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とある星物語  作者: 黒星
75/81

第75歯 世界は善悪だけで判断できない

 サラが浦島の腕、ついでイルカの足へ触れた瞬間――

 張り付いていた氷は、白い蒸気へと変わり散った。

 その異様な光景に、浦島もイルカも言葉を失う。

「サラくん……なんすか、それ」

 触れただけで氷が気化する。魔法どころか、理の外の現象だった。

 人の肉体が本来持ちえない温度――細胞が焼き切れるはずの熱。

「わからない。……さっきから魔力の生成が異常に速い。身体が……熱い」

 サラは歯を噛みしめる。荒い息を吐くたび、胸元から灼けるような蒸気がこぼれた。

 その苦悶を、五番目は愉悦を隠しもせずに眺めている。

「ほう……魔力多増症とは、魔力を枯らすほどに逆に生み出す病だったか。成り立ちを思えば、なるほど納得だ」

 イルカはその声を聞きながら、サラの小さな身体を凝視した。

 真紅の瞳が燃えるように揺れている。それでも彼は何も訴えない。

「サラ。何があった? 体は……本当に大丈夫なのか」

 深い水底へ沈んでいくような切実さ。

 魔力多増症は呪いそのものだ。大人でも耐え難い負荷を、この小さな体は常に背負っている。

「……大丈夫だ」

 その言葉は、無理に固めた氷のように脆かった。

「痩せ我慢をするな、逆鱗。魔道石に魔力を奪われた身体は心を失い、いずれ崩れ落ちる。 身を守るために増やした魔力で、身を焼き尽くす……滑稽だね」

 五番目は舌で転がすように軽く言い放つ。

「無為に死ぬ必要はない。その命、氷妖の新世界の礎にしてやろう」

 サラは震えを押さえ、深く息を吸った。

 そして、静かに口を開く。

「観察者でいる余裕があるのか、五番目。……君は北条維千の抵抗に手を焼き、本領を発揮できていない」

 五番目の頬が小さく痙攣した。

 サラはそこへ爪を立てるように畳みかける。

「氷妖の“お家芸”はどうした? 本気を出せば、この場の半数は支配下に置ける。 できない理由はひとつ――北条維千の意識を支配できていないからだ」

「……黙れッ!」

 怒号とともに空気が裂ける。刃のような氷片がサラめがけて飛ぶ。

 しかし触れる寸前で弾かれ、空気が震えた。

「今日はよく喋るじゃないか、逆鱗」

 五番目は歪んだ唇の隙間から、震える声を漏らす。

「知らないのか? 俺は、もともとお喋りなんだ」

 サラは熱を抑えつけるように息を整え、イルカを見上げた。

「イルカ。死神が……北条維千が危ない」

 張り詰めた声が夜を揺らし、イルカの微笑が凍りつく。

「イルカ、行って。彼には君が必要だ」

「サラを……置いて行く?」

 その問いは、胸の奥を鋭い針で刺すように重い。

「彼は五番目の術に囚われ、今も闘っている」

「サラを置いては、いけません」

 イルカの声に重なるように、サラは弱々しく首を振る。

「イルカ。俺はもう、自分の意思で立っている。……どうか、また自分の選択で大切な人を失わないで」

 かつて黒魔法という過ちで失った最愛の師の影が、イルカの脳裏をかすめる。

「サラも……大切な人だ」

 その一言は、水面に落ちた光のようにサラの瞳を揺らした。

「……ありがとう」

 そのとき、浦島がぱっと立ち上がり、鼻の頭をぐいっと擦った。

「なーに、しんみりしてるんすか。ヒーロー最大の武器は“絆”っすよ? ひとりで無理ならふたり。ふたりで無理なら三人。……それが仲間ってやつっしょ」

「仲間……?」

 サラは思わず瞬きをする。

 かつて自分を“仲間”と呼ばなかった唯一の存在――それが浦島だった。

「……なんすか、その顔」

 浦島は見つめられ、眉をしかめて照れ隠しをする。

「そうだね。……仲間だ」

 サラが小さく笑うと、浦島の耳が一気に赤く染まった。

「しょ、しょーがないっす! 兄貴分として放っとけないっすから!」

 フンッと鼻を鳴らした浦島に月明かりが差し、イルカが安堵の笑みを見せた。

「イルカさん。サラくんは、この浦島桃太郎が守るっす! だから……北条隊長は、頼んだっす」

 イルカの瞳がわずかに揺れた。

 北条維千は、浦島が憧れてやまない存在であり、彼に銀戌隊を託した人でもある。

 本当は——助けに行きたいのは、浦島の方なのだろう。

「これを」

 物陰からノブレスが小瓶を投げて寄越す。それを受け取るとイルカは力強く頷いてみせた。

「必ず」

 イルカの声は静かだったが、芯のある力強さを帯びていた。

「タマ」

 イルカが名を呼ぶと、白虎がすっと姿を現す。

 彼はその背にひらりと跨り、月明かりの中へと消えていった。



「もういいかい?待つのは嫌いでね」

 五番目の足元から、氷の蕾が芽吹く。それらはパキパキと音を立てながら、香りのない花を静かに開いた。

「散れ」

 花弁は空中で裂け、無差別に飛び散った。

 その一枚一枚が、味方であるはずの国家警察の胸を、頭を、そして手足を貫く。

 悲鳴が、あちこちで鋭く裂けるように響いた。

 混沌の渦の中で、五番目だけが静かに立ち、まるで死の女王のように美しく輝いていた——その存在は、この世界そのものをねじ伏せる力を宿しているかのようだった。

「恐れ慄け、人間風情。絶望に叫ぶがいい——その声こそ、お前たちの存在を意味づける唯一の価値だ」

 冷笑が音もなく空気を凍らせる。赤い唇から白い吐息が零れ落ち、周囲の温度は瞬時に氷点下へと下がった。

「私を悦ばせておくれ。脆弱な存在の、ただそれだけが価値だろう?」

 刹那、世界の温度が急激に冷え込む。サラは迷わず上着を脱ぎ、裂いた布で浦島の口元を覆った。

「直接吸い込めば、肺が凍る」

「そんなことしたら……あいつ、仲間まで巻き込むつもりっすか?!」

サラの奥歯がきつく噛み締められる。

「氷妖――いや、五番目に仲間などいない」

 その冷酷さこそ、サラが北条維千を警戒していた理由だった。善悪はなく、あるのは快楽だけ。

 しかし——

(北条維千には、相手に歩み寄る“温かさ”が確かにある)

 安易な先入観で維千を拒み続けた自分に、彼は分け隔てなく接した。

 不器用な想いを乗せた器用な作り笑いを思い出し、サラは口元を緩めた。

「……あいつ、無茶苦茶っすね」

 浦島は手元の魔法陣から鎖付きの金棒を取り出すと、飛んできた氷片を撃ち返す。サラは浦島の前に躍り出ると、氷片を熱で弾き、白い煙へと変えた。

水の焼ける音が、戦場に響いた。

「維千さんが言ってたっすけど、サラくん、まるで電気柵っすね!」

サラは眉をひそめ、短く答える。

「うるさい」

 眉をひそめるサラに、浦島は朗らかに笑った。

「撤退!撤退!」

 ノブリスの叫びと共に、国家警察はまるで矢のように後退した。砂埃が舞い上がり、地面に足音だけが残る。

 サラは動じず、冷たい眼差しで身を固める。

 浦島は迷わず、再び五番目に向き直った。その視線には、静かな決意と警戒が混じっていた。

「さあ、始めようか」

「そんじゃ、お縄を頂戴するっすよ!」

 浦島が両手を地に据えると、地面から鋼鉄の柱が無数に伸び、五番目へと突き出す。

「くだらないね。すべてのものは無情に砕け散るだけさ」

 五番目は軽やかに鉄柱を避け、冷気が描く軌跡だけを残す。

「うぬぼれだ、五番目」

 サラは鋼鉄を駆ける電流をバチバチと響かせる。熱を帯びた鉄柱が白い煙を巻き上げる。周囲の温度が急上昇し、握る手のひらに汗が滲んだ。熱気の中で、五番目の動きが次第に鈍る。

「俺から奪ったもの、すべて返してもらう――!」

 サラは闇に身を潜め、掌底を五番目の腹に叩き込んだ。

「かはっ!」

 その衝撃で、五番目は咳き込み、血を吹き出した。

サラは全身の怒りを凝縮させ、掌底から放電する。電流は掌を伝い、五番目の体を容赦なく貫き、追い討ちをかけた。

「ナイス!サラくん!」

 浦島は金棒の鎖を両手で握りしめ、ぶんぶんと回し始めた。その動きは無邪気な少年のようでありながら、背後には揺るぎない戦意が宿っていた。

「そぉれっ!」

 浦島が遠心力を利用して、金棒を5番目に投げつける。

 金棒が五番目の頬をかすめる。


 その一瞬、5番目が不気味に笑った。


「仲間はね、弱さを隠すための屁理屈さ。強者が群れる必要はない。ただ、有能な道具さえあればいい」

 5番目は舌で血を舐めとると、不敵な笑みを浮かべた。


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