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現代の民話

「龍体、もうあきらめようよ」

「いやいやカタカムナ、まだまだですよ」


焼ける舗道に二人分の影。私はカタカムナ。彼女の手つきでこの形に呼び起こされた、神代文字エッセンス。鏡の中の美少女が、自分だと知るまでに、数呼吸ぶんの躊躇が必要だった。背後で龍体が笑っていたことだけは、はっきり覚えている。


「漢字以前からある私らがめげてはダメなのです」


彼女は言い、歩調は落とさない。髪の龍は舌を出して夏に負けている。

「龍体、今どき絵の訪問販売とか受けないよ」

「いえ、この”むく”と”つる”の字が入った絵画を必要とする人がきっといるはずなのです」


“むく”は拡大の気、“つる”は群生が人を集める徴。起源はおよそ五千六百年前とも囁かれるが、創作とする説がなお強い。信と疑の際で、彼女は小さな画商を続ける。午前の扉は均しく閉ざされたまま。


「カタカムナ、ちょっとあそこの定食屋で休みましょう」


冷気に救われて椅子に沈む。

「お水どうぞ」


差し出された二つのコップ。ひと息で飲み干す。

「からだ動かした後の水は美味しい!!」


蕎麦の湯気が落ち着きを連れ戻す。客は他にいない。

龍体が立ち上がる。

「私の絵をお役に立てるときが来た」

「え!?」


数語の会話、ひとつの微笑、そして会計。扉の外は、先ほどと同じ熱気だ。


「すげえじゃん、龍体。絵売れたんだろ」

「まさかまさかのカタカムナ、売ってはいないよ」

「え?」

「置かしてもらっただけ」


恩に報いる形は、時に小さくていい。

「美味しい蕎麦とお水のお礼によければ置かして下さいと言ったのです。きっと今日はそういう日なんだと思う」


私も、髪の龍も、うなずいた。


数日後、誌面に「体験談」が載った。龍体文字の絵を飾ってから、店の景気が良くなったという。署名は赤坂正司。――私!? 同じ手で書き、別の心で読む、不思議。


「謎の二人の女の子から貰った絵画でお店の景気が良くなった。これは現代の民話であるといえよう…」

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