鎖
十一、
少年は幽霊がいるのを気取られないように教室へと入った。
ここで説明しておくが・・・・少年の教室だけはかなり惨い。何故なら・・・・少年以外の高校生はすべて不良なのだ。今日も数人しかいない。因みに、放課後まできちんと教室にいるのは少年だけである。何でも、近隣の不良中学生が全てこの高校に受かってしまい・・・その全員が進級した結果、何を間違えたのか少年だけがこの教室の住人となってしまったのだ。
「・・・。」
少年はかばんの中に押し込んだ幽霊を気にしながら静かに自分の席について先生が来るのを待った。そろそろ、チャイムが鳴る時間なのだが・・・・一人、茶髪の男子生徒が立って教室を出て行った。もう、戻ってこないだろう。
「はぁ、凄いねぇ。」
幽霊はかばんから顔だけを出して誰にも気が付かれないようにこの教室の感想を漏らした。まぁ、誰が見てもそう思うに違いない。残り、少年を含めて三名。
チャイムが鳴り、先生が入ってきた。
「・・・おい、そこのお前!何だ、その頭は!」
「ぶぁぁ?俺の魂にけちつけんじゃねぇよ。」
「先生に対してなんて失礼な態度なんだ!ちょっとこい!!」
先生は入ってくるなりその生徒を連れて何処かに消えてしまった。少年はため息をつきながら残った一人の不良を見る・・・・と、そこで残った人物が不良ではないことに気がついた。
「・・・?」
少年は始めてみるその後姿をまじまじと眺めた。
なんだか暗いオーラが吹き出ており、暗いイメージしかわいてこない。
ここからでは顔が良く見えないのでクラスの集合写真を見た。
まだ、全員がきちんと学校に来ていたころに取ったものであった。(噂ではTV局が来ると先生に騙されたらしい。)少年は懐かしみながらもその写真をまじまじと眺めながらあの暗いイメージのあるクラスメートを探す。あの人物なら直に見つけることが出来るはずである。まずは自分の近くを探してみるがなかなか見つからない。
そして、十分後・・・・少年は影の薄いその少女を見つけたのであった。少年の近くによくよく見てみたら立っていた。少年はその影の薄さにびっくりしながらももう一度後姿しか見えないクラスメートのほうを見る。この教室では絶滅危惧種となった地毛の黒い髪の毛が目を覆っているのでなんだか凄く言葉に形容しがたい何かを放出しているような気がしないでもない。
目が合った。
「・・・あ・・」
「・・・・!(やばっ)」
気恥ずかしさで急いで目を逸らして下を向く。そこには幽霊がきちんと机下に収まっていた。かばんが掛けてあるので・・・まぁ、これならあの暗い少女から見えないだろう。
「お、時雨、浮気かな?」
「浮気って・・・そんなわけないでしょ。僕としてはあんな人初めて知ったよ。・・・おかしいなぁ、二年生に進級して他に僕のような人はいないか探してみたんだけど・・・・。居なかったと思うんだ。」
少年が自分以外は全て不良だと気がついたときの絶望感は実際に体験してみないと分からない。既に何人かは警察にお世話になったり、退学している。まるで、何かのサバイバルゲームのようだ。
「・・・成る程、彼女は誰にも気づかれることなく、青春を謳歌していたのか・・・。可愛そうに・・・。」
幽霊はそういって自分の世界に入っていった。目がきらきらして何かをぶつぶつ喋っている。そして、不良を連れて出て行った先生は一時間目が始まるまで帰ってこなかった。
昼休み、幽霊は暇だったのか・・・(実際に幽霊は何もしておらず、やってきて先生の近くを回っていただけであった。)何処かに行ってしまった。教室に居るのは少年と根暗の少女だけであった。なんだか教室に居ることができなくなったので少年は弁当を持って何処かに避難しようとしたが・・・・ここで根暗少女が口を開いた。
「あ、あの・・・!!」
少年はこっちを向いて声を掛けてきた少女を出来るだけ見ないように辺りを見回した。少年としては近くに誰か、身代わりになりそうな人が居ないか探してみたのだが・・・・当然のように誰も居なかった。少年は首をぎこちなく動かしてその根暗少女に向き合った。
「な、何ですか・・・?」
出来るだけ目を見ないように・・・実際のところはどうやら伏し目がちにしているので目を合わせることはないのだが・・・少年は背の低い相手の頭を眺めることにしておいた。
「い、一緒にお弁当を食べませんか?」
小さな弁当箱を突き出して少年にそういったので少年としては首を横に振ることができなかった。
「え、ええ・・・・いいですよ、一人で食べるのはちょっと心細かったですから・・・・。」
因みに、『一人で』の前には『貴女の居る教室では』が入る。まぁ、そんなこんなで少年は机に座りなおして作り笑顔をした。初めて女の子のクラスメートに声を掛けられたのがこんなに暗いのではなんだかお先真っ暗だなぁと思いながらも少年はポジティブに考えようと努力してみることにした。
「・・・・ありがとうございます。」
目まで覆った髪の毛が揺れ・・・その目が一瞬だけ姿を現した。
「・・・・。」
その嬉しそうな目を見て少年は自分の考えが以下に間違っており、まるで、上のものが下のものを見下しているようなものであることに遺憾を感じた。そして、心の中でこの相手に会見を開いて瞬くフラッシュの中・・・・どうもすみませんでしたと謝ったのであった。
二人は黙々と弁当を食べ始めた。どちらも話さないので聞こえてくるのは鳥の囀る声と時折、廊下を歩く生徒の音だけである。どうにも息苦しい雰囲気であった。少年は意を決して、話しかけた。クラスメートの女の子に話しかけるのはこれが初めてである。
「あの、名前を教えてもらえますか?」
「え・・・な、名前ですか?」
あたふたするその姿を眺めながらどうやらこの人物は話すのが苦手だと気がついた。
「わ、私の名前はですね、ふふふふふ・・不和 氷雨といいます。」
「あ、そうですか・・・。」
その後、やはり会話は進展しなかった。既に両方、弁当を食べ終わっており、立とうにも立てない状態が続いている。根暗少女が名前を告げてから既に五分が過ぎており、少年としても色々と考えていた。
(ええと、ご趣味は何ですか・・・いや、これはなんだかおかしいな・・・。じゃ、彼氏は居ますか・・・居なかったときが可哀想だ。・・・こうなったら、あたって砕け散れだ!!)
なんだか微妙に間違えながら少年は思いついたことを口に出してみることにした。
「不和さん!」
「は、はいっ!!」
「今日、遊びに行ってもいいですか?」
少年の考えとしてはまず、友達になる方法はとりあえず近付いてみるということであった。しかし、高校生になって・・・・なんとなく友達いらないんじゃないかと考えながら生活をしていたので少年の高校での知名度はかなり低い。小さい頃は初対面の相手でも勝手にお邪魔していたぐらいの厚かましさを持っていた。
「は、はいっ!!いいですよ!」
そして、言った後に少年はしまったと思った。これは男子に対してするものであり、女子にすると相手方の父親から睨まれる可能性が出てくるのである。今となっては後の祭り・・・・少年は相手の表情・・・が嬉しそうだったので特に何も言わずに弁当を片付けた後、相手に向かって苦笑いをした。
その様子を、廊下から少年の妹が見ていた。
「くっ、先を越されたぁ!!いつの間に・・・。」
「全くだ、僕というものがありながらな・・・時雨君にはきつく言っておいてくれ。」
「分かったよ、賢治さん・・・?あれ、いつの間に・・・。」
「なぁに、軽いジョークだ。む、そろそろ時間だな。さらばだ、時雨君の妹さん。」
突然やってきてさっさとさっていった謎の少年、賢治。少年の友人の後姿を眺めながら妹は目をぱちくりした。
そして放課後、あの後、動揺していた少年は更に思いついたことを適当に口走ってしまい・・・・根暗少女の家に着くまで、彼女と手を繋ぐ羽目になった。
「あ、あはははは・・・。」
もはや、少年には笑うしかなく、世界が明日滅ぶといわれても笑うしかないであろう・・・。だが、それに反比例するように根暗少女は嬉しそうであった。少年はとりあえず、話題を出そうとしてそのことについて質問してみることにした。
「・・・不和さん、もしかしてあんまり人付き合いって得意じゃない?」
「は、はい・・・あんまり他人と話したことがないんです。あ、でも小さいころから家で飼ってる黒猫とは仲良しでした。」
ニコニコしながら話すその横顔はどことなく、暗かった。
「・・・もしかして、死んじゃったとか?」
「・・・・はい。それ以降、友達は道端の小石でした。掲示板に書き込んだりしてみたんですが、やっぱり存在が薄いのか無視されてばっかりなんです。」
更に、三倍ほど落ち込んで暗くなってしまった根暗少女を元気付けようとして少年は励ました。
「大丈夫、今日から僕が友達だよ。」
「あ・・・・ありがとうございます!!」
頭を思いっきり下げ、根暗少女はお礼を述べた。そして、頭を上げたときの顔は少し、他人をほっとさせるようだったと少年は語っている。