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無能の召喚

王城の広間は、厳かな静寂に包まれていた。磨き上げられた大理石の床には複雑な魔法陣が輝き、その周囲を国王、王妃、騎士団長、そして齢八十を超えようかという宮廷魔術師が囲む。誰もが固唾を飲んで、魔法陣の中心に意識を集中させていた。国を蝕む魔物の脅威、迫りくる飢饉……この国の未来は、今、この儀式に懸かっている。異世界より招かれし「勇者」に、彼らは一縷の望みを託していたのだ。

魔法陣が眩い光を放ち始める。光は次第に強さを増し、天井のシャンデリアすら霞ませるほどになった。 「おお……来たか!」 国王の張り詰めた声が響く。光の渦が収束し、そこに一人の男の姿が浮かび上がった。

男――俺、アステルは、突然の出来事に混乱していた。ついさっきまで、しがないブラック企業で資料作成に追われていたはずなのに、気づけば目の前には見たこともない豪華な城。そして、自分を穴が開くほど見つめる、異世界然とした面々。 「え? ここ、どこですか?」 思わず口から漏れた言葉は、広間の静寂に吸い込まれていく。

国王が、期待に満ちた、しかし僅かに焦燥を滲ませた声でアステルに問いかけた。 「おお、異界より来たる勇者よ! 汝、いかなるスキルと力を我が国にもたらすか!」

スキル。力。 その言葉に、アステルは内心で首を傾げる。スキル? 力? 俺に?

宮廷魔術師がゆっくりと前に進み出た。杖の先端から放たれた淡い光が、アステルを包み込む。魔術師は目を閉じ、杖を持つ手に力を込めている。 広間の誰もが、これから告げられるであろう「勇者」の規格外な能力に、固唾を飲んでいた。かつて召喚された勇者は皆、世界を覆すほどの力を秘めていたと聞く。この男もまた、きっと。

しかし、数秒、十数秒と時間が過ぎるにつれ、魔術師の顔色から血の気が引いていく。額には冷や汗が滲み、目を見開いたその表情は、期待とはかけ離れた絶望と困惑に染まっていた。 「ば、馬鹿な……ま、まさか……」 震える声が、広間に不吉な響きを落とす。

「どうした、賢者グランパス! 何が見えたのだ! 早く告げよ!」国王が苛立ちを露わにした。

グランパスは、顔を真っ青にして、か細い声で絞り出した。 「……陛下。恐れながら……この御方には、いかなるスキルも確認できません。」

その言葉に、広間がどよめいた。ざわめきは瞬く間に広がり、疑惑と嘲笑が混じり合う。 「スキル無しだと?」「まさか失敗作を召喚したのか!」「無能な者など、我が国には不要!」 耳にする罵声と嘲りの声に、アステルは自分が「使えない」と判断されたことを直感した。胸に刺さるような痛みが走る。

グランパスは、さらに震える声で付け加えた。 「レベルも……1のまま、何も変化がありません……。異世界人には例外なく付与されるはずの基本能力強化も、ユニークスキルも……何も……」

国王の顔は怒りで歪んだ。 「たわけたッ! 何のスキルも持たぬ無能を召喚するとは! 莫大な魔力と国費を投じた儀式が無駄になったというのか!」 失望と怒りが入り混じった国王の叫びに、広間は重苦しい沈黙に包まれた。

王妃のすすり泣きが聞こえる。騎士団長は苦虫を噛み潰したような顔で、アステルを睨みつけていた。 アステルは、ただ茫然と立ち尽くすしかなかった。転生したはずなのに、現実は元の世界よりも残酷だった。何の取り柄もなかった自分は、異世界に来ても「無能」の烙印を押されたのだ。

「…かくなる上は、無用な者を城に置いておくわけにはいかぬ!」 国王の声が響く。それは、アステルに対する死刑宣告にも等しい言葉だった。 「直ちに城から追放せよ! 他の転生者に見つからぬよう、秘密裏にな!」

有無を言わさぬ国王の命令に、二人の屈強な護衛兵がアステルに近づき、その腕を乱暴に掴んだ。 「な、何を!?」 アステルの声は、兵士たちの冷たい視線にかき消された。豪華絢爛な王城は、一瞬にして冷酷な現実へと変わる。ずるずると引きずられるように広間を後にし、薄暗い廊下を通って、王城の裏口へと連れて行かれた。

夜の闇に包まれた、人気のない裏路地。 「これ以上、城に近づけば命はないと思え。二度と我々の前に姿を現すな。」 護衛兵の一人が、冷たい声でアステルを突き飛ばした。地面に転がったアステルに、彼らはわずかな銀貨それすらもなかったかもしれないを投げつけ、あっという間に闇の中へと消えていった。

アステルは、ただ一人、冷たい石畳の上に座り込んでいた。 異世界への転生。それは夢のような話だったはずだ。しかし、現実は絶望的だった。スキルもなければ、金もない。頼る者もいない。元の世界に戻る術も、この世界で生きていく術も、何も知らない。 夜風が、最底辺へと突き落とされたアステルの、薄い体を震わせた。

この日から、アステルは、自分が「何の取り柄も無い最底辺の人間」として、異世界で生き抜くための、過酷な日々を始めることになった。まずは、ギルドで日雇いの荷物持ちとして、わずかな日銭を稼ぐことから……。


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