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とある星物語  作者: 黒星
69/81

第69歯 他人の“見えない戦い”を想像しているか

「ぐむむむ……」

 浦島が険しい顔で見つめているのは、しわくちゃになった一枚の紙だった。

 文字を見る限り、ネルの走り書きらしい。

「任務で欠席になった講義は出席扱いっす。補講は任務外の時間に行うっすから、心配ご無用っすよ」

 浦島はメモを読み上げると、親指で自分を指しながら胸を張った。

 その自信満々の様子に、蛍は曇天の下に立たされたような顔をする。

「ネルさんと……姫魅はどうしたんですか?」

 透牛隊はネル隊長を中心に、蛍・姫魅・慰鶴の四人で構成されている。そのうち正規隊員が二人だけとは、果たして“隊”と呼べるのだろうか。

 蛍の問いに、浦島は目を泳がせた。

「戦闘の疲れが残ってるらしくて、まだ動けないみたいっす。ふたりとも普段あんまり魔法を使わないっすからね」

「なっさけねーの」

 慰鶴が呆れたように吐き捨てる。浦島は苦々しく笑った。

「慰鶴くんのバケモノ級の体力と比べたらダメっすよ。それに魔法ってのは“心”っす。使えば体の底から削られるような消耗があるんすから」

「ふーん」

 興味なさげに鼻を鳴らす慰鶴。

 だがその苛立ちの奥には、維千の安否を気にする焦りがちらりと見えた。

「で?これからどうすんだよ」

「維千さんを探すっす」

「探すって……あの人、自分のこと全然話さないんだもの。どこにいるのかなんて、見当もつかないわ」

 蛍と慰鶴は階段の最下段に腰を下ろし、青空を仰いだ。

 雲ひとつない空の下で、青い小鳥が激しく鳴いている。

 浦島は最上段から二人を見下ろし、ぬっと立ち上がった。

「――強力な助っ人を呼んだっすよ」

「きょうりょくな……」

「すけっとぉ?」

 トンッ、と軽やかな着地音がして、ふたりは同時に振り返る。

「お待たせして申し訳ありません。サラが熱を出しまして……」

「イルカさん!」

 蛍はぱっと目を輝かせ、跳ねるように立ち上がった。

「おやおや、まあまあ。こんにちは」

 仏のような笑みがふわりと場の空気を和らげる。慰鶴はどこか居心地悪そうに肩をすくめた。

「サラさんが熱って、大丈夫なんですか?」

 兄のように慕うサラの名に、蛍は落ち着かなくなる。

「雨で体を冷やしたんでしょう。微熱ですし、大丈夫ですよ。食欲は落ちていますが……朝から肉うどんを二人前、ぺろりでしたから」

 “食欲が落ちている”という言葉が軽くバグを起こす。だが蛍は思い返して納得した。

 確かに、いつものサラなら三人前でも物足りない。

「なんでイルカさんなんだよ」

 慰鶴の不満を受けて、浦島は「あちゃー」と顔を覆った。

「……イルカさんは、最後の目撃者っす。それに維千さんのことは自分よりも詳しいっすから」

「ふふ。僕にも分かりませんよ、あんな奇々怪界な生き物」

 穏やかな笑顔のまま放たれた棘のある言葉に、蛍と慰鶴は目を丸くした。

「なんすか?いっつも夫婦みたいなやり取りしてるくせに……ツンデレっすか?」

 浦島がいたずらっぽく、イルカの背中を叩く。

「あはは……」

 イルカは困ったように笑った。

「仕事のしすぎだとか、酒の飲みすぎだとか、言動のたしなめだとか……維千さんに物申せるのはイルカさんだけっすから」

「維千さんに……?」

 本当に“良妻の小言”のようだ、と蛍は思う。

「で?仲がいいあんたはどう考えてんの?」

 慰鶴の問いに、イルカが静かに目を開く。

「彼が契約を放棄して姿を消すとは考えにくいです。それは彼にとって、存在を放棄するのと同義ですから。……何か事件に巻き込まれたのかもしれません。嫌な予感がします」

 場の空気が一気に沈んだ。

 その沈黙を、浦島が明るい声で打ち破る。

「まずはBARヒュッゲっすね!最後の目撃場所だし……維千さん、超絶コミュ症っすから!職場じゃなきゃ、あそこしかないっす!」

「あれでも人一倍努力してるんですけどね……あのチビ助は、伸びるのは身長ばかりで」

 イルカは困惑と優しさが混ざったような微笑を浮かべた。

 ――そして店が開店する夕暮れを待ち、四人は動いた。


 チリンチリン。


 ドアベルの涼やかな音が、客を迎える。

 シックな内装、薄暗い照明。カウンターに五席、テーブルは二つ。

 小ぢんまりとした「BARヒュッゲ」は、変わらぬ佇まいで来る者に安堵を与えていた。

「いらっしゃい」

 カウンターの向こうでグラスを磨く男――マスター。

 目尻の皺は深まっているのに、髪は墨のように黒い。その黒さは、どこか“自然すぎて不自然”だった。

「……これはこれは。イルカくんと……小さなお客さんが三人?」

「いや、自分、イルカさんより背高いっすけど!」

「ああ、これは失礼。子供が三人、だね?」

「……わかって言ってるっすね」

「あはは、どうかな?」

 マスターの雲を掴むような性格に、浦島は苦々しい顔をした。

「マスターも維千さんに似て、性格が捻じ曲がってるっす」

「酒の好みは近いけれどね」

 マスターはそう言いながら、蛍の制服の裾を一瞥した。

「彼女は、階段で転びかけたね」

「え? どうして……」

「裾に乾いてない土がついている。雨は降っていなかったから……直前だろう?」

 蛍は言葉を失った。その洞察は、あまりに鋭かった。

「怪我はないかい?」

「は、はい……!」

 蛍は計り知れないマスターに、何だかかしこまってしまった。

「さて、何か飲むかい?」

「いつもの頼むっす!」

「ホットミルクだね?イルカさんは紅茶、かな?」

「はい。仕事中ですので」

「お二人さんは?」

 マスターの視線を受け、蛍は背筋を伸ばした。

 ふとカウンターの奥、小さな鍵付きの引き出しが目に入る。

 マスターの手が、無意識のようにその前へそっと置かれた。

 ――触れられたくない、という意思のように。

「俺、ジントニック」

「バカ。あんたまだ飲めないでしょう?私たちもホットミルクをお願いします」

 蛍が慌てて訂正すると、マスターは目を細めて微笑んだ。

 温かな空気が、ゆるやかに場を満たしていく。

「キールちゃんを思い出すね」

 マスターが磨いていたグラスを止め、ふと遠くを見るようにつぶやいた。

「キールさん? 寮母さんの?」

「ああ、知ってるのかい? 彼女は維千さんに連れられて、幼い頃からよくここへ来ていたんだよ」

 蛍が黙ると、浦島がミルクを啜りながら口を尖らせた。

「……キールはもっと泣き虫で、いたずらばっかで、やかましいっすよ」

「そうだね。桃くんは、キールちゃんのそんなところに惚れたんだからね」

「……は?」

 みるみるうちに浦島の顔が真っ赤になる。

「三回ともね」

「マスター!しーっ! しぃーっ!!」

 浦島は顔を真っ赤にし、汗を飛ばしながら人差し指を立てた。

「三回も?!愛してるんですね!」

 蛍が感動したように目を輝かせる。

「げー。しつこい男は嫌われんぞ」

 慰鶴が自分を棚に上げて、冷めた声でつぶやいた。

「おやおや、まあまあ」

 イルカが気まずそうに笑い、誤魔化すようにラジオのスイッチを入れる。


――その瞬間、店の空気が変わった。


『……国家転覆を企てた疑いで、平和維持軍・総監メロウ=ジャズら複数名を――』

 時が止まる。蛍の手が震え、カップの底がコトリと鳴った。

「国家転覆……?指名手配……?」

 沈黙。

 グラスを拭く手を止めたマスターが、ゆっくりと微笑んだ。

「お待たせしました」

 穏やかなライトの下――その笑みの奥に、確かに影が差していた。

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