っており、少年も時折、にへらと笑っている。ここいらが血が繋がっていないが兄妹といったところだろうか?
「鈴様・・・あら?」
一向に部屋から出てこないので部屋の外で待っていたメイド(幽霊は普通に壁を突き抜けて現れた。)は静かに寝ている三人組を見てもやっときた。マスターの頭にボールを全てぶつけたくなってきている状態である。妹のもとへと近付いていき、ベッドから引きずり出そうと思ったがやめた。別に幸せそうに寝ていたからではない。
「まぁ、他の方々が起きなければいいんですし・・・・今日は誰も来ませんよね。ならちょっとだけ・・・・。」
そういってベッドに入り込んで妹よりもかなり近くに引っ付いて少年のほっぺたにすりすりしながら目を瞑った。
それから、数時間後、辺りは真っ暗になっており、そろそろ月も出ている頃であった。そして、寝ている四人の中で一番先に目を起こしたのは少年であった。
「・・・ん?」
目を覚ますと四人の女の子が・・・・寝ていた。
「・・・鈴と、満月さんと、美奈さんと・・・・後は・・・・この女の子は誰だ?」
少年は一番小さい感じを受ける少女を見た。何故、女の子だと思ったのかは服装が黒いドレスだったからだ。カーテンを閉めていない窓からは月光が綺麗に当たっており、それは、その少女の姿を映し出していた。
少女は漆黒のドレスをまとっており、髪は金色だった。まるで静養人形のような感じを受けるが、なんと、その顔には狐のお面をかぶっていた。
だが、静かに寝息を立てているだけであった。
「・・・・・。」
少年はどうしてこんなことになったのか思い出してみようとして思い出すことが出来なかった。道端に落ちている本を拾おうとしてそこからの記憶が全く残っていない。
ぐぅーと、自分のお腹がなったのに気がついた少年は他の女の子たちを起こさないように注意しながらベッドから抜き出して調理場へと向かった。何故だか、月明かりで洋館の中は電気が必要なかった。少年は経済的だとのんきに思いながら窓の外に広がっている巨大な月を見ながら調理場でみんなの料理を作り始めたのであった。
一方、少年の部屋で二番目に目を覚ましたのは妹であった。
「・・・・ん??」
目の前にあるのは少年の顔ではなく、メイドの寝顔であった。そして、それを見て何があったのかを思い出す。
「あ・・・・。」
そして辺りを見渡すが、少年の姿はない。外に見えるのは大きな月だけだった。他にもベッドにはもう一人寝ている人物が居たのを見つけて、結局、全員が少年のベッドで寝ていたのかと妹は思った。
「はぁ・・・ところで、兄貴はどこ行ったんだろう?」
妹は少年が見ていた狐のお面をかぶった黒くてふりふりの少女を見かけることなく、その部屋を去ったのであった。
次回、とうとう・・・人形の話になるかもしれない!