投
十六、
次の日、少年は四時起きであった。と言っても、坊主によって起こされたのである。
「・・・ふぁ。」
そして、朝から冷たい水を汲んできて、境内の掃除を行っている。因みに、少年をしとめ損ねた忍者も一緒になって修行を行っていた。
「時雨さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫。眠いだけ・・・。」
幽霊なんかは時雨の方に器用に止まってうつらうつらしている。
「・・・ぐぅ〜」
目を開けたまま、少年は鼾をかき始めた。その様子をどこから見ていたか知らないが、飛礫が飛んできた。それは見事、少年の額に直撃した。
「うがぁ!はっ、しまった・・・寝てたみたい・・。」
そして、再び境内を掃除し始めた。しかし、ある程度はわき進めるとうつらうつらとなってしまう。今度は、卒塔婆の陰から水鉄砲が噴射。寝ている少年の顔に直撃。
「ぶはぁ!!あ〜埒が明かないなぁ。」
その肩に幽霊を乗せたまま、少年は離れて掃除をしている忍者のもとまで近づいて滝に当たってくると伝えておいた。
「・・・大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ。ま、目覚ましにはちょうどいいと思いますし・・・・。」
肩に幽霊が乗っていることを忘れて、少年はそのまま滝に入っていった。びっくりしたのは幽霊である。花畑を歩いてると、急に真上からスコールが降ってきたと語っている。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
まさに、寝耳に水である。不意打ちよろしく、少年を滝つぼへ蹴り倒し、自身も驚き、滝つぼへと転落。二人して朝から水泳をしてしまう羽目となった。この時期には少々早いプール開きだ。
「満月さん、危ないって!!」
「危ないのはこっちだ!!いきなり人を滝に放り込む奴がいるか!!」
そんな二人を見ていた忍者は苦笑しながらもその光景を眺めていた。そして、自分にもあの輪の中に入りたいなぁと思ったのであった。
「死ねばもろとも!そこに立っている忍者さんも餌食になりなさい!!」
恐ろしく早い水鉄砲が五十メートル以上離れている忍者の体に直撃。忍者は思う。やっぱり、一人のほうが良かったかもしれないと・・・・。
忍者も竹箒を放り投げ、滝つぼの中にいる二人に踊りかかったのであった。そのスピードがあれば、少年たちに勝てたかもしれない。
まぁ、やまない雨はないという凄く当然な道理のように三人は坊主に叱られた挙句、朝食を抜きにされた。更に、本堂を雑巾が消しておくようにとまで言われたのであった。
寺なのに 鳴るのは皆の 腹の音 天道時 時雨
世の無常さと、悪戯しすぎたと反省している少年の気持ちを素直に表している一句である。まぁ、季語が入ってないのはご愛嬌で勘弁してもらいたい。
それから約一週間そんなことを繰り返していき、とりあえず精神を集中させることだけは慣れた少年であった。その顔は寺に来る前とかなり違っていた。かなり、辛そうである。
「大丈夫、時雨君・・・・。」
「はは、大丈夫大丈夫。まぁ、お寺での生活なんてそんなことはめったにないからたまには良かったなぁって思ってるよ。うん、ほとんど寝てないって思うのは僕だけかなぁ。」
枕投げ、仏像の右腕を折ったり、廊下に滑りやすいような仕掛けをしたりと殆どは幽霊が悪戯しまくったのだが連帯責任として少年と忍者にも罰がくだったのであった。それは日頃に酷くなっていっており、忍者と幽霊は平気であったが少年にはきつかった。
「鍛え方が違うからだよ。うん、時雨にもいい教訓になっただろう?」
「はは・・・そうですね・・。」
幽霊は幽霊なので寝ても寝なくても変わらないものなのかと少年は思いながらため息をつきながらバス停のベンチに腰掛けた。そのうち、少年の首はふらふらさまよう振り子となって前に後ろにふらふらし始めた。
「ま、少しは私も疲れたから・・・・氷雨ちゃん、私もちょっと寝させてもらうよ。」
「え、はい、わかりました。」
忍者にそう告げて、幽霊は姿を消した。起きているのは忍者一人となってしまった。少年はそんな忍者の膝の上に頭を乗せたのであった。
「あっ・・・。」
「ぐぅ〜〜」
なんとも微笑ましい光景に忍者は頬を染め、少年は鼾をかき始めた。近くには誰も居らず、バスが来るにはまだ、時間がある。(あと、二時間ほど余裕がある。)そんな少年を見ていると、忍者も眠たくなってきたのであった。
そして、忍者が目を覚ますと・・・バスがちょうどやってきたのであった。
「あ、時雨さん、起きてください!」
少年は既にベンチの下に落ちており、目の下にクマなどが出来ているので一見すると死んでしまったようにも見える。そしてなにやら、寝言を呟いている。
「うぅん、硬いよぉ!プリンがこんなに硬かったなんて・・・・うわぁ!このプリン、山菜で出来てるよ!やった、今日の味噌汁は具が多い!!」
そういって近くに落ちている小石に噛み付いていたりもしている。よほど、精進料理が少年の神経を蝕んでしまったらしい・・・・。
「お客さん、乗るの、乗らないの?」
「あ、乗ります!ちょっと待っててくれませんか?」
起こすと色々と可哀想なので少年を担いで忍者はバスに乗った。バスの中は誰一人も乗っておらず、幽霊も姿を現していない。
バスは静かに動き出し・・・その振動につられて忍者も再び寝てしまったのであった。
「・・・・ん?」
少年は目を覚ますと頭を起こして辺りを見回してみた。振動音が聞こえてきており、どうやらバスに乗っているようであった。そして、自分の頭は何だか柔らかなものに乗っている。
「あ、膝枕・・・。」
急いで頭を起こして状況を確認。バスの隣の席では忍者が静かに寝息を立てて寝ていた。
「・・・・。」
少年はそんな忍者の顔を眺め、目をこすってバスの外の景色を見てみた。色々な看板が物凄いスピードで後方へと姿を消していっており、後ろからはパトカーのサイレン音が聞こえてきている。乗客は他にはなく、少年たち以外は運転手しかいない。
「・・・あの、パトカーが追ってきてますけど・・・スピード出しすぎじゃないんでしょうか?」
運転席にそんなことを言うと、運転手さんは振り返った。その顔に当然のように見覚えはなく、そしてその人はどこからどう見ても運転手には見えなかった。目だし帽をかぶっており、小脇にハンドバックを抱えている。ハンドバックからは入りきれないほどのお札が見えていた。
「・・・!!」
今まで少年たちがいることに気がつかなかったのだろうか?どこからどう見ても銀行強盗の男は少年に驚いてハンドルを思いっきり左に切ってしまった。
ガシャーン!
当然のように壁にぶつかってしまい、そこでバスは動かなくなってしまった。少年も危うく怪我するところであったが、寝ている忍者を掴んで椅子の取っ手を思いっきり掴んでいたので無事であった。そして、銀行強盗の男も奇跡的に無事だったのか気絶だけで助かったのであった。
「・・・!時雨さん、どうかしたんですか?」
流石に目を覚ました忍者は今の状況を見て驚いていた。バスは逆さまになっており、少年の腹の上にのっていたからである。
「さぁ?なんだか知らないけどどうしてかこうなったんだよ。」
パトカーがやってきて、少年たちは無事に保護された。そして、銀行強盗も逮捕され・・・・丸く収まった感じであったが、一つだけ問題があった。
「あれ?か、母さん!」
パトカーの一台に少年の母親が同乗しており、スーツ姿であった。
「時雨、話があるからちょっと来てもらえないかしら?」
「・・・・わかりました。」
その顔は厳しく、引き締まったものであった。周りにいた警官と忍者も緊張した顔になった。
少年をパトカーの中に入れ、母親は車を出すように言った。
「あの、氷雨さんは?」
「彼女は他の者にきちんと送らせるわ。時雨、悪いけど予定を切り上げることとなったの。」
「どういうことです?」
このシリアスな展開に寝癖がついたままの少年ではちと役不足だ。ここは誰かに代わってもらったほうがいいかもしれない。
「そうね・・・・ここでは話しづらいから、やっぱりお屋敷で話してあげるわ。大至急、車をお屋敷に飛ばして。」
前に座っている警官にそう指図すると、警官は頷いてボタンを押した。結果、車は自由な鳥となって離陸したのであった・・・。
さて、皆様作者の雨月です。実のところ、苦しいことがあるんです。それは、今後なんです。あっちのほうは魔界なぞに行きましたが、こっちの時雨は多分、いきません。まぁ、おひまな方がおりましたら、ここが悪いなどと教えてほしい所存でごじゃいます。それでは、これからもがんばっていきたいと思いますので、皆様も風邪などにかからないよう気をつけてください。