不死身の脅威:再生する魔物
街は活気に満ち、活気ある商業区画では様々な品物が取引され、ゾルタンの鍛冶場からは武具を打つ音が響き渡り、エレノアの聖堂からは癒やしの光が漏れ聞こえる。セレスティンの畑は豊かに実り、シオンとバルトスの指揮のもと、訓練された兵士たちが街の安寧を守っていた。アステルは、自分たちが築き上げたこの場所を誇らしく見つめた。
「これで、一通りの基盤は整ったな」 グランパスが満足げに頷いた。 「だが、君自身の成長は、まだ道半ばだ。そして、君の能力に惹かれる『強者』は、この世界にまだまだいる。強固な街には、さらなる力が必要だ」
アステルは、難関ダンジョンへの再挑戦を決意した。今はもう、囮にされ、怯えていた頃の自分ではない。グリモアタイタンとソラ、そしてグランパスの戦術指南を受けてきたアステルは、自身の成長と、新たな仲間との出会いを求めていた。
「行こう! グリモアタイタン、ソラ!」 アステルは、頼れる二体のモンスターを従え、幾度か足を踏み入れた難関ダンジョンの、さらに奥深くへと進んでいった。
ダンジョンの深層は、以前とは比べ物にならないほど危険度が増していた。瘴気が濃く、地面には得体の知れない粘液が這い、不気味な鳴き声がこだまする。だが、アステルは冷静だった。研ぎ澄まされた戦術眼が、敵の動きを予測し、罠を見破る。グリモアタイタンが道を切り開き、ソラが魔法で後方を援護する。アステル自身の身体能力も、目に見えて向上しており、以前なら致命傷となるような攻撃も、ギリギリで回避できるまでになっていた。
迷宮の最奥部。彼らは、巨大な空洞にたどり着いた。そこで待ち受けていたのは、彼らがこれまで遭遇したどんな魔物とも異なる、異様な存在だった。
それは、まるで巨大な粘液の塊のような魔物だった。不定形に蠢く体は、薄気味悪い光を放ち、いくつもの目がぎょろぎょろとアステルたちを捉えている。グリモアタイタンが警戒の唸り声を上げ、ソラの魔力が収束していく。
「あれが、今回の獲物か……!」 アステルは指示を出した。「グリモアタイタン、正面から突撃! ソラ、後方から支援魔法を!」
グリモアタイタンが咆哮と共に突進し、その巨大な拳を粘液の魔物に叩き込んだ。ドォン!という衝撃と共に、魔物の体が大きくへこみ、粘液が四方へと飛び散る。続けて、ソラの放った高位の炎魔法が直撃し、魔物の体が激しく燃え上がった。
だが、アステルの目に映ったのは、信じられない光景だった。 炎に包まれ、大きく損傷したはずの魔物の体が、みるみるうちに再生していくのだ。へこんだ部位は瞬時に元の形に戻り、燃え尽きたはずの粘液が再び凝縮され、まるで最初から傷などなかったかのように、元の姿を取り戻していく。
「な……なんだと!?」 アステルは思わず声を上げた。グリモアタイタンが、再び拳を叩き込むが、結果は同じ。破壊と再生の繰り返し。どれだけ攻撃しても、まるで傷を負わせることができない。
グランパスの声が、脳裏に響いた。「アステル! 鑑定だ! あれは、私が知るどんな魔物とも異なる……**『超速再生』**の能力を持つ可能性がある!」
アステルは、すぐに魔物を鑑定しようとした。その時、粘液の魔物が、地面から無数の触手を伸ばし、アステルめがけて襲いかかってきた。アステルはギリギリで回避するが、その恐ろしい生命力と、不死身とも思える再生能力に、冷たい汗が背中を伝う。
(こんな奴、どうやって倒せばいいんだ……!?)
これまで培ってきた戦術眼が、この状況には通用しない。アステルは、絶望的な状況の中で、この不死身の魔物が、果たして自分の能力に反応するのか、というかすかな期待を抱き始めた。この圧倒的な再生能力を持つ魔物もまた、「強者」なのだから。
粘液の魔物――アステルが**『再生する災厄』**と心の中で名付けたソレは、その不死身の能力でグリモアタイタンとソラの猛攻を耐え凌いでいた。グリモアタイタンの剛腕が叩きつけられ、ソラの放つ雷が貫通する。そのたびに魔物の体は大きく損傷し、一部が吹き飛ぶ。しかし、次の瞬間には、まるで時間が巻き戻るかのように、瞬時に元の形へと再生するのだ。
「くそっ! まったく効いてないぞ!」 アステルは焦燥に駆られた。戦術眼が「倒せない」と告げている。これは、これまでの常識が通用しない相手だ。しかし、彼の指示は止まらない。 「グリモアタイタン! 再生する前に、もっと広範囲を!」 「ソラ! 凍結魔法と炎魔法を連続で! 再生速度を遅らせろ!」
アステルの的確な指示のもと、グリモアタイタンとソラは、ありとあらゆる攻撃を叩き込み続けた。何十回、何百回と、その粘液の巨体を粉砕する。だが、その度に魔物は完全な姿で立ち上がる。消耗しているのは、攻撃を続けるグリモアタイタンと、魔力を消費するソラ、そして指揮を執るアステル自身だ。
戦闘は、すでに数十分にも及んでいた。アステルは疲労で息が上がり、額には冷や汗がにじむ。しかし、彼の目に諦めの色はなかった。
その時、異変が起きた。 激しい攻撃を受け続けるうち、再生する災厄の動きが、ほんのわずかに鈍くなったのだ。再生速度も、以前よりほんの少しだけ、遅くなっているように見える。そして、その粘液の体から放たれる禍々しいオーラも、目に見えて弱まっているのが分かった。
(ダメージが蓄積している……のか!?) アステルは直感した。完全に見えた再生能力にも、限界がある。それは、ほんの僅かな綻びだったが、アステルには確かな希望の光に見えた。
「続けろ! グリモアタイタン! ソラ! あと一押しだ!」 アステルの指示に、再び二体の魔物が猛攻を仕掛ける。咆哮、雷、炎、氷。ダンジョンの奥深くで、規格外の力がぶつかり合う轟音が響き渡る。
そして、ついに。
グリモアタイタンの渾身の一撃が、再生する災厄の体を完全に砕き散らした。ソラの放った凍結魔法が、その残骸を瞬時に氷漬けにする。これで終わりか、と思った刹那。
砕け散った粘液の塊が、ゆっくりと、しかし確実に収縮し始めた。氷の檻の中で、禍々しいオーラは消え失せ、代わりに、別の何かが生まれるかのように光を放ち始める。再生する災厄は、もはや攻撃してこない。その不定形の体は、アステルに向けられている。
そして、その光の中心から、一つの意思が、アステルの脳裏に直接響いてきた。
「……ま、まさか……この私が……屈するとは……」 それは、まるで生まれたばかりの赤子のような、弱々しく、しかし確かな意思だった。そして、その次の瞬間。
砕けた粘液の塊は、見る見るうちに収縮し、一つの形を取り始めた。それは、掌に乗るほどの大きさの、半透明のプルプルとしたスライムだった。その中心には、先ほどまでの凶悪さは微塵もなく、ただ純粋な、そしてどこか不安げな瞳がアステルを見上げている。
アステルが、思わずそのスライムに手を伸ばした、その刹那。 スライムは、警戒するどころか、アステルの指にそっと体を擦り寄せてきた。まるで、長い戦いの末に、ようやく見つけた主人の手に甘えるかのように。
グランパスの声が、脳裏に響いた。「アステル! やはり! 彼もまた、『強者』だ! 恐らく、彼を構成する『再生の核』を疲弊させ、そのプライドを打ち砕くことで、君の能力が発動したのだろう! まさに、**『不死身の従者』**だ!」
鑑定結果には、新たな仲間――再生する災厄が、その途方もない再生能力を完全に維持したまま、**「従属状態:主――アステル」**となっていることが示されていた。
アステルは、掌に載る小さなスライムを見つめた。ついさっきまで自分を死の淵に追い込んだ、不死身の魔物。それが、今、こんなにも無垢な姿で、自分に懐いている。アステルは、自分が単なる「テイマー」ではないことを、改めて深く理解した。自分の力は、ただ魔物を手懐けるものではない。強者たちの心を、その根源から支配し、従わせる、圧倒的な「器」なのだ。
アステルは、その小さなスライムを優しく掌で包み込んだ。新たな仲間を得た喜びと、自身の能力の底知れぬ深さに、アステルの胸は高鳴っていた。この再生能力を持つ仲間がいれば、彼らの街は、真の意味で「不滅」となるだろう。




