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満月の騎士  作者: 雨月
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皆様、明けましておめでとうございます。新年早々、連載開始させてもらいました。

一、

 とある日、少年がなんとなく町を歩いていると・・・・武道具店が目に入った。その名も、『蚯蚓腫れ』という、なんとも変わったネーミングセンスの武道具店であった。そのネーミングセンスに惹かれ、少年は立て付けの悪い引き戸を引いて店内に入ったのであった。


「いらっしゃい・・。」


 店内には一人の老人が眼鏡をかけて新聞を読んでいるところであった。少年は別に武道なんかやっていないが・・・・近くに置いてある木刀などを眺めていた。彼は今日、高校に行かなくてはいけないが、病院に行った帰りなのでよしとしよう。大体は安静にしておかないといけないのだが・・・。

 おじいさんが新聞を読んでいて、近くで少年はずっと木刀を眺めていた。客観的に見てみると、二人とも暇そうに見える。少年はずっと木刀を眺めているだけで別に買う気はない。また、おじいさんも大負けを喫した競馬の欄をただただ、ほうけるように眺めているだけであった。・・・この店に時計がないことが残念だ。どのくらいの時間が経っているのか非常に気になる。

 そして、途中経過から再び結構な時間が経ったときにようやく、おじいさんは重たい腰をあげた。


「・・・・少年、冷やかしはお断りじゃよ。」


「・・・・すいません。あの、ええっと・・・この木刀って幾らなんですか?」


 少年はまさかおじいさんが話しかけてくるとは全く思っていなかったので少々戸惑いながらも言い訳を口にした。おじいさんは少年が手に持っている木刀をしげしげと眺め答えた。


「それは売れんのう・・・・わしの孫娘の形見じゃ。」


「あ、そうですか・・・。」


 そこまでおじいさんは答えると、今度はジグソーパズルをどこからか取り出し、作り出した。

キュートな猫の大きいサイズだ。

結構な値段になっただろう。それを少年は見届けると、手に持っていた木刀を元の位置に納め、また、木刀を眺め始めた。何故なら、この店には木刀以外、全て売り切れだと書かれていたからである。買う気もないならさっさと家に帰って寝ていろといいたいが・・・・少年はずっと木刀を眺めているだけだった。

 少年がふらっとこの店に入ってざっと二時間近く経ったに違いない。おじいさんのパズルも約三分の一は終わっている。子猫の姿が見えてきている。


「・・・・なぁ、少年・・・そんなにその木刀が欲しいのか?」


「え・・・・。」


 少年はどう答えればいいのか迷った。自分としては別に剣道や居合いをやっているわけではないのだが、欲しくないと言えば嘘になる。しかし、先程この店の店主であるおじいさんは売れないといったので買うことは不可能と思われる。


「・・・・少年の根性には負けた。その木刀は君のものじゃ。持って行って構わないよ。」


「え・・・あ、ありがとうございます。」


 少年はそのまま木刀を持って店内にすばやく出て行ってしまった。店主の気が変わらないうちにと言ったところである。しかし、店主の話はまだ続いていた。何故なら、少年を見ておらず、専ら、パズルに集中していたからだ。


「・・・・まぁ、よくその木刀を持って行ってしまった連中は直に返しに来るけどな。何でも、その木刀を近くに持っていると何かに見られている感じが毎日するそうじゃ。・・・・わしの孫かも知れんのう・・・。」


 そして、おじいさんはそこまで言って顔を上げた。しかし、既に少年は店を出てしまったらしく、いなかった。


「・・・?どうやら、わしも呆けてしまったようじゃ。客でもいるかと思ってしまっていたからのう・・・。おや?売れ残っていた孫の木刀がなくなってしまったのう。とうとう、店のものが全て売れてしまったから、店を閉店して売上金でどこかに引っ越して幸せな老後でも暮らそうかのう。」


 そしておじいさんはパズルを再開する為に再び目線を下に向けたのであった。しかし、そこでおじいさんは思い直してパズルを作る手を休めて引越しの準備にすばやく移りかかった。後に聞くと、誰かが耳元で善は急げと言ったかららしい。


 そして、そんな店主から木刀をもらった少年は自宅のベッドに寝転がると急に容態が悪化し、それから丸一日はベッドの中で過ごさなくてはいけなくなった。木刀がもたらしたものではなく、一時間以上、外にいた彼が悪いのである。つまり、自業自得といったところか・・・。


「・・・・。」


 少年が丸一日後、つまり、木刀をおじいさんからもらった次の日、事件は起こった。病気も治り、大事をとって学校を休んでいた少年は大好きな読書に耽る事にしたのであった。この前、買ってきた文庫である。しかし、何故か知らないがいつものように集中して読むことができない。何と無くだが、誰かに見られている気がするのである。


「・・・・?」


 周りを見ても自室には当然誰もおらず、彼を見ているのは微笑んでいる家族の写真だけであった。

 結局、気のせいだと思って読書に戻るが・・・・今度は耳に吐息がかかったような気がした。びっくりして後ろを振り返るが・・・やはりそこには何も無く、いつもの自分の部屋があるだけであった。とりあえず、読書をしていても集中できないと思った少年はベッドの中に入り、眠ることにした。彼としてはまだ、病気が治っていないと思ったからである。


「・・・・ふぁ。」


 短く欠伸をして少年は膨らんでくる妄想を頭の使わないスペースに無理やり押し込み、そこに鍵をして、ただ寝ることだけを考えた。

しかし、うとうとしていると再び、少年は誰かに見られているような感じを覚えて・・・・目が覚めた。どうにも、眠ることはできないようだと感じた少年は小さいころに読んでいた絵本を引っ張り出し、声に出して読み始めた。彼が小さい時代・・・帰って来るのが遅い両親の代わりによく自分で読んでいたものだ。そんな感じで昔を懐かしみながら絵本を読み始める。


「・・・昔々・・・おじいさんとおばあさんが山に住んでいました。おじいさんは山へ芝刈りに・・・おばあさんは川に洗濯に行っていました。」


「うんうん、それで?」


 自分の耳元で誰かの声がしたのを少年は聞き逃さなかった。まぁ、耳元で何かを言われたら普通は聞き逃さないだろうが・・・。そして少年はとりあえず話を進めることにした。


「・・・ある日、おばあさんが川で洗濯をしていると・・・・川の上流から・・・・」


「大きな桃が流れてきたんでしょ?」


 再び、少年は誰かの声が耳元で聞こえるのを感じた。

体が硬直するのが自分でも分かってきた。いや、全体的に体が固まってきたのを感じてきた。とある部分は縮こまっている。少年は思った。これがお化けという奴なのかと・・・。まぁ、このまま黙っていても何も始まらないと思った少年は物語の先を読むことにした。しかし、この先は少年の耳元で先程から喋っている人物が答えた答えではない。


「・・・・斧を持ったおじいさんがあっぷあっぷしながら流れてきたのでした。おばあさんは急いで家まで飛んで帰ると物干し竿を持って川に戻り、見事おじいさんを助けることに成功しました。」


「・・・・・・。」


 耳元の人物は黙ったままであった。少年はいつものように眠気が襲ってきたので、このまま行けば眠ることができると考えていた。


「・・・・その後・・・おじいさんを・・助けたおばあさんは・・・警察から・・・・感謝状・・・・を・・・送られました・・・そして・・・。」


 絵本をベッドの下に落とし、少年は眠りに堕ちたのであった。

落ちた絵本の題名は『人助け物語』と言ったものであった。何でも、様々な人助けが書いており、その話を聞いて育った子どもは御節介焼きに育ってしまうといった一品である。そして、その本の思惑通り少しばかりの御節介焼きの少年は道で困っているおばあさんを助けたいが・・・助けることのできない夢を見て切ない気持ちで目を覚ましたのであった。


「・・・時雨君、晩御飯よ?」


「・・・・?」


 少年は階下で誰かが自分に対して発した言葉で目を覚ました。窓の外は既に真っ暗であり、大きな満月が半分ほど、顔を出していた。


「・・・・・ちょっと寝すぎたかな?」


 寝る前のことを思い出し、ついでに、落とした本のことも思い出して少年は本を拾おうとして固まった。


 本がいつの間にか自分の机の上に移動しており、とあるページが開かれていたからだ。少年はその本に近付き、なんとなく、開かれているページを見てしまった。そこには、マジックで何か文字が書かれていた。


『なかなか、為になる本だったよ?』


 少年はこの家にここまで字がうまい人を知らなかった。少年の顔は青いペンキを壁にぶつけた様な色になった。しかし、取り乱すでもなく、呟いた。


「・・・・父さんが書いた本が初めて誉められちゃったよ・・・」


 青い顔のまま少年は階段を降りていき、少年の顔を見てしまった、彼を母親の代わりに育てている親戚のおばさんは驚いたのであった。少年は心配をかけるのがイヤだったので酸欠だといって更におばさんを驚かして失神させてしまったのであった。その後、病院に電話をし、救急車におばさんを乗せる間に少年は帰宅の遅い自分の兄妹に置手紙を書いて自分もその救急車に慌てて乗り込んだのであった。

彼のおばの倒れた理由は少年が酸欠だといったことだったが・・・お医者さんからのご意見は過労が原因との結果であった。


「・・・・十分な休養を摂れば直に元気になるよ。」


 そうお医者さんに言われ、少年は頷いてベッドで眠っている自分のおばを見るのであった。まだ、歳は若く、少年と一緒に町を歩いていても姉弟と見られたりすることもしばしばあった。


「二、三日大事をとって入院させておこうか?」


「ええ、お願いします。」


 少年はそういって起きるといけないからとお医者さんに言われてお医者さんと一緒に外に出たのであった。病院の外に出て、そこから歩いて家まで向かう。そこまで距離は離れていないので少年はさっさと走って家に帰ってきたのであった。妹の靴があるのできっと帰ってきているのだろう・・・・


「ただいま。」


 直にとたとたと音がして彼の妹が姿を現した。その目は何か聞きたいことがあるといっていた。


「ねぇ、兄貴・・・・この字、兄貴が書いたの?それにしてはこんな字見たことないし、なんだか女の子が書く様な感じだよ・・・。もしかして、兄貴にも彼女ができたの?」


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