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商業の開花:国境を越える交易

アステルの街は、急速な発展を遂げていた。セレスティンの畑は黄金の波を打ち、ドワーフの匠が築いた石造りの住居群は堅固な城壁のようにそびえ立つ。シオンとバルトスが組織する防衛は鉄壁を誇り、夜には篝火が揺らめく見張り台から、彼らの街を守る騎士たちの姿が見える。そして、レイスがもたらす情報の奔流は、アステルに世界の全てを把握させていた。

しかし、まだ一つだけ、この街に足りないものがあった。それは、商業だ。 潤沢な食料も、堅牢な建物も、確かな防衛も、それだけでは街とは呼べない。人々の暮らしを豊かにし、文化を育み、さらなる発展を促すには、物の流れと、活気ある経済活動が不可欠だった。

「この街は、今や自給自足では勿体ないほどの豊かさを秘めている」 グランパスが、レイスからもたらされた他国の商業情報を精査しながら言った。「だが、それを世界に流通させる術がない。このままでは、ただの大きな村に過ぎないだろう」

アステルはレイスに尋ねた。「他の国に、商業を学ぶのに良い場所はありますか? あるいは、協力してくれる商人は?」

レイスは、フードの奥で目を細めた。「ご主人様。遠い国に、古くからその名を轟かせる商人の一族がいます。『黄金の手を持つ』と称される彼らは、あらゆる物を価値に変え、あらゆる場所に流通させる術を知っている。ただし、彼らは非常に閉鎖的で、よそ者にはなかなか心を開かない。しかも、彼らの本拠地は、竜の移動をもってしても数日はかかる遠隔地だ」

「数日……」 アステルは思わず息を飲んだ。しかし、彼の横には、悠然と控える蒼い巨竜の姿がある。 「ドラゴンがいれば、その数日を大幅に短縮できるでしょう。それに、ソラの魔法があれば、空路での移動も、より安全になる」 グランパスが言った。

アステルは決意した。 「行こう。レイス、場所を教えてくれ。俺たちが直接会いに行く」

空の旅は、アステルにとって新たな経験だった。グリモアタイタンの巨大な背に乗り、ソラの放つ風魔法に守られながら、雲を突き抜け、山々を越えていく。眼下には、見慣れない地形が広がり、時折、魔物の群れが彼らの存在に気づいて威嚇するが、グリモアタイタンの威容とソラの放つ高位の魔法が、それらを瞬時に蹴散らした。

数日後、彼らは目的地にたどり着いた。レイスの情報通り、そこは厳重に管理された、いかにも閉鎖的な商業都市だった。アステルは、グランパスの助言に従い、そして自らの能力を信じて、商人の一族の本拠地へと足を踏み入れた。

商人の当主は、初めこそ警戒心と不信感を露わにした。見慣れない「スキル無し」の若者が、伝説のドラゴンと、高位の魔物、そして老鑑定士を従えているという信じがたい光景に、困惑を隠せない。しかし、アステルが彼に近づき、その視線が交わされた瞬間、商人の当主の瞳に、抗いがたい感情の波が押し寄せた。

(な、なんだ……この若者から放たれる、抗えないほどの求心力は……!?) 商人の当主は、生涯かけて培ってきた打算と合理性が、目の前の「スキル無し」の若者の前で、まるで意味をなさないことに戦慄した。彼の頭の中では、アステルの街が持つ計り知れない潜在的な「価値」と、それから生じる途方もない「利益」が、まるで幻影のように見え隠れし始める。

グランパスは、すかさず鑑定スキルを発動した。商人の当主の鑑定結果には、商業に関するあらゆる知識と、市場を操る「統率」の才、そして揺るぎない**「従属状態:あるじ――アステル」**の文字が浮かび上がっていた。

「……信じられぬ。この私が、このような奴の言葉に惑わされるとは……」 商人の当主は、自身の内側に湧き上がる衝動に、戸惑いを隠せない。だが、彼は商人としての本能で理解した。この若者との結びつきは、彼の一族に、これまで経験したことのない繁栄をもたらすだろうと。

「……よかろう。我が『黄金の手』、貴方様の街のために振るいましょう。ただし、この商業活動には一切口出し無用。そして、我が一族が持つ、あらゆる商業の権利を保証していただきたい」

アステルは、その条件を二つ返事で承諾した。彼の街には、今、金を生み出し、人を集める、新たな血が注がれるのだ。

商人の一族の協力を得て、アステルの街では、瞬く間に商業が花開いた。セレスティンの高質な作物は遠くの国々へと流通し、ドワーフの匠が作り出す工芸品は高い評価を得る。街の広場には市場が立ち、他国からの商人や旅人が集い始めた。

活気が街に満ちていく。人々の笑顔が増え、子どもたちの声が響く。店が並び、酒場には賑わいが戻り、夜にはランプの灯りが街を照らすようになった。

アステルは、その光景を眺めながら、確かな実感を覚えた。かつて王都を追放され、スキル無しと蔑まれた自分が、今、多くの強者に支えられ、人々に活気をもたらす「街」を築き上げている。それは、かつての自分では想像もできなかった、新たな世界の創造だった。



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