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とある星物語  作者: 黒星
68/81

第68歯 人生には波がある。今はただ苦しい時ってだけ

「まあ!お上手ですこと!」

 北条維千のリップサービスに、国家警察総監の令嬢、フル・オーダーはご満悦だ。

 それもそのはず、この男は見惚れるほどの高身長と、類い稀な美貌を持っている。

 ただし、黙っていればの話だ。

 心が無いため、容姿の美しさに反比例して、その心は醜悪そのものである。

(あなたこそ、勘違いがお上手だ。退屈至極…今晩のおかずは何にしようか)

 維千がなぜ、本音を隠して、言葉巧みにフルを喜ばせるのか。

 彼女は維千の気を引こうと、あの手この手を尽くす。

「よろしければ、滅多に手に入らない50年もの…お召し上がりになりません?」

「さすが。オーダー家ともなれば出てくる酒が違いますね。ありがたく頂戴します」

 50年ものを聞き、維千は心の中でがっかりした。 半人半妖にとって、50年など大した年数ではない。 

 それなら、自分がこっそり寝かせている酒の方が遥かに希少だろう。

(うまい酒が飲めると思っていたが…美酒と珍酒を取り違えるとは、勘違い女め)

 早くこの場を去りたいところだが、この食事会は平和維持軍の任務も兼ねている。

 各都市が自立するこの国の治安維持は、自警団を創設するか、国家警察に依頼する形を取っている。

 最近創設された平和維持軍は、各都市で活動許可を得たばかりで、自発的な活動に留まっているのが現状だ。

 国家警察との連携が深まれば、社会的信用はより強固になるだろう。

(国家警察は他国との連携も強い。ガルディ国の情報も手に入りやすくなるはず)

 維千は雪解け水のような髪を思い浮かべ、意識が少し乱れた口元を引き締めた。

(これは仕事だ…とはいえ、他の女と食事だなんて…燦にバレたら半殺しだな)

 だからメロウにも言わずにここに来たのだが、正直、後悔している。

「やっぱりあなたが欲しいですわ!」

 都合の良い思い込みによる身勝手な差別化。彼女の喜びは、維千が最も嫌う行為の一つだ。

 オーダー家が自分の苛立ちで氷漬けになる前に、維千はこの場を去りたかった。

「身に余るお言葉、光栄ですが…フル様、私は将来を誓い合う女性が…」

 本当ではないが、嘘でもない。燦は自分を好いているし、自分も彼女の想いに応えなければならない。

「ほう?それはもしや、業火の狂犬かな?」

 そこに現れたのは、黒髪をオールバックにし、口髭を蓄えた体格の良い男性。国家警察総監のラスト・オーダーだ。

「お父様!」

 フルはまるで子猫のように飛びつき、ラストは余裕を感じさせる様子で受け止める。

「お父様。私、やはり北条維千が欲しくてよ」

「はっはっは。気に入られたね、北条くん。どうだね?給与も待遇もうんと上げようじゃないか。うちで働かないか?」

「契約には雇用主のエンゼルケアも含まれております。ありがたいお申し出ですが…主人の余命を考えますと、この先50年はお受けできかねます」

「他人に自分の人生を合わせる必要はない。生き方は変わるものだ。長期的な契約なら、破棄しても構わんだろう」

 眉間にしわを寄せ、維千は困ったふうに笑ってみせた。

「それならば、その雇用主…殺してしまえば文句はないかな」

 ラストの鋭い眼光に、維千の背筋に悪寒が走った。

「お父様、彼はまだ本性を明かしてくださらないの。姉様がおっしゃるには――」

(姉様?)

維千の思考が止まった。“オーダー家の子息はフルだけ”のはず。

フルは続ける。

「心を持つ半人と、本能のままの半妖。純粋な妖より獣じみた存在だと」

「それは興味深い。その美術品のような顔だ。ガラスケースに入れて眺めれば、さぞ酒も美味いだろう」

 維千はゴクリと息を呑んだ。自分は彼らと同じ思考の持ち主をふたり知っている。

「氷妖は心がないから生きていける。哀れな子だ…理性が勝つか、本能が勝つか。楽しませてもらおうか、化け物」

 ひどく美しく怪しい唇が脳裏を過ぎる。古傷が痛んで、維千は席を立った。

「国家警察…まさか、あんたら…」

 ラストは腰からピストルを取り出し、それをサッと維千に向ける。

「奢りは油断を生む。抜かったな、死神」

 放たれた銃弾は、維千の髪をかすめ、背後に控えていた使用人の額を撃ち抜いた。

 血が噴き出し、維千の目が荒れた冬海のように濁った。

「食いたいか?化け物」

 維千の周囲が凍りつき、使用人たちは小さく悲鳴を上げる。

「たった50年ものの酒なんぞ、君には何の価値もないだろう。せっかくの食事会だ。使用人の一人や二人、構わんよ。君がうまいと感じるものを存分に食べなさい」

「どっちが…化け物だ…」

 理性と狩猟本能のせめぎ合いの中、維千の身体は限界を迎える。

 彼は糸が切れたようにフッと意識が遠のき、そのまま倒れ込んだ。

「すてき!ゾクゾクするわ!我慢なんてくだらないことはなさらないで、快楽のままのあなたを見せてちょうだい!」

 維千の顎を指先で持ち上げ、フルがうっとりと声を上げる。

 維千の遠のく意識の中で、彼女の高揚した声が響いた。



 平和維持軍の軍法会議――聞こえは大掛かりだが、この未発達な組織での「会議」とは、顔馴染み同士の井戸端会議のようなものだった。

「緊張しなくていいぜ?出席者は少ないんだから。どうせ、維千さんとメロウさんが漫才して、浦島さんとサラさんが喧嘩して、ネルさんとチェンさんが小言を呟くのを楊さんとイルカさんが眺めるだけさ」

「は、はい…!」

 慰鶴の声が遠く感じられる中、朝顔は壊れたブリキの人形のように、カクカクと廊下を進んだ。

「し…失礼しますっ!」

 身構えた朝顔を迎えた光景は、予想に反して拍子抜けするものだった。

「んで、維千を最後に見たのは誰だ?」

 メロウは火のついていない葉巻を咥えながら室内を見渡す。

 彼に禁煙をすすめる主治医のチェンが、すぐそばにいるため、火をつけられないのだろう。

「燦さんが昨日見ていないとなると……恐らく、一昨日、僕がBARヒュッゲで飲んだときが最後でしょう」

 イルカはそう言いながらも、手元ではサラの隊服にアイロンをかけて忙しそうだ。

「家にも帰っていないみたいっすね。まあ、酒と本ばっかりで生活感のない部屋だから、パッと見じゃわからないっすけど」

 浦島は指先でくるくる回し、そわそわと落ち着きがない。

「彼なら心配ないだろう。何でもひとりでこなせるからね」 プニャは大きなアフロをふわふわさせ、星型のサングラス越しに微笑んだ。

「維千さんは、何でもひとりで抱え込むから心配なんだよ…」

 ネルが疲れ切ったため息をつく。

 慰鶴はヘラッと笑い、朝顔を振り向いた。

「な?拍子抜けだろ?」

 朝顔が曲者揃いの隊長たちを見回し、どうして良いか戸惑う。すると、サラが手招きした。

「あのう…これは…?」

「死神と連絡が取れない」

「へ?」

 サラの隣に腰を下ろし、朝顔は目を丸くした。

「彼女はどうしたらいい?」

 サラが目線で指示を仰ぐ。メロウの眼光が朝顔を鋭く射抜いた。

「朝顔……だったか。わりーな…それどころじゃなくなっちまってよ。あー…チェン、この嬢ちゃんが何をしたってんだ?」

「私利私欲のためにスピッツに加担し、僕の孤城を破壊した」

 チェンのメガネが白く光る。

「僕の孤城じゃないだろ。医務室、だ。それと第3演習室。廊下にも損傷がある」

 ネルは親友の説明に補足を加え、ため息をついた。「ああ、植物人間の件か」

 メロウがようやく理解すると、朝顔は緊張した面持ちで頷き返した。

「怪我人や死人は出ずに済んだが……おまえさんのやったことは、取り返しのつかねえことだ。それはわかっているな?」

「はい。どんな罰も受けます」

 朝顔の覚悟を感じ取って、メロウが深く頷く。

「それじゃあ、おまえさんには……チェンのお守りをしてもらおうか」

「……はい?」

「チェンのお守り。それと、スピッツに関する情報提供だ」

 到底、罰とは言えない条件に、朝顔が目を点にする。

「それじゃあ、これまでとほとんど変わりません」

 メロウはがははと豪快に笑った。

「拷問でも想像していたか?平和維持軍はなあ、失敗者を烙印と引き換えに許すなんてことはしない。そもそもここの隊長は多くが失敗者だ。ジョニーって男は、失敗を失敗で終わらせねえ。平和維持軍ってのはな、正義の集まりじゃない。人生の責任を果たす集団だ」

 チェンは静かに頷くと、朝顔にスッと手を差し出した。

「という訳だ。引き続き、よろしく」

「ふ?へ?は?」

 戸惑う朝顔に、サラが微笑みかける。慰鶴の頬が餅のように膨れ上がり、サラに牙を剥く。

「そうと決まりゃあ、維千だ。維千。あいつがいねえと平和維持軍が機能しねえ」

 メロウが大量の書類に顔を顰める。

「メロウさんは、維千さんに任せすぎなんすよ」

「人使いの荒さに、嫌気がさしたんじゃないかね?」

 口々に言われて、メロウが大きな背中を丸めた。

「……透牛隊に初任務だ。維千を見つけ出せ」

 ネルがガタッと立ち上がる。

「なっ?!彼らはまだ一年生だ。植物人間の件で人手が裂けないとはいえ、危険すぎる」

 メロウは弱々しい目で振り向いた。

「おう。おめえがいりゃあ、大丈夫だろ。今日の会議は以上…だ…」

 この大猿は見た目に似合わず、繊細だ。

縮こまったメロウの背に、ネルは本日何度めかのため息を吐いた。

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