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とある星物語  作者: 黒星
81/81

第81歯 愛を喰らえば、怪物が生まれる

 五番目の動きには、じわりと疲労の影が滲みはじめていた。

 維千の抵抗を正面から受け止め、その苛立ちをぶつけるように技を振り回したせいだ。

 氷妖としての矜持を巧妙に揺さぶられ、しかも相性最悪の雷を操るサラを前にして、彼女はすでに感情の針を振り切っている。

「戦ってみりゃ、大したことないっすね」  

 浦島の拍子抜けした声に、サラは半眼で冷ややかに振り返った。

「なんすか、その目は」

「……虎の威を借る狐」

「虎?狐?」

 サラの視線が、浦島の頭へ向く。

 揺れる丁髷はしっぽのようで、無邪気な目、短くふさふさした眉は柴犬そのものだ。

「……というより、犬」

「犬って言うなっす!」

 浦島は涙目になったが、サラは取り合わない。

「君だけなら、とっくに死んでる」

「せっかく仲間って認めたのに、サラくんはすぐそれ」

「頼んでいない」

「もーっ!カッチーンときた……!」

 噛みつくように吠える浦島を、サラは猫のような素っ気なさでいなし、彼の癇を逆なでした。

「あんたら、仲間割れしてる場合かい?」  

 五番目の声にはまだ余裕が残っていた。サラの雷で熱した鉄が空気を伝い、今も彼女の肌を焼いているはずなのに。

 その矛盾が、サラの胸にひっかかる。

「……違う」

「違うって、何が?」

 浦島が首を傾げる。五番目の肩は苦しげに上下していた。しかし、苦痛が増すほど、逆に“違和感”は濃くなる。

「五番目……何を企んでいる」

 息の詰まる静寂。

 直径50m。張り巡らせた電流に意識を注ぐ。

 サラの体内を走る電流が、地下に潜む異物へ触れた。

「……下か!」  

 悟った瞬間、サラは浦島の襟首を乱暴に掴み、空へ放り投げた。

「ちょ、なんすか!?」  

 宙で体勢を立て直した浦島が地面を見下ろした刹那——

「うわっ!?」

 地面を裂き、巨大な黒い塊が咆哮とともに飛び出した。喉奥の闇から無数の手足がのたうち、サラの四肢へ絡みつく。

「離……せ……」

 サラの視界が霞む。  

 魔力が手足をつたい、怪物に吸い上げられていく。体を満たしていた熱が、電流が、抉るように消えた。

「待っていたよ、人間」  

 五番目の高笑いが、凍てつく風のように空気を切り裂く。

『ヴァァアアアアッ!』  

 怪物は応えるように大地を震わせた。

「サラくん!」  

 ぐったりとするサラの足が、腰が、肩が、黒い蠢動へ吸い込まれていく。浦島は空中から手を伸ばすが、指先は虚空をかいた。

「大丈——」    

 言いかけたサラの微笑は、黒い巨塊に呑み込まれた。

 怪物は泡立つように膨張し、ゆっくりと形を変えていく。その変容を、五番目は陶酔した表情で見上げた。

「フル・オーダー……逆鱗を食らって完成したか」

「フル・オーダー……?」  

 浦島が喉を鳴らす。

「哀れな娘だよ。父親に愛を求めたら、怪物にされちまったんだからね」  

 言葉とは裏腹に、五番目の声には喜悦が満ちていた。  

 怪物が緩慢な動きで地を揺らす。その大口から生えた手足が、俊敏に獲物を探る。

『ヴアァアアア!』  

 怪物の雄叫びに、大気が震える。黒い身体が赤く煌々と光り、ひび割れた殻が硬質な音を立てて割れる。 一瞬、夜に静けさが戻る。 割れ目から翠の閃光が溢れ出る。

「何が……起きてるんすか」

 割れ目から伸びるエメラルドの手足に、浦島は目を奪われた。 それは次々と数を増し、空を埋めていく。  

 蛹が殻を脱ぎ捨てるように、怪物化したフル・オーダーが生まれ変わった。

「ハリネズミ……?」  

 浦島は呆然とした。  

 ネズミのような顔をしたその生き物は、背負った手足で建物を鷲掴みし、無作為に口へ運ぶ。 その様子を五番目が名画のように眺める。 溢れ落ちるため息。 彼女は逃げ惑う国家警察に、温度のない視線を向けた。

「お前がいい」

五番目は中でもふくよかな男に歩み寄る。

「はい?」

 絶世の美女に目鼻先で微笑まれ、男は間抜けた返事をした。五番目の妖艶な美しさに耳まで赤らむ。

「よく肥えた人間だ。くれてやる」

 五番目は男の襟ぐりを掴むと、怪物に向かって投げた。

「うわあああ!」

エメラルドの手足が競うように男を掴み、引き裂く。 赤い雨が降り注いだ。

「ああ、美しい。愛が生む悲劇。醜く膨れた欲の塊。——これぞ、人間の結晶だと思わないかい?」  

 五番目が冷え切った鉄柱へ触れる。急激に冷えたそれは脆く崩れ、さらさらと散った。

「いかれてるっす……」  

浦島が吐き捨てる。

「この世に、まともな人間なんていないよ」  

 五番目は肩を揺らし、愉快そうに笑った。  

 怪物が甘く不気味な吐息を漏らし、空気を震わせる。 呼吸のたびにサラから吸い上げた魔力が燃える。 その身体が赤く輝く。サラの目に似た赤だった。

「サラくん……」  

 背からうごめく無数の手足。滲み出る体液は漆のように光る。

「さて……この子は、どれほど人間を呑めば満たされるのか。実に楽しみだね」  

 五番目は吹雪をまとい、怪物の奥へと溶け込むように姿を消した。

「そんなこと……させないっす」  

 浦島は鎖金棒を握りしめ、静かに、しかし揺るぎない決意で前へ踏み出した。  エメラルドの巨躯が濃霧のような吐息を漏らす。甘い腐臭が空気に混じり、浦島の背筋をぞわりと撫でた。  

 怪物の内側で響く脈動は生き物のようでありながら、どこか機械の律動を孕んでいた。

「サラを……返せ」  

 浦島の握る鎖金棒がわずかに震える。恐怖ではない。怒りとも違う。胸の奥で、鋭い何かが啼いている。  

 深く息を吸い、掌へ意識を注ぐ。  

——鳴け、温羅。  

空気中の金属元素が、磁力に引かれたように震え、浦島の腕へ集束する。鎖金棒が軋むように膨れ、節々が鋼の棘へ変じた。  怪物の無数の手足が、一斉にざわりと起き上がる。  

 次の瞬間、潮のように浦島へ押し寄せた。

「うわ……気持ち悪っ!」  

 浦島は地を蹴る。跳躍ではなく、獣が地を這うような突進だ。黒い手足が影となって視界を覆う。その闇へ、浦島は渾身で鎖金棒を叩き込んだ。  

 ガギィンッ!  

高い金属音が響き、十数条の腕が弾け飛ぶ。黒い体液が熱を孕んで飛び散り、着地のたびに靄が立った。

『ヴアアアアア──ッ!!』  

怪物の咆哮が鼓膜を揺らす。破壊と飢餓を混ぜ合わせた声だ。

「サラくんを返せぇ!」  

 浦島は叫んで地面に手を叩きつけた。  鋼が芽吹く。  

 地中で螺旋を描き、鉄の牙が杭のように飛び出す。ひとつ、ふたつ、みっつ——瞬く間に鋼の群柱が伸び、怪物の躯を何本も貫いた。  

 だが身体のあちこちに現れた“口”が、群柱を噛み砕き、丸呑みにしていった。

 じゅるり。鋼を喰らう、湿った音。

「全部……取り込まれるのかよ」  

 浦島の頬を冷や汗が伝う。  

 そのときだった。

『……ガ、ァ……ア』  

怪物の動きが、一瞬だけ淀む。緋色の光を放ち、膨張する。背中の手足が捩れ、口が溶け落ちる。内に流れ込む膨大な魔力量に、怪物の身体が追いついていない。

「サラくん……やってくれるっすね」  

浦島が息を呑む。  

 魔力の作りすぎに苦しめられてきたサラならではの“攻撃”だった。

 ——俺は守るために、生きる。  

 サラの言葉が、浦島の脳裏をかすめる。

「ったく……ひとりでカッコつけんなっす」  

 これほどの魔力生成は、サラ自身を危険に晒す。  

 身体が壊れる前に、浦島が助け出す…サラはそう信じているのだろう。

『……ガ、ァア……』  

次の瞬間、怪物の背中が割れ、手足が膨れ、裂け、再び数を増して溢れ出す。

「無駄な足掻きっすよ。それぐらいじゃサラの魔力は枯れないっすからね」  

 怪物の本体は膨れあがる魔力に、身動きが取れずにいる。浦島は鼻で笑った。

「あいつの魔力量、なめんなよ」  

 怪物が怒り任せに背の手足を伸ばす。建物が砕け、地面が抉れる。遠巻きの国家警察が薙ぎ払われ、ノブリスが負傷者の搬送を指示する。  

 浦島は奥歯を噛みしめた。

「上等だ……!」  

 腕を振り上げると、空気が震え、地面が唸り、世界そのものが鋼に変わるかのようだった。無数の歯車が、地の底から押し上げられるように姿を現す。

「回れぇ!!」  

 吠えた瞬間、歯車はギシギシと回転しはじめ、フル・オーダーを巻き込む。

『ヴァァアアアッ!!』  

 身をよじって逃れようとする怪物。しかし回転に囚われ、逃げ場はない。鉄と黒い肉塊がぶつかり、火花と熱煙が奔る。  

 浦島は歯車をよじ登り、怪物の背へ飛び乗った。うごめく手足を掻き分け、サラを探す。

「サラ……待っているっすよ。絶対……取り返す……から」  

 歯車が怪物をじわりと砕いていく。断末魔の叫びと骨の砕ける音が夜に響く。その中心で、浦島の瞳だけが鋼のように光っていた。

「……いた!」  

 光るものが目に入る。鍵のモチーフのピアス。サラが肌身離さず身につけているものだ。

「サラ!」

「……浦島……さん……」  

 浦島がサラの手を握った——その瞬間、怪物の手足が浦島を掴み、ぶん投げた。

「サラ!」  

 握った手は剥がされる。サラの赤い目が、かすかに覗く。 悲しいほどに、優しい目。 浦島は宙へ投げ出された。 歯車が軋む音がする。 怪物の半身を咥えたまま、歯車は動きを止める。

「ちっくしょう……強く……なりてぇよ……」  

 浦島が涙でぼやけた目をぎゅっと瞑る。重力のまま落下する彼を、冷たい腕が受け止めた。

「強みのない生き物などいない。俺はそう教えたはずですが?」  

 聞き覚えのある甘い声。浦島は顔を上げる。

 紺碧の髪、天色の瞳。北条維千が、無表情のまま覗き込んでいた。

「俺なんかより、あなたの方がよほどお強い」

「北条隊長!」  

 浦島がぱあっと顔を輝かせると、維千はあからさまに迷惑そうな顔で彼を地面へ落とした。

「……この塩対応、間違いなく本物っす……」

「おやおや、維千さん。かわいい後輩で憂さ晴らしはいけませんよ」

「イルカさん!」  

 追いついたイルカが、尻を押さえて呻く浦島の腰をさすった。

「浦島くん、サラは?」

 イルカは何かを察した。

「すみません。俺がついていながら……」

 浦島の声が重くなる。

「サラくんは怪物の中に」

 イルカの表情が強張る。 怪物の咆哮が無情に響く。生ぬるい風が、イルカの髪を不気味に撫でる。

「サラが言った通りに……なってしまいましたね…」

 涙珠の髪飾りが揺れる。

 サラが死ななければならない理由……彼が持つ大きな力が招く、災い。

 目を背けたくなる事実に、音がなくなる。

「僕が……サラを殺します」

 イルカが絞り出した言葉を維千は鼻で笑った。

「彼の言った通り?ご冗談を」

 維千は迷いなく、刀を抜いた。

「今の彼には、俺たちがいる」

 澄んだ甘色の瞳に、イルカがハッと息を呑む。

 維千は大きく、しなやかな手を浦島に差し伸べた。

「浦島くん、上着を貸しなさい」

「う……うっす!」

 浦島は急いで上着を脱いだ。維千から部隊といっしょに譲り受けた隊長服だ。

 振りの長い袖に腕を通し、維千は颯爽と前に出る。

「お久しぶりです。北、条、隊、長」

 維千の一時的な隊長復帰をイルカが茶化す。

「現役が足を引っ張らないでくださいね。イルカ隊長」

 維千が冷めた目で笑うと、気温が急に下がる。

「さて。うちの飼い猫を返してもらいましょうか」

「おやおや、まあまあ」

 イルカの微笑みが白い息が漏れる。 月が刃のように白く光った。

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