牙
十四、
「・・・奥様、時雨様に刺客を送り込んだのは本当でしょうか?」
「・・・ええ、それがどうかしたの?」
「宜しければ、何故そんな危険なことをしたのでしょうか、私に教えてください。」
「・・・確かめるためよ。あの子が『西洋狐面』のご加護を受けているかどうかのね・・・。ま、学校にも稀に休むかもしれないって連絡を入れておいたし。」
「しかし・・・・」
「大丈夫、安心しなさい。きちんと手は打ってあるから。」
「それを聞いて安心しました。」
「念の為、刺客は二箇所に送っておいたから。」
「・・・・・。」
少年はいつものように高校へとやってきた。だが、今日は校長室へと来るために学校へとやってきたのだ。これも、少年の母親からの命令である。
「はぁ、本当に校長先生は了承してくれるのかなぁ。」
「ま、大丈夫だって。今度はどうなるか分からないけど・・・・がんばれば何とかなるよ。」
適当にそんなこと言っている幽霊を眺めて半ば諦めて誰かに助けを求めようと考えたが・・・彼の救世主はいそうになかった。
しかし、そんな少年にはもう一人、刺客が近くに存在しているのであった。その刺客は、廊下の影から少年と幽霊をジーッと見ていたのであった。
『し、時雨君が女の子と歩いてる!か、彼女かな?でも・・・透けて見えてるし・・あ、成る程・・・あれが長老様が言ってた幽霊の満月さんか・・・。』
他の生徒はそんな根暗少女を怪しそうに眺めていたのであったひそひそ話していたりもするが・・・次の瞬間、その根暗少女は姿を消したのであった。目撃者の証言によると、まるで幽霊でも見ていたような気分だったらしい・・・。
その次の日、少年と幽霊はどっかの山に来ていた。
「さ、新天地にきたし、気合入れていこう!」
「・・・・。」
気合が入っているのは一人だけだった。因みに、少年がここに来る羽目になった理由は・・・・少年の手元に着た一通の手紙であった。差出人は少年の母親。
『点手毛山に行く事。そして、そこの寺で精神修行をしてくること。一応、学校長に報告しておくこと。』
と、書かれており・・・少年はその通りに従ったのであった。
「暗いぞ、青少年!」
「・・・いや、だってさぁ・・・おかしくない?」
「何が?」
辺りを見渡しても寺らしきものは見当たらない。あるのはバス停だけである。それ以外は森といっても過言ではない。
「それなら、近くを歩いている人にでも聞いてみたら?ほら、あそこに鎌を持って歩いているお婆さんとか・・・。」
「・・・・。」
どこからどう見ても怪しそうな雰囲気を出している老婆である。その姿はまさしく、山姥といっていいに違いない。らんらんと光る両の眼は先程から少年と幽霊を捉えて逃さないようだ。幽霊が言っているようにさりげなく鎌を隠しているような感じがこれまた、恐怖心を増大させている。
「気が進まないなぁ。」
「そう?なら私が聞いてくるよ。ちょっと待ってて。」
幽霊はそのまま駆け出して山姥・・・失礼、老婆のもとへ向かったのであった。二、三語言葉を交わした後、少年のほうへ幽霊は手をまねている。これを老婆がしていたら首を振って遠慮していたに違いない。少年が老婆のもとへ行くと、幽霊は老婆のほうをちらりと見て、少年に耳打ちした。
「この人、なんだか普通の人間じゃないみたい・・・。」
「山姥?」
「いや・・・景色に溶け込んだりしてるから・・・。」
そんな話をしていると、老婆はニコニコしながら少年に頭を下げた。
「どうも、私たちは貴方のお母様からご連絡をもらったものです。道中は私が案内いたしますので、どうぞ、ついてきて下さい。」
そういうとそのまま歩き出したので、その後をあわてて二人は追いかけていったのであった。
「時雨さんは忍者がいると思いますか?」
唐突にそんなことを言われ、少年はちょっとびっくりしたが・・・なんだか老婆の顔が笑っていたので冗談を言ってるのかと思って聞き返してみた。
「おばあさんはいると思いますか?」
「ええ、いると思います。」
「僕もいると思いますよ。」
その後に、幽霊もいるんだから忍者もいたっていいだろうと思った少年であった。
「ここいらで農作業をやっているとね、たまに、一陣の風が吹くんですよ・・・。それでね、私どもはそれを忍者だと思っているんです。まぁ、良くあることですがね・・・。」
笑いながら話しかけてくる老婆に対して少年は自分たちが住んでいる近くにもそんな話があるんだなぁと思いながら聞いていた。幽霊は先程からずっと老婆の姿を眺めていた。
「さ、つきましたよ。ここが貴方達が探していたお寺です。後は寺のものが世話をしてくれると思います。」
「ありがとうございます。」
寺を見た後、少年は老婆に振り返って例を述べたが・・・既に老婆の姿はなく、強い風が吹いただけであった。幽霊も寺を見ていたので老婆がどこに行ったのか見ていない。
「・・・・あのおばあさん、忍者かも・・・。」
「ははっ、今更何言ってんの、確信もないのにそんなことを言ったって駄目だよ。時雨、物事はきちんと確立しておかなきゃ・・・それに、どうやら寺の住職さんがお目見えのようだよ。」
幽霊が視線を向ける先にはいかにも住職といった感じの人が威厳たっぷりに立っていた。
「どうも、至芸といいます。貴方が時雨さんですね?」
「え・・・ええ、そうです。こっちは満月さんといいます。」
「どうも、よろしくお願いします、至芸さん。」
「こちらこそ・・・では早速、時雨様にはこちらに来てもらいます。」
物腰が柔らかい感じのような人だが・・・なんだか怪しい雰囲気もある人であった。とりあえず、少年と幽霊はその後ろを追いかけていったのであった。
「お部屋はここでございます。荷物をおきましたら境内に来てくださいね。」
そういって姿を消した住職を見て、再び、幽霊は首をかしげた。
「うぅむ、絶対、何かがおかしい気がするんだけど・・・。」
「まぁ、気のせいじゃないかな?さ、行きましょう。」
幽霊と二人して、境内へと姿を現した少年は今度は近くを流れている滝に案内された。
「さ、今日はこの滝に打たれてもらいます。・・・・時折、何かが落ちてくる可能性も否定できませんので・・・・気をつけてくださいね?」
目をつぶって集中している最中に何かが落ちてきたらそれを避けるのは不可能じゃないかなぁと思いながらも少年は黙って滝に打たれにいったのである。
「この服をどうぞ。」
真っ白の服を渡され、少年はそれにさっさと着替えて滝に入って・・・悲鳴をあげながらも滝に打たれ始めたのであった。
「さ、満月さんもどうぞ。」
「え!あたしもですか?」
「無論です。」
少年の悲鳴が聞こえてくる滝を指差して坊主は答える。幽霊は首を振ろうとしたが・・・・坊主の言いようもない視線に手を上げて大人しく従ったのであった。
「のわぁぁぁっぁぁ!!」
と二人仲良く叫びながら修行?に耐えている。
坊主はそれを見届けると、視界の端に捕らえた人影のもとへと向かう。
「・・・作戦は今日の夜、決行だそうです。至芸さん、協力感謝します。」
「いえ、私は当然のことをしただけです。それに、なんだかあの少年は只者ではない感じがするのですよ。」
「・・・そうですか、それでは、よろしくお願いします。」
黒い人影は音もなく、消え去り・・・・後に残ったのは滝に打たれている二人の悲鳴と・・・そんな二人を見ている坊主だけだった。
その頃、寺の近くに作られている簡易会議場には黒い布を纏った人影が数人、集まっていた。
「・・・・あの少年が標的か・・・しかし、あの天道時家の息子だとはな・・・。」
「ま、私たちが実際にするのではありません。氷雨が頼まれた依頼ですので、あの子がどうにかするに違いませんよ。長老様、私たちはあの二人が逃げ出さないように見張るだけです。さて、あの子達の実力とやらを見せてもらおうかしら?」