鑑定士との出会い
ギルドを後にしたアステルは、自分に従うグリモアタイタンと共に、茫然自失といった様子で街をさまよっていた。街ゆく人々は、彼の隣に立つ漆黒の巨獣に恐怖と好奇の視線を向け、道を開ける。元パーティーメンバーからの憎悪と、ギルド職員からの戸惑いが入り混じった視線。自分が「スキル無し」のままでいるという、どうしようもない事実。頭の中は混乱でいっぱいだった。
「どうしたら……いいんだ?」
呟いた声は、誰に届くでもなく、街の喧騒に溶けていった。グリモアタイタンは、そんなアステルの心情を察するかのように、静かに彼の背後を歩いている。時折、他の魔物が視界に入ると、唸り声を上げて威嚇し、アステルを守ろうとするのがわかった。
しばらく歩き、アステルは街の賑やかな大通りから外れた、人通りの少ない路地へと足を踏み入れた。石畳の道はひび割れ、壁には蔦が絡まっている。そんなひっそりとした一角に、古びた書物店があった。店の看板は色褪せ、窓ガラスは埃をかぶっている。まるで、時代に取り残されたかのような店構えだった。
「何か、役立つ情報でもないかな……」
漠然とした思いで、アステルはその書物店の扉に手をかけた。ギィ、と鈍い音を立てて扉が開く。店内は薄暗く、古書の匂いが充満していた。壁一面にびっしりと並べられた書物は、どれもこれも埃をかぶっている。客らしき人影はなく、店主がいるのかもわからない。
アステルが足を踏み入れたその時、店の奥から、ゆっくりとした足取りで一人の老人が現れた。白髪交じりの髪は無造作に束ねられ、丸い眼鏡の奥の目は穏やかだ。身につけているのは、擦り切れた地味なローブ。いかにも「引退した隠居人」といった風情で、アステルは彼から何の警戒心も抱かなかった。
「いらっしゃいませ。珍しいお客様ですね……」
老人は、口元に微笑を浮かべ、アステルと、その背後に立つグリモアタイタンを交互に見た。驚く様子もなく、ただ淡々と彼らを受け入れている。その落ち着き払った態度に、アステルはどこか安心感を覚えた。
アステルが老人に近づき、何か話そうと口を開いた、その瞬間だった。
老人の穏やかだった目が、見開かれた。顔から血の気が引いていくのがわかる。彼は、突如、自身の心臓が高鳴るのを感じた。それは、まるで運命の出会いを告げるかのような、強烈な衝動。アステルの姿を見つめる彼の視界が、一瞬だけ、歪んだように感じられた。
(な、なんだ……この感情は……!?)
老人は、長年生きてきた中で、一度として経験したことのない奇妙な感覚に襲われていた。それは、理屈では説明できない、**抗いがたい「忠誠心」**のようなもの。この目の前に立つ、一見何の変哲もない、むしろ頼りなさげな若者に対し、心から尽くしたいという、わけのわからない衝動が、内側から激しく湧き上がってくるのだ。
老人は、数十年ぶりに、自身の内に眠っていたはずの鑑定スキルを、無意識に発動していた。反射的に、自分自身と、そしてアステルの情報を読み取ろうとする。しかし、表示されるのは、ありえない鑑定結果だった。
(スキル……無し? レベルは、1……? なのに、なぜ、この私に、これほどの強制力が……!?)
老人の額に、冷や汗がにじむ。その目は、アステルの中に、目に見えない、理解を超えた「何か」を感じ取っていた。彼はもう、ただの隠居した老人ではいられなかった。彼の平穏な日々は、この瞬間に、終わりを告げたのだ。