豊穣の奇跡と新たな経済の幕開け
セレスティン――農耕の賢者を仲間に加えてからの日々は、アステルにとって驚きの連続だった。約束通り、アステルはセレスティンの指示に従い、畑の開墾を手伝った。最初は慣れない肉体労働に音を上げそうになったが、グリモアタイタンが無言で隣に立ち、その巨体で岩をどかし、木々を根こそぎにする姿を見ていると、弱音など吐いていられなかった。
そして、何よりも目を奪われたのは、セレスティンの**「緑の手」**の奇跡だ。
荒れた土地に、セレスティンが特別な種を蒔き、その手をかざす。すると、干からびていたはずの土壌がみるみるうちに潤いを帯び、種はわずか数日で芽吹き、みるみるうちに成長していった。一週間もすれば、周囲の畑を軽く凌駕するほど青々と茂り、二週間後には信じられないほど大きな実をつけ始めていたのだ。
「これほどの収穫量とは……私の経験上、ありえない……!」 グランパスもまた、セレスティンの能力に驚嘆の声を上げた。彼の鑑定スキルをもってしても、この現象は「魔法」というよりは、生命の理すら超越した「奇跡」に近いものに見えた。
賢者の手によって生み出された作物は、まさに**「豊穣の結晶」**だった。通常の作物と比べても、その粒は大きく、瑞々しく、芳醇な香りを放っていた。アステルたちの拠点には、あっという間に食べきれないほどの野菜や穀物が溢れかえる。
「この余剰分を売却するぞ」 グランパスは言った。「食料は、この世界において金と同義だ。これを売れば、我々の活動資金となる」
アステルは、セレスティンが育てた作物を街の市場へと運んだ。最初は、スキルを持たないアステルと、彼の後ろに控える威圧的なグリモアタイタンの組み合わせに、商人たちは警戒の色を隠さなかった。しかし、彼らが持ち込んだ作物を見た途端、その顔色が変わった。
「な、なんだ、このジャガイモは……!?」 「こんなに甘いトマトは初めてだ……!」 一度その味を知った商人たちは、競うようにアステルから作物を買い漁った。通常の倍近い価格で買い取られることも珍しくない。セレスティンの作物には、それだけの価値があったのだ。
アステルは、売上金が入った革袋を手に、信じられない思いでギルドに戻った。これまでの日雇い荷物持ちでは、考えられないほどの収入だ。
食料の販売を通じて、アステルたちの存在は、ギルド内でも、そして商人ギルドの間でも、急速に認識され始めた。 「あいつが連れてるモンスターもすげえが、あいつらが売ってる作物、あれがまたとんでもねぇんだ!」 「あのスキル無しの男が、まさかあんな上物の食い物を……」 最初は冷淡だったギルド職員も、今では彼らに丁寧に対応するようになった。新たな情報や、他では手に入らない貴重な物資の情報を耳にする機会も増えた。
アステル自身も、ただ食料を運び、金を稼ぐだけでなく、市場の動向を観察し、商人たちとの会話を通じて、この世界の経済の仕組みを少しずつ学び始めていた。
最底辺の荷物持ちだったアステルが、食料の安定供給という揺るぎない基盤を築き上げた。それは、彼らの「街づくり」という壮大な目標にとって、最も確かな、そして力強い第一歩だった。彼らはもう、ギルドの片隅で日銭を稼ぐだけの存在ではない。自らの手で価値を生み出し、この世界の経済に影響を与え始めたのだ。




