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とある星物語  作者: 黒星
7/53

第7歯 誰かのために、はいずれ責任の押しつけになり得る

 どこまでも続く本の壁に圧倒されて、蛍は愕然とした。ジョニー魔法学校の図書室は国内最大級と維千から聞いていたが、なるほど他の図書館を知らずとも納得できる規模だ。

 1階から3階までを吹き抜けにして壁一面が本棚になっている上、部屋の中心に立てられた筒状の柱にはカウンターとこれまた本がずらりと並べられている。

どうやら地下にも貴重な書物や魔道具が貯蔵されているようで、貸出に制限はあるがカウンターで伝えれば目にすることができるそうだ。

「あれがテックね」

 見上げた先で生徒たちが臼歯を模した椅子に乗り、ふわふわと漂いながら思い思いに本を探している。

「ふーん…乗り心地は悪くないわ」

 隅っこに乗り捨てられたテックに腰掛け、蛍はトンッと手をついた。途端に蛍の体がぐんっと持ち上がり、高く高く舞い上がっていく。

「ちょおおっと!待って待って待って!」

 しがみついていた手がずるっと滑って、タンタンと肘が2度触れるとテックはピタリと動きを止めた。

維千(いち)さんを連れてくるべきだったわ…いや、いなくてよかったかも」

 彼がいたら花火でも眺めるかのようにおもしろがって、にやにや笑いながら蛍の様子を観察しただろう。

 図書室中の視線を集めて、蛍はパッと顔を伏せた。王族として注目を浴びることに慣れている蛍もこれは恥ずかしい。

 生徒たちの様子をチラッと横目に見ると、彼らはテックの縁を撫でて操作しているようだった。

「こうかしら」

 皆と同じように丸みを帯びた縁を右から左に撫でてみる。テックは手の動きにあわせて、蛍の体を流れるように左へ運んだ。

 蛍はフフンッと得意げに鼻を鳴らして、正面に並んでいる本に目を向けた。

「まずは魔法の認識を改めないと。図解、魔法基礎学…やばい魔法史…ゼロから始める魔法倫理…どうしよう。どれから手をつけていいのかすら、わからない」

 眠い目を擦りながら、背表紙を順に指でなぞる。

 平和維持軍に保護され、魔法を目の当たりにし、常識を覆され、初対面の人物に訳もわからないまま生活を保障される…とんとん拍子で進む物事についていくのがやっとで、いつまで経っても蛍の身体から疲労感が抜けない。

 頭はまるでどんよりと重い雲がかかっているようで、寮で休んでいたい気持ちもあったが、母国のことや兄のことを考えると居ても立っても居られなかった。

「基礎の基礎すらわからないけど」

 蛍は魔法基礎学でも図の多い本を手に取ると、ざっと目次に目を通し、パラパラとページを捲った。

「魔法は心…魔法と人体…魔法の仕組み…」

 初めのページに描かれた人体図は、頭部から「思考、行動、知識」の矢印が伸び、胸部から「感情」の矢印が伸びている。ふたつの矢印があわさった先に「魔法」と強調して書かれているのだが、何がどうなって心が魔法となるのか、肝心なところがわからない。文を読んでも「心のエネルギー化」といったざっくりした説明しかなかった。

「だめ。さっぱりわからない。それなら…」

 手当たり次第に本を開いては、(むさぼ)るように読み(ふけ)る。しかし、繰り返し読んでも内容が理解できず、あらゆる学問に対して優秀だった蛍は1冊も読み切らないうちに打ちひしがれた。

「嘘でしょ…この私が文字を読んで理解できないなんて」

 王家に恥じぬよう、いずれ王や将軍となるであろう愛華や涼風の役に立てるよう、学問も武術も努力を惜しまなかった。どんなに苦しくてもそれが自分の使命だと信じて、立ちはだかる困難をねじ伏せてきた。

 その蛍が人生で初めて、心折られそうになっている。自分が理解すらできないこの魔法が世界では常識で、感覚で使える者すらいるというのだから、蛍のプライドはズタズタに引き裂かれた。

「我が国はこんなにも世界から取り残されていたなんて」

 蛍を作り上げてきたものがガラガラと崩れ去って、人生そのものを否定された気になる。どの本にもガルディの常識は非常識として書かれているのだから。

 この信じがたい現実をふたりの兄は知っているのだろうか。

「はあ…」

 蛍はパタンと本を閉じて、肩を落とした。蛍が信じてきたものを誰かひとつでも肯定してくれないだろうか。

蛍は「カラスたちの魔法史」と書かれた本に手を伸ばした。

「ご、ごめん」

 蛍の手に白くしなやかな手が重なって、聞き覚えのある声がした。蛍がハッと顔をあげると、美しい青の瞳が頼りなさげにこちらを見ていた。

姫魅(きみ)、さん?」

「え?あ、うん…ええ?君は…」

「蛍」

 おろおろする姫魅に蛍がニッと笑いかけると、彼は頬をほんのり染めて目線を下げた。

「この前は助けてくれて、ありがとう」

「助けただなんて…僕は何もしてないよ。途中で気を失って、逆に助けられちゃって…かっこ悪いよね」

 姫魅が苦笑いを浮かべると、蛍はふるふると首を横に振った。

「身体は大丈夫?」

「ええ。おかげさまで」

「そっか。よかった」

 姫魅が嬉しそうに笑うので、蛍はそのきれいな微笑みに見入ってしまった。ふたりの目と目がパチンとあって、お互いがそろそろと顔を背ける。

「蛍さんは…その…どうしてここに?」

「私、行く当てがなくて。魔法学校への入学を勧められたけど、それも決めかねてる。これからどうするか、答えが出るまで寮を貸してもらえることになったのよ」

 例え恩人でも王族であることは明かせない。蛍が言葉を選びながら言うと、姫魅は目を丸くして驚いた。

「入学を?誰に?」

「維千さん…って知っているかしら?」

 維千の名を耳にして、周囲の生徒がパッと蛍を振り向く。思わずたじろいだ蛍の肩を姫魅はガシッと両手で掴んでガクガクと揺さぶった。

「維千さんに?!すごいじゃないかっ!それってきっと、すごく才能があるってことだよ!」

「ううん。私が無能で弱いから…」

 維千には褒められるどころか、やんわりとボロックソに言われている。蛍は先のことを思い出して、うんざりした顔をした。

「そんなことないって!サンさん以外は道端の小石とすら思っていない、あの維千さんが!スカウトだなんて!」

「…あの人、本当に(ろく)でもないのね」

 蛍は維千の計算されたような美しい微笑みを思い浮かべて、苦虫を噛み潰した。

 維千は執事と聞いていたが、どうやら名が知れているらしい。過去には維持軍の隊長をしていたようだが、一体何者なのだろう。

 姫魅に訊いたら、維千は怒るだろうか。背中にゾクゾクと寒気が走り、蛍は出かかった言葉を飲み込んだ。

「ここは人気校だから、入学試験の受験資格を得ることすら難しいんだ。維千さんの推薦があれば、入試はまず受けられるよ」

「だけど…」

「最高峰の魔法学校で学べるんだよ?迷う必要がある?」

 興奮気味で目を輝かせる姫魅に、蛍は顔を曇らせた。

「私、魔法は恐ろしいものって聞いていたから…怖いのよ。魔法そのものも、これまでの概念が壊れていくのも」

「魔法が恐ろしい、か。それは正しいよ」

 姫魅は険しい目つきで一点を見つめて、拳を震わせた。

「魔法は善にも悪にもなる。恐ろしいものと知らずに使うのが、いちばん恐ろしいよ。恐いからこそ、知らきゃいけないんだ。僕なんかより、君のほうがずっと魔法使いに向いているかもね」

 姫魅が情けない顔で笑う。その今にも壊れてしまいそうな儚さに、蛍はドキッとして息を呑んだ。

「それに魔法なんて身につけたら…国み…家族になんて言われるか。みんな、魔法が嫌いなの」

「他人の評価なんて、山の天気みたいに変わるんだ。気にしていたらキリがないよ」

「え?」

 蛍の目が点になる。他人にどう思われるか、それは当然のように自己評価の基準になっていた。誰かの役に立たねばならない、誰かに認められなければならない、それは蛍が努力する原動力だ。

「だって、君の人生でしょ?」

「私はみんなのために…」

「誰かのためにって、最後は誰かのせいにしちゃうから…君がやりたいなら、飛び込めばいいよ。君はどうしたいの?」

「私は…」

 蛍は黙り込んだ。次々と浮かぶ考えはどれも誰かを理由にしている。

(私って、空っぽ…)

 自分は何がしたいんだろう。ご立派な建前、他人に押し付けられた理想、自己犠牲的な偽善、他人任せな思考をかき分けて、やっと見つけたのはふたりの兄の笑顔だった。

「私、みんなでまた笑いたい」

「それに魔法は必要?」

「わからないわ。魔法のこと、全く知らなくて…私、魔法で何ができるのかもわからないの」

「よかったら、僕が教えようか?」

蛍の手からひょいっと本を取り上げて、姫魅は優しく笑った。


 それから2時間も経たないうちに、ふたりは図書室を閉め出された。

「もー!蛍が騒ぐからだよ」

「姫魅の説明、感覚的すぎて全っ然!わからないんだもの!」

「維千さんに勧められたって言うから、もう少しできると思ってたんだけど…これ以上、噛み砕いた説明はできないよ」

「馬鹿にしてる?」

「してない!してないけど、さすがにちょっと…」

 げっそりと疲れ果てた姫魅と頭から湯気を立てる蛍を廊下を行き交う生徒たちがチラチラと見やる。ふたりは気まずくなってあらぬ方に目をやると、ふたり同時に大きく息を吐いた。

「もう遅いし、今日のところは終わりにしましょう。あなた、来週のこの時間は空いてる?」

「まだやるの?!」

「当たり前よ。わからないまま、決断できないもの」

「そんなに難しく考えなくても…自分が後悔しないほうを選べばいいんだよ」

「それを判断するために学ぶの!乗り掛かった船よ、最後まで付き合いなさい」

「ええー」

 姫魅は不満げに声を漏らしたが、そもそも教えると言い出したのは姫魅のほうであるから、声を大にして文句は言えない。

「…わかった。バイトのシフト、空けとく」

「ありがとう。借りてもらった本は、そのときに返してもいいかしら?」

「うん。2週間借りられるから大丈夫」

 貸していた図書室の利用カードを蛍から受け取って、姫魅は彼女が抱えている本の山から自分が借りたものを引き抜いた。

 蛍は腕に抱えた本の表紙を見つめて、爛々と目を輝かせている。

「よっし!待っているがいいわ、姫魅。次に会うときは、私があなたに教えてみせるんだから」

「それ。僕、必要ないよね」

 不敵な笑みを浮かべて鼻息荒くする蛍に、姫魅は思わず吹き出した。彼女はプライドが高く時に高飛車だが、素直で大変な努力家らしい。腹が立つこともあったが、姫魅は彼女を嫌いにはなれなかった。

「首を長くして待っていることね、姫魅」

「ふふ。楽しみにしてるよ、蛍」

 いつの間にか互いを呼び捨てにしていることに気がつく。ふたりは急に気恥ずかしくなってそっぽを向いたが、フフッと溢れた笑いは次第に大きくなり、ふたりの笑い声は薄暗くなった廊下にしばらく響いていた。

ここまで読んでくださった方がもしいらっしゃれば、本当にありがとうございます。作者が嬉しいのはもちろんのこと、登場人物たちにとって何よりの幸せです。


段々と蛍の威勢がよくなってきました。そろそろキャラがひとり歩きし始める頃でしょうか。

彼らに振り回されるのが目に見えて、作者は恐怖に白目を剥きながらわくわくで目を輝かせています。


引き続き、のんびり気ままに書いていきます。

拙い文章ですが、おつき合い頂ければ作者、登場人物ともに幸いです。

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