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とある星物語  作者: 黒星
9/53

第9歯 どんな小石も出会いを待つ宝石

 蛍は(やん)からもらった服を着て、鏡の前でスッと背筋を伸ばした。そこには姫でもなく、浮浪者でもなく、ただの15歳の少女がいる。

「おはよう。何者でもない私」

 それはどんな人物なのだろう。王家の誇りと使命を脱ぎ捨てたら、自分には何が残るのか。残ったもので何ができるのか。

 まるで誰かに試されているようだ。妙な高揚感に蛍の口元が緩んだ。

「悪くないわね」

 蛍がくるりとその場で回ると、膝丈のフレアスカートが白い花のようにふわりと広がった。

 (きら)びやかな衣装を脱いでしまえば、蛍を王族たらしもるものは世界最古の歴史と共に受け継がれてきた首飾りだけだ。その重みでさえも偽物と言われれば、蛍を一国の姫と証明するものは何もなかった。

 いくら金や物、権力をかき集めても、詰まるところその人をその人と証明できるのはその人を知る他人だけなのだ。

「だとしたら、平和維持軍はどうして…」

 何をもって、蛍を蛍だと確信したのか。

 まだ幼かった蛍は歳の離れた兄たちと異なり、政治に関わることはごく稀だった。ガルディが閉鎖的な国だったこともあり、国外で蛍を知る者は限られた国の限られた要人しかいない。実際、サラに見つかるまで、蛍が王族だと気付いた者は誰ひとりいなかった。

 平和維持軍からの支援はありがたかったが、わからないことが多すぎて素直に喜べない。彼らを信用して本当によいのだろうか、迷いを捨て切れない。

「蛍。あなたがしていることは、果たして正解なのかしら。もっとやるべきことがあるんじゃなくて?」

 蛍が険しい声で問いかけると、鏡の中の自分はへなへなと力なく笑った。

(私は精一杯やっているわ。これ以上、何ができるっていうのよ)

 母国の惨状、兄の安否…蛍の胸には常に引っ掛かるものがあって、「もっとしなければ」「もっとできるはず」と急かされ続けているようだ。何かしていないと落ちつかず、少しでも余裕が生まれれば「自分は怠けているのではないか」と罪悪感を覚えた。

「大丈夫。大丈夫よ、蛍」

 蛍はぶんぶんと頭を振って、絶え間なく湧きあがるマイナス思考を振り払った。こんなときに自分を責めて、一体何が生まれよう。

 急がば回れ、焦りは禁物。弱味と焦りに漬け込まれて、悪魔と無限に酒をおごる契約をしてしまったのは誰か。

「自分を信じなさい、蛍。正解じゃなくていいの。あなたは最善は尽くしているわ」

 蛍がもう一度「大丈夫」と唱えて力強く頷くと、鏡の自分はホッと安堵の笑顔を浮かべた。

 「大丈夫」は昨夜、口数少ないサラが口癖のように使っていた言葉だ。不安を跳ね除け、気を強く持てるような気がして、蛍はおまじないのように唱えた。

「大丈夫。今、できることをひとつひとつ積み重ねていけばいいのよ」

 鏡の中に微笑みかけて、蛍は維千(いち)にもらったベルを鳴らした。


「ご機嫌ですね」

 維千は犬にエサでも与えている感覚なのだろうが、洒落たカフェのテラス席で彼の向かいに座り、蛍はちょっとしたデート気分を味わっていた。通りすがる人々は皆、維千を二度見、三度見していく。

(…黙っていれば、比類ない美男なのよね。黙っていれば)

 維千の端正な顔だちは恐さすら感じるほどだ。彼の私服は思いのほか質素だったが、背の高い彼は何を着ても様になった。

 蛍が朝食のサンドイッチを加えたままじっと見惚れていると、維千は伏目になってフッと妖艶(ようえん)な笑みを浮かべた。

「惚れました?」

 維千の流し目が蛍を捉えて、彼女の手からサンドイッチがポロッと落ちる。

「はあっ?!なにを言って…」

「冗談ですよ、冗談。あはは!天狗みたいに赤いや」

 蛍は恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にしたが、維千は悪びれる様子もなく腹を抱えて愉快げに笑っている。

「朝からにやにやして、薄気味悪いですよ。何かいいことがありましたか?」

「うっ…薄気味悪い…」

 蛍は凍りついたように動きを止めて、ヒクヒクと笑顔を引き攣らせた。維千は広場の噴水が高く噴き出すのを涼しい顔で眺めている。

「維千さんのように心なくてもわかるんですね」

 仕返しに投げつけるように言ってやったが、維千が気に留める様子は全くない。

 蛍は残りのサンドイッチをやけくそで口に詰め込んで、維千をジロリと睨めあげる。彼は蛍の口元についたパン屑を指先で払うと、小首を傾げてあざとかわいく笑った。

(うう…ずるい)

 維千の緻密に計算された「カワイイカオ」を前にして、蛍は怒りのやり場を失ってしまった。火照った顔を隠すように大袈裟な動きで口を拭い、動揺する心をどうにか誤魔化す。

「わかりますよ、お姫様」

 蛍の姫と思えぬがっつきっぷりを揶揄しているのだろうが、維千の茶化しや憎まれ口にも慣れたものだ。蛍はフフンッと鼻を鳴らして開き直った。

「昨夜、サラさんとお話したんです。誰かと砕けた話をするのは久しぶりで、なんだか嬉しくなっちゃって」

「へえ…サラくんと」

 維千は手元の紅茶にミルクが混ざりゆくのを見届けて、妖しく笑っている。

「はい。話したというか、一方的に話したというか、聞いてもらったというか…聞かせたというか…」

 蛍は段々と声を小さくして、終いにはハハッと笑いで誤魔化した。サラは楽しいと言ってくれたが、思い返せばふたりの会話はまるでピッチングマシーンとピッチャーのようだった。

「彼は喋りませんから。当然、そうなるでしょうね」

「サラさんって、お喋りが苦手なんですか?それとも極度の恥ずかしがり屋さん?」

「どちらでもないと思いますよ。喋るときは喋りますから」

 やっぱり他人を避けているのだろうか。蛍が腕を組んで悩ましげにしていると、維千は彼女の頭をポンッと軽く叩いた。

「君が話したくて、彼が聞きたかったならそれで充分でしょう。さあ、インプラントを出ますよ」

 維千は紅茶を飲み終えると眩しい陽射しに目を細めた。


 インプラントのターミナルに着いて、蛍は息を呑んだ。見上げるとそこには様々な色や素材の扉、扉、扉…無数の扉が並んでいる。

 維千はいちばん大きな鉄扉の前に立つと、購入した2人分の切符を鍵穴に差し込んだ。

「インプラントとティースはこの扉で繋がっています。ティースとそれを囲むように位置する12都にはパンピが多く居住しているので、ティース中央ターミナルからは12の方角に向かって、蜘蛛の巣のように汽車が走っているんですよ」

 維千が右手でぐっと扉を押すと、金属のくたびれた音がギギイイイと響き渡る。彼に案内されるがままに扉を潜ると、フシューッと勢いのある風が蛍の長い髪を巻き上げた。

 ずらりと並んだ重量感のある汽車が甲高く汽笛を鳴らし、暴れ牛が土を蹴り上げるように汽車の足元から虹色の蒸気があがっている。溢れかえる雑踏が忙しなく蛍を出迎えた。

「とある国の主要駅、ティース中央ターミナルです」

「すごい賑わい…!」

 行き交う人々の熱気でターミナルはまるでサウナのようだ。

「俺から離れないでくださいね」

 維千がくるっと振り向くと、蛍は早々に人波にさらわれて、遠くのほうであっぷあっぷしていた。

「すみません…通して…待って…維千さん!維千さーん!」

 蛍ががむしゃらに伸ばした手をひんやりした手がガシッと掴んだ。その冷たさに驚いてパッと顔をあげると、維千が安堵の表情を浮かべてそこに立っていた。

「もう離しませんよ」

 維千にぐっと抱き寄せられて、透明感のある甘い香りが鼻をくすぐる。蛍の心臓がはち切れんばかりに高鳴って、彼女は顔の火照りを悟らせまいとうつむき加減になって歩いた。

「ありがとう…ございます」

「どういたしまして」

「維千さんのことだから…見捨てられるか、嫌味のひとつでも飛んでくるかと思っていました」

「あはは。流しそうめんみたいでおもしろかったですよ」

「流しそうめん…」

 人波に揉まれ流されていく長髪を想像して、蛍は苦虫を噛み潰した。

「浮島のインプラントに比べ、ティースは人の出入りが激しい。敵はどこにいてもおかしくないですから」

 維千は柄にもなく、少し緊張した面持ちをしている。

 ああ、そうか。維千の仕事には、蛍の護衛も含まれているから…しかし、本当にそれだけだろうか。もしかしたら、もしかすると、純粋に蛍の身を案じてくれたのではなかろうか。

「心配してくれるんですか?」

「もちろんです。あなたに何かあったら、せっかくの奢り酒がおじゃんですから」

 やっぱり酒か。蛍はガクッと拍子抜けして、維千がケラケラ笑うのをジト目で見上げた。


 中央ターミナルから徒歩10分。人混みを縫うようにしてたどり着いたのは「とあるティースヒルズ」だ。とある国で最も高い商業ビル、その最上階にある展望台から蛍はティースを一望した。

「高い…こんな高い建物、見たことがないわ」 

 風の吹き荒れるガルディには高い建物がない。高所に慣れていない蛍は足がすくんでしまいそうで、全面ガラス張りの壁からそそそっと離れた。部屋の中心で産まれたての小鹿のように足を震わせていると、維千はそれをおもしろがって壁際から手招きした。

(悪魔め)

 蛍はほくそ笑む維千を視界から外して、窓の向こうに目を凝らした。

 とある国の中心都市ティースはパンピと魔法使いが混在する大都会だ。ジョニー魔法学校を中心に魔法使いで栄えるインプラントとは違い、ティースには非魔法の交通網があり大きな複合施設が多い。

 ありとあらゆる文化でごった返す統一感のない景色にくらくらしたが、蛍は魔法と非魔法がごちゃ混ぜになったこの都市が好きに思えた。

「とあるティースヒルズは、パンピのような交通弱者の利便性を高めるために建てられましたー!ここに来ればなんでも揃うので、魔法使いもよく利用するんですよー!」

 維千が持ち前の甘い声を必要以上に張り上げて、にやにやしながら蛍の無知を暴露する。周囲からクスクスと笑い声が聞こえて、蛍はカアアッと頬を紅潮させた。

「こっちにおいで」

 維千がふわっと両腕を広げ、優しく微笑みかけてくる。並外れた容姿端麗に加え、獲物を誘うような艶やかしい声が地声だというから恐ろしい。もはや同じ人間なのかすら怪しく思える。

(おもちゃにされるのをわかっていて、誰が飛び込むものですか!)

 蛍はプイッと顔を背けて、チラッと横目に維千を見た。彼はニコッと小首を傾げて、蛍が飛び込んでくるのを待っている。

 遊ばれてもいいから飛び込みたい…なんて、思ってはいけない。断じて思ってはいけないのだが…甘い誘惑に今にも飛び込んでしまいそうだ。

「人で遊ぶな!このっ!悪魔ー!」

「だはは、維千さんが悪魔!近からず遠からずっすね」

「近からず遠からず?どう見たって…ん?」

 無邪気に(ほが)らかな声がして蛍がパッと振り向くと、私服姿の浦島が頭の後ろに手を組んでこちらを窺っていた。

「うっす!」

「浦島さん…?」

 パーカーに描かれたヒーローもののキャラクターが、彼の人懐っこい童顔を3割増しで子供っぽくしている。否。隊長服といっしょに、取り繕っていた大人っぽさまで脱いできてしまったと言うべきか。

「どうしたんすか、大きい声出して…維千さんにいじめられた?」

「いえ。小石を蹴るように弄ばれています」

「だはは、まじっすか!仕事とはいえ、あの維千さんが飽きることなく他人に絡むなんて…蛍ちゃん、気に入られたっすね」

「嬉しくないです」

「維千さんは嬉しそうっすよ」

「本当に?」

 維千にじっと目を凝らしてみるが、彼の貼り付けたような笑顔の下はホワイトアウトの向こうのごとく見えてこない。

「ほら」

「…全然わからない」

 蛍がふて腐れると浦島は「たはは」と眉を下げて笑った。

「懐かしいっすねえ。自分の同級生に維千さんの…妹?弟子?みたいな子がいて、蛍ちゃんみたいに揶揄(からか)われてて。維千さんは人の心がわからないから、加減もわからないんすよ。いつもその子を泣かせては、じじい…メロウさんに叱られてたっすね」

「それってもしかして、キールさんの…あ、イルカさん」

 維千にまっすぐ歩み寄る人影を見つけて、蛍は声を明るくした。

 イルカは頭ひとつ分背の高い維千を見上げて、にっこり微笑んだ。維千がにこっと微笑み返して、ふたりは和やかに話をしている。

「おふたりは仲が良いんですか?」

「どうなんすかね。仲良いんじゃないっすか?酒豪同士、飲んだりするみたいっすよ。付き合いは長いって聞きました。今はイルカさんが年上っすけど、出会った頃は維千さんが少し年上だったとか…」

 それがどれほど長いのか、蛍には判断がつかない。

「どれちょっと。この浦島桃太郎が悪魔をこらしめてくるっす」

 浦島が腕まくりをして意気込んだ次の瞬間、維千が笑顔で放った拳をイルカがこれまた笑顔でパシッと受け止めた。

「え…」

 目にも止まらぬ早技とその迫力に、浦島の顔からサッと血の気が引く。彼はカチコチに固まって、ハハッと顔を引き攣らせた。

「あのふたり…本当に仲良いんですか?」

「…どうなんすかね」

 ふたりは顔を見合わせて、維千のほっぺをつまんで引きずるイルカと頬をつねられて尚ヘラヘラ笑っている維千が目の前を横切るのを苦々しく見送った。


「おふたりはどうしてこちらに?」

 ティースヒルズ内のカフェに場所を移して、維千はティーカップに目を向けたまま訊ねた。

「サラが服を買わないんで、代わりに買いに来たんです。最近の若者のファッションはわからないので、浦島くんに手伝ってもらおうと思いまして」

「浦島くんのセンスじゃ、サラくんがかわいそうでしょ」

「維千さん、ひどいっす!」

 維千が意地悪く笑うと浦島は泣きべそをかいた。

「サラが垢抜けた服を着たら、モデルみたいになっちゃうでしょう。サラは目立つのを嫌いますから」

「イルカさん。それ、遠回しに芋臭いって言ってます?」

 浦島の膨れっ面にジトッと睨めあげられて、イルカは「まあまあ」と眉を下げて笑った。

「モデルは言い過ぎでしょう。まったくイルカさんは親バカが過ぎます」

「おやおや」

「そりゃ、維千さんと並べたらみーんな石ころかもしれないっすけど…サラさんはすげえイケメンっすよ?モデルと言うには背が低いっすけど」

 蛍がうんうんと頷くのを見て、維千は観念したように「はいはい」と両手をあげた。

「維千さんは美的感覚がおかしいんすよ。まあ、毎日その顔を見てたらおかしくなってもしょうがないっすか」

 浦島がいたずらに維千のほっぺをツンツン突くので、蛍は維千の怒りで今にもカフェが酷寒地に変わるんじゃないかとヒヤヒヤした。

「あはは。その言葉、リボンをつけてお返しします」

「どういう意味っすか!?」

 浦島が沸いたやかんのごとく、頭から湯気を立てる。ピーッとやかん笛の音が聞こえてきそうな彼をイルカの穏やかな声が「おやおや、まあまあ」となだめた。

「そういえば。イルカさん、蛍ちゃんがサラくんとお話したそうですよ」

「サラが?蛍ちゃんと?まさか、サラにお友達ができるなんて…」

 イルカは口を両手で覆って、こぼれ落ちそうなほど見開いた目を涙ぐませた。

 その様子に浦島はだははと大口を開けて、維千はケラケラと腹を抱えて笑っている。

「お友達…」

 友達の会話というよりはカウンセリングのように、一方的に話を聞いてもらったのだが…イルカが泣いて喜ぶので、蛍は補足することができなかった。

「今夜はお赤飯です」

「祝い酒にしましょ」

「イルカさん、感激しすぎっす。維千さんは飲みたいだけっしょ」

 イルカは「まあまあ」と微笑んで、抹茶ラテを口にした。維千は「まあまあ」とイルカを真似て、ご機嫌に鼻歌を口ずさんでいる。

「蛍ちゃん」

「は、はい」

「彼はとっても不器用さんですが、根は真面目で優しい子です。どうかサラをよろしくお願いします」

 イルカは指先で涙を拭うと、蛍の手を両手で包むようにしてそっと握った。その姿はまるで…

「お母さん…」

 維千はティーカップに口をつけたまま、ぶふっと吹き出した。ケホケホむせ込む彼の背をさすりながら、浦島はイルカを指さしてだはは!と大笑いしている。

「お母さんて!お、か、あ、さ、んって!」

「おやおや、笑いすぎですよ」

「…すみません」

 イルカに怒っている様子は微塵もなかったが、蛍は何だか申し訳なくなって、肩を丸めて縮こまった。

「それにしても…すごい人っすね」

 浦島はソーダを飲んで気持ちを落ちつけると、カフェの入り口に目を向けた。賑やかなこの一角を遠巻きにして、いつの間にやら小さな人集りができている。

(そりゃそうよ。大人の魅力漂う優男と絶世の美男…ものすごく、ものすごく目立つもの)

 蛍はイルカと維千を交互に見やると、フラッペに刺したストローを雑に咥えた。

「いやあ」

 浦島はざわめきに耳をダンボにすると、コホンッと咳払いをしてデレッと照れ笑いを浮かべた。

「すみません。目立ってしまって…やっぱり自分くらいになると、ヒーローオーラが隠し切れないみたいっすね」

「あはは、謝らないでください。絶対に君じゃないですから」

「ひどっ!」

 維千は人集(ひとだか)りを煩わしそうに一瞥(いちべつ)したが、パッと極上の笑顔を作ると色めき立つ人々にひらひらと手を振った。

(維千さんって、愛想振り撒いたりするんだ…あんなの、眼中にないかと思ってた)

 蛍はフラッペを飲みながら、上目遣いに様子を伺った。きゃっきゃとはしゃぐ人垣に維千は意外にも楽しそうに笑っている。

「あはは、俺が何かも知らないで。まるで毒餌に群がる虫ケ」

 維千の口を塞ごうとイルカがバッと手を伸ばす。維千はサッと身を屈めてそれを交わすと、両手をあげておどけて見せた。

「あっぶないなあ、イルカさん。カフェインで酔いました?」

「維千さん、おいたが過ぎますよ?」

 ニッコニコの笑顔でいがみ合うふたりに挟まれて、浦島はひとり悲しげに微笑むとキンキンに冷えたソーダをちびちびと飲んだ。蛍が彼の裾をちょんちょんと控えめに引っ張ると、浦島はストローを咥えたまま「ん?」と振り向いた。

「あの…維千さんって、「平和維持」軍の元隊長って聞いたんですけど」

「そうっすよ。あれでも一応、「平和維持」軍の元隊長っす。めちゃくちゃかっこよかったんすよ。去年、大きな怪我をして、輸血の後遺症が原因で…あお?」

 手元のソーダがパキパキっと凍りついて、浦島も青ざめた顔でその場に凍りついた。

 余程触れられたくない話だったのか、維千は満面の笑みを浮かべている。

「蛍ちゃん、俺が隊長やってたって…誰から聞きました?」

(しまった…!)

 何故だか知らないが、維千は自分の話をするのもされるのも忌み嫌う。キールの言葉を思い出して、蛍は慌てて手で口を塞いだ。

「ほう?黙秘ですか」

 維千は右手にテニスボールほどの氷晶を作って、にんまりと妖しく微笑んだ。氷晶の中心には「蛍」の名が刻まれている。

(なに…あれ…?)

「維千さん、それはいけません」

 イルカがピシャリと咎めると、維千は氷晶を溶かしてつまらなそうに肩をすくめた。

「どうせ、またキールでしょう?まったくあいつは…」

「まあまあ。維千さん、大目に見て。彼女はあなたのことが大好きなんですよ」

 維千の手に紅茶を持たせて、イルカはにっこり微笑んだ。

「ふうん…大好き?大好き…」

 維千はなかなか冷めない紅茶を冷たい能面顔で見つめて、イルカの言葉を繰り返し呟いている。

「維千さん、もしかしてまだ?」

 維千がうっと硬直して、半眼にした目をゆっくり逸らす。イルカはやれやれとため息をついた。

「いくらあなたでも、さすがに気づいているでしょう?ちゃんと向き合わないと」

「わかっています」

「わかっていません」

 維千とイルカが睨みあって、カフェの室温がぐっと下がる。蛍はその迫力に気圧されておろおろしたが、浦島は慣れているようで暢気にプリンを注文している。

「大好きはあなたが特別だということ。あなたが大切だということ。あなたがいれば、ありきたりの日々が鮮やかに輝くということ」

 維千はふんふんと適当に相槌を打って聞き流すと、冷ややかな目で含み笑いした。

「熱いね。想い出しちゃった?」

 維千のひと言に渋い顔をして、イルカはバッと怒り任せに立ち上がった。

「維千…!おまえ…は…」

 浦島と蛍にきょとんと見上げられて、イルカはコホンッと咳払いした。彼は体を投げ出すように座り直して、維千の目をまっすぐ見つめ返した。

「維千さん。あなたは結んだ縁に責任がある。どうかお忘れなく」

 維千はうーんと苦笑して、紅茶を一気に飲み干した。

もしかして、もしかすると…1歯から読んでくださった方がいらっしゃる?

この混沌についてくるとは…お主、只者ではないな?

読んでくださった方がいらっしゃれば、本当にありがとうございます。作者が嬉しいのはもちろんのこと、登場人物たちにとって何よりの幸せです。


登場人物に酒豪がいらっしゃいますが、黒星は下戸でございます。酔うとね、うるさいくらい笑上戸です。


引き続き、のんびり気ままに書いていきます。

ガラス製の心臓を持つ作者とマイペースなキャラ達ですが、おつき合い頂ければ幸いです。

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