不本意な協力者
グランパスは、アステルの困惑する表情をじっと見つめていた。老人の心は、激しく揺れ動いている。長年にわたる静かで穏やかな隠遁生活。俗世の喧騒から身を引き、ただ書物と向き合い、探求に没頭する日々。それが、彼の全てだった。もう二度と、あの血生臭い戦場に戻ることなど、まっぴらごめんだった。
しかし、目の前には、自身の意思に抗えないほどの「主」の存在。そして、その「主」は、何のスキルも持たぬ、頼りない若者だ。放り出せば、彼はこの異質な能力のせいで、いずれ破滅するか、あるいは周囲に甚大な混乱を巻き起こすだろう。
(くそっ……こんな厄介な能力が、なぜこの若者に……。そして、なぜ私までが、こんな衝動に突き動かされなければならんのだ……!)
グランパスは、胸中で悪態をついた。だが、同時に、彼の学者としての好奇心が疼いているのも事実だった。これほどまでに根源的で、理解不能な「力」。これを間近で観察し、その謎を解き明かす機会など、二度と巡ってこないかもしれない。そして、何よりも――。
グランパスは、アステルのどこか頼りなく、それでも必死に状況を理解しようとする瞳を見た。そして、彼の隣に控える、かつて恐怖の象徴であったグリモアタイタンが、まるで迷子の子犬を見守るかのように、静かに寄り添っている光景を目にした。
(私自身の意志は、今もこの平穏を求めている……。だが、この身に刻まれた『従属』の鎖は、どうやっても振り払えぬ。ならば……)
グランパスは、諦めにも似た、しかしどこか達観したような息を吐いた。 「……よかろう」 老人の口から出た言葉に、アステルがハッと顔を上げた。 「私は、もう戦いにはうんざりだ。貴様の能力がなければ、二度とこの書物店から出るつもりはなかった。だが、現状、私は貴様を放っておくことができない。」
グランパスは、どこか不満げに、しかし確かな決意を込めた眼差しでアステルを見た。 「これは、決して私が望んだことではない。あくまで、貴様の能力によって、不本意ながらも引き受けざるを得ない役割だ。だが、引き受けたからには、中途半端なことはしない。」
彼は杖を軽く床に叩き、厳かな声で告げた。 「私の鑑定スキルと、長年培った知識は、この世界でも指折りのものだ。貴様の能力の正体を解き明かし、その力をいかに制御し、活用すべきか、助言してやろう。集まってくるであろう**『強者』**たちをどのように導くべきか、その道筋も示してやる。」
それは、不本意な形ではあれど、アステルにとって、そしてこの物語にとって、最も強力な「ブレーン」が誕生した瞬間だった。老鑑定士の表情には、隠遁生活が破られたことへの不満と、抗えない運命を受け入れた覚悟、そして、未踏の謎に挑む探求者の輝きが混じり合っていた。
「さあ、まずはどうする? このまま街をさまよっていては、いずれ新たな強者が集まり、また騒動になるだろう。君の力を制御するためにも、早急に動くべきだ。」
アステルは、その言葉に、胸の奥で何かが温かくなるのを感じた。最底辺で、何の役にも立たないと思っていた自分に、初めて手を差し伸べてくれた存在。不本意ながらも、彼の隣に立ってくれた、規格外の「強者」。
「はい……お願いします!」 アステルは、力強く答えた。彼の瞳には、まだ戸惑いが残っていたが、そこには確かに、未来への一筋の光が宿り始めていた。