後日談 前編
成人の日から数週間、知努は節分やバレンタインデーシーズンなど多忙な日々を過ごす。彼の妻が鬼役のオランウータンのぬいぐるみを操り、3歳児を砂糖豆で懐柔する。
その甲斐あって、豆撒きの片付けは比較的早く終わった。ケーキ屋も行事に便乗し、多くのフルーツロールケーキを製造し、客達へ売り付ける。節分の職場と、自宅のリビングが彼の戦場だった。
翌週、バレンタインシーズン中の祝日を迎える。喫茶スペースの座席は全て埋まっていた。顔の良い副店長、夏鈴のファン達が来店し、彼女と同じ空間を堪能する。
今日は成人の日と同じ服装だった。ファンからの要望で、右側に黒い半円型眼帯を着けている。彼女がそこへ存在していただけで、客達の購買意欲を生み出す。
客層の大半は仕事休みの女性ファンだった。列へ並ぶ女性達の中で1人だけアンチ夏鈴主義を掲げる。ブラックフォーマルワンピース姿の幼児を抱っこしていた母親だ。
黒のレザージャケットを着用し、群青色のスリットスカートを穿く。前髪を切り揃えており、日本人形のような髪型だ。彼女はカゴの中からチョコチップクッキーを取る。
冷蔵ショーケースの前に順番が回った。ブラックフォーマルワンピース姿の幼児は正面の夏鈴へ挨拶をする。子猫のような愛らしい顔立ちだった。
「かりんとうおじちん、こんにちんちん!」
「挨拶出来て偉いね。ママに教えて貰ったのかな?」
副店長は笑顔を浮かべながら頭を撫でる。他の客達が乳児を褒めて、目を細めた。客の1人は子供の名前を訊く。母親が代わりに答えた。
「この子は慈染ちゃんです。どこかのゲソガキ、オサールより可愛いです」
「ボクの息子のネガキャンは良いから、早く会計して帰りやがれです」
慈染の母親は嘲笑し、代金を支払う。抱かれていた幼児が夏鈴の胸を軽く叩き、シリコンと罵る。母親は子供を利用し、副店長へ嫌がらせを行っていた。
白いヘッドスカーフを被る男性従業員は作業場から観察して、溜息を吐く。親子が周囲を見渡し、馬鹿を呼んだ。働く馬鹿の様子を見る事も来店の理由だった。
「誰が馬鹿や!」
「って言うたら、オモロイやろうな」
彼は売り場に行き、声を掛ける。顔を白く塗り、目尻と唇へ紅を引いていた。女性客達が映画の題名を挙げながら男性従業員を撮影する。幼児は彼を怖がり、母親の胸元に顔を隠す。
慈染の機嫌を直す為、知努が喫茶スペースへ案内する。中央の大きな机に、卓上国旗と黒いキャンバストップ型国産四輪駆動車、『〇ープ』の特製模型を展示していた。黄色のフォグランプも装備する。
運転席へ白いタンクトップ姿の、オランウータンのぬいぐるみが乗っていた。首に貝殻のペンダントを着けている。事故防止の為、展示品をガラスケースで保護していた。
幼児は振り向き、特製模型を凝視する。慈染の母親が男性従業員へ言い掛かりを付けた。駐留軍の軍用四輪駆動車と勘違いし、オランウータンに車両窃盗の濡れ衣を着せる。
「この戦果オギャンウータン、ゴザから駐留軍の〇ープ盗んでいるわ」
「戦果アギャーな。オランウータンがコザにいる訳無いだろ!」
ケーキ屋は現在、バレンタインデーと無縁な男子向けのイベントを開催していた。「ギブミーチョコレート」と頼めば、1人1個ずつトリュフチョコレートを貰える。
特製模型は、かつて日本の子供達へチョコレートを配った駐留軍の再現だ。多少コミュニケーション能力を持つアニメ好きの男子高校生が、このイベントに参加した。
知努は慈染へ展示の趣旨を教える。貧しい子供達にオランウータンがチョコレートを配っていた。マザーテレサの有名な言葉も引用する。幼児はぬいぐるみの活動を応援した。
「パパが再来週、車で高知に連れて行ってくれるみたい。良かったね」
「パパ、嘘吐き! お店にいなかった!」
親子が退店する。慈染は化粧をしている父親の正体にまだ気付けていない。妻子との遠出を実現させる為、知努の休日が1日減らされていた。家庭と仕事の両立は困難を極める。
作業場へ籠もり、彼がガトーショコラの製作に励んだ。バレンタインシーズンの目玉商品はすぐ冷蔵ショーケースの中から消えてしまう。夏鈴ファンの購買力が侮れない。
数時間後、テーマパークのアトラクション待機列の様相だった店内は、落ち着きを取り戻す。チョコレート関連商品が全て売り切れてしまった。抱き合わせ商法を採用していないにも拘らず、それを成し遂げる。
知努は喫茶スペースのゴミを片付けていた。女子高校生らしき1組だけ座席を利用する。売り場の列も無くなっていた。敷居の低い店内へ子連れ客が訪れる。
ベージュのピーコートを着た黄金髪女性と、黄色のインナージャケット姿の双子だ。黄金色ショートヘアーの男児はオリーブグリーンのハーネス付きリュックサックを背負う。
ウェーブ掛かったロングヘアーの女児も同じリュックサックを背負っている。髪質と碧眼は母親の遺伝子を濃く引き継いでいた。早速冷蔵ショーケースの方に駆け出そうとする。母親がハーネスロープを引っ張り制御した。
「こ、これ、大丈夫か? 下手したら虐待と間違われるぞ」
男子小学生の息子を持つ母親、夏鈴は困惑する。まだ他の子連れ客が同じ事をしておらず、見慣れない光景だ。当然、この行為が間違えていれば盗撮され、SNS上で非難の的となる。
「今、見たでしょ。もし急に飛び出してもこれなら止められるわ」
「確かにな。イヤイヤ期のオパールもすぐ車道へ名誉の突撃をしようとしていたな」
黄金髪の女性は淡泊な返事をして、モンブラン2ピースとショートケーキ1ピースを注文した。双子が副店長の眼帯を指差し奇抜だと揶揄う。彼らの母親も便乗し、『〇ロチュー先輩』の蔑称を付ける。
忘年会の居酒屋で、酔った夏鈴からその被害を受けている知努は思い出し、吐き気を催す。甘酸っぱい匂いと、苦い味が彼へ強い嫌悪感を植え付ける。
副店長の色気は幼児や一部の女性に通じない。左右の人差し指を立てながら彼女が側頭部へ近付け、牛の鳴き真似をする。女性客はその様子を撮影した。
会計を済ませ、黄金髪の母親が子供達を伴い、喫茶スペースに移動した。双子は男性従業員へ懐いており、世話を任せられる。ショッピングモールのフードコートより居心地が良い。
知努は商品と使い捨て食器をトレイに載せ、子連れ客の座席へ運ぶ。彼らも男性従業員の正体に気付かず、変質者扱いをする。
「誰が変な人や!」
「って言うたら、オモロイやろうな」
彼の声を聞き、双子が彼の愛称を呼ぶ。知努の名前を『イヌ』と覚えてしまっている。黄金髪の男児、ミヒェルが男性従業員の化粧をしている理由を訊く。知努は巷の流行と答えた。
彼が作業場の業務用冷蔵庫から袋入りのトリュフチョコレートを取り、双子の元に持って行く。そして、トリュフチョコレートを出し、ケーキの傍へ添える。それをオランウータンの手柄にした。
「アパアパが2人にって。ミーちゃんとマーちゃんもちゃんと分けないとダメだよ」
「コロスゾー! ママのチョコだけ無くて、怒りのあまり、〇ロチュー先輩の恥ずかしい写真をポラロに晒しました」
黄金髪の女性は有名な動画配信者の真似をする。2人がトリュフチョコレートを食べ、母親を心配しない。知努はオランウータンのぬいぐるみへ打診した。
後編は後日、更新します。
作中の登場人物や用語の解説を入れておきます。
〇副店長、夏鈴の格好
「チェンソーマン」の登場人物、姫野のコスプレです。姫野と夏鈴の身長は同じです。
親子3人で「チェンソーマン レゼ編」を観に行っています。
〇慈染の母親
名前は三中染子です。知努を幼少期から支配している夏鈴と相性が悪い女性です。慈染以外の人間を虐めて楽しむサディストです。配偶者の知努もその対象です。
〇慈染
染子と知努の息子です。幼少期の父親や祖父同様、女装しています。父親より母親へ懐いています。
〇知努のメイクと格好
メイクは映画「国宝」の立花喜久雄(通称、キク坊)の真似です。女性客からの好評を集めています。
ヘッドスカーフが「はだしのゲン」に登場する洋〇ンの格好を真似ています。
〇国産四輪駆動車
×菱・〇ープ J53です。バレンタインシーズンが終わるまでアパアパと共に展示されます。
〇貝殻のペンダント
「×ランドセフトオート サンアンドレス」の収集品、オイスターのパロディです。
全て集めると、ガールフレンドと無条件で付き合える特典があります。
米兵からチョコレートを貰う少年のような格好をした、アパアパは若い女子からモテモテです。
〇戦果アギャー
戦後、沖縄で米軍基地に侵入し、盗んだ物資を住民達へ分け与えた若者の事。
映画「宝島」の特集で軽く戦果アギャーを知っている染子がアパアパを揶揄っています。
〇コザ
かつて沖縄にあった歓楽街です。映画「宝島」にも登場します。
〇オランウータンがコザにいる訳無いだろ!
映画「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女」の登場人物、レームの台詞のパロディです。
〇黄金髪の女性
名前はユーディット・ミナカです。知努の父方の従姉です。ドイツ人の母親と日本人の父親から生まれました。知努への愛がとても強いです。
〇黄金髪の双子
父親は不詳です。乳児期から知努が面倒を見ており、良く懐いています。マリスの名前は『舞姫」のエリスと、「うたかたの記」のマリィを由来に持ちます。
〇×ロチュー
知努の口がエチケット袋代わりに使われた、悲惨な出来事です。かなりの信用が無ければ関わりを絶たれます。
〇牛の鳴き真似
「チェンソーマン」の姫野先輩の真似です。
〇って言たら、オモロイやろうな
映画「国宝」の大垣俊介(通称 シュン坊」の口癖を真似ています。
〇コロスゾー!
ヤバいクレーマー 〇USURUの真似です。




